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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
3章 エルフの国防衛戦(下)
23/67

22 一夜の報告

 エルフの国の兵士は、コーウェンが勝手に想像していたよりもずっと優秀だった。

 コーウェンがシルバから話を聞いた時には彼らは既に動き始めており、近隣の村や町への聞き込みや、馬車のタイヤ痕、ネイルの出発日数から気候を鑑みての旅スケジュールの逆算など、捜索開始から僅か四日にしておおよその居場所を弾き出した。

 その情報を知らされ、コーウェンとディーアはすぐさま国を出た。

 夜中に出発し、早朝から二手に分かれ捜索開始、一日中探し回って辺りが完全に暗くなり中断しようとしていた、その時だった――空高く昇る火柱を見たのは。








 ササー、と少し冷えた風がネイルの髪を揺らした。

 それによって少し乱れた髪を片手で梳かすように整えると、コーウェンは口を開く。


「ネイル、遅くなってごめん」


 言うと、ネイルは涙でぐしゃぐしゃになっている顔で、笑いながら首を横に振った。

 暗くて気付かなかったが、口元には吐瀉物と思われるものが付いている。コーウェンは嫌がる素振りを一切見せずに、素手でネイルの口元を拭う。そして水魔法で洗い流した。

 綺麗になった顔は、それでも次々と溢れ出す涙で一向に晴れない。コーウェンは少し複雑に感じながらも、それが安心から来るであろう涙だと知り嬉しくなった。

 と、暗闇の中から金属をすり合わせる音が聞こえ、腰に差した剣へと手をかけながら視線をやる。歩いて来たのは知的さを感じさせる長身の男だが、その手には既に抜かれた剣が握られている。

 見た目に反して、気性は少しばかり荒そうだ。


「何者かは知りませんが、明日の朝には我々はここを発っていました。それ以降だったらあなたは死なずに済んだのに……。運の悪い方ですね」

「……なんだ、じゃあ俺は運が良かったってことになるな」


 コーウェンの嫌みともとれる本音に、男の持っていた剣がピクリと動いた。そして何かに思い至ったかのように、満足げに頷いた。


「なるほど……。君が『風の子』ですか」

「ん? どうしてそれを?」


 男は、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。


「私は『大華炎』という戦闘集団に属していましてね。そこからの情報です」

「『大華炎』? ……知らないな。けど、どうして俺の情報があるんだ――」

「――ウェン、そいつから離れろ」


 コーウェンが問いかけようとした時、その声を遮るように暗闇から声が投げかけられた。

 声の方へと目をやると、遅れてやって来たのであろうディーアがゆっくりとこちらへと歩み寄って来ていた。その手には既に剣が握られており、コーウェンは首を傾げる。


「聞こえただろう。そいつから離れろ」


 有無を言わさぬその声に威圧を感じ、コーウェンは大人しく従った。

 ディーアはそのままコーウェンと男の間に立った。見れば、その手には既に魔力が練られていた。どうやら臨戦態勢のようだ。


「ここから逃げるんだウェン。こいつは強いぞ。勝てないことはないが、それでもネイルが近くにいるこの状況で剣を交えるわけにはいかないほどにはな」

「……よくわかりませんが、ディーアさんは平気ですか?」

「ああ、心配いらない」


 コーウェンはその言葉を聞き届けると、ネイルの身体へと手を回し抱きかかえた。

 そのままディーアを一瞥し、不安そうな表情を浮かべながら暗闇へと消えて行く。


 そんなコーウェンの様子を終始眺めていた男は、その知的そうな顔に嫌な笑みを貼り付ける。


「正直、逃がしていただいて安心しました。ディーアと呼ばれていましたし、あなたは十二英傑でしょう? さすがにそんな二人の相手は骨が折れる」


 冷やかしのような言葉だが、それでも男の言っていることにはディーアも同意だ。

 確かに、勝つことを優先するならばコーウェンも共に戦うべきだった。だが、ディーアにコーウェン、もしかしたら目の前の男も魔法使いだという可能性があるこの状況で、ネイルを近くに置いておくわけにはいかなかったのだ。

 だが――


「奇なことを言う。自分で攫っておいて、それを逃がされたことに『安心』か」


 男は先ほど自らのことを『大華炎』だと言っていた。それが本当だとすると、『グリムガム』がネイルに手を出したということになる。正直意図が全くつかめないのだが、それでもその計画を邪魔することに対して抗う素振りを見せないというのは理解の範疇を超えすぎている。

 だがそんなディーアの問いに、男は答えない。

 そればかりか男は目を細め、不気味にこちらを見つめて来た。


「十二英傑とは本当に強いのでしょうか……?」


 質問の意図がつかめない。


「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。いやはや、強いのは知っていますよ? けど、我々『大華炎』にも強さへの自負がありますから」


 ディーアは顔を顰めると、何かを思い出すように空を仰いだ。目の前の男に対して全く警戒していないかのような行動だが、その実、先ほどよりも一層自分への圧力が増したことを男は感じた。


「十二英傑だなどと呼ばれるようになって、色々と噂は聞く。『大華炎』とは、全員が私たちに負けず劣らずな実力者だとか……」

「正確には、既に年寄りだらけなあなた方よりも強いですけど」

「そうか――舐められたものだな」


 ディーアは静かにそう呟くと、視線を男へと戻した。


「私よりも、さっきの子供の方が強い」


 突然切り替わった話に、「ばかな」とでも言いたげに男は鼻で笑った。

 ディーアはそれを無関心に見届けると、先ほどとは違い鋭い口調で続ける。


「それでもあの子に任せず、私が残った理由――それはプライドだ」

「……十二英傑としての、ですか?」

「ああ――」


 ディーアは剣を構える。


「――十二英傑“重火力席(ブラスター)”ディーア・シルエットだ。――さあ、お前も名乗れ。格の違いってのを思い知らせてやる」




 ◆◇




 コーウェンが胸の中で眠り続けるネイルを捜索隊の駐屯地へと送り届けると、戦闘後のディーアが、コーウェンが彼女の為に残しておいた馬車に乗って背後から合流した。

 見ると、所々切り傷が目立つが、大きな怪我をしている様子はない。馬車を操るその姿も快調だと言って差し支えないだろう。


「お疲れ様です」

「ああ、ありがとう」


 ディーアは馬車から降りると、手綱を預かりに来た兵士に遠慮の意思を伝える。

 そんな彼女を労いながらも、戦闘については聞かないことにした。

 戦闘前にディーアが言っていた『こいつは強い』という言葉。合流してすぐに放たれた言葉であることから、おそらく『大華炎』という単語に警戒してのことだったのだろう。

 その組織名――男は戦闘集団と言っていた――のことをコーウェンは知らないが、十二英傑であり特殊魔法の使い手であり変態のディーアが負けるわけがないと高を括ってあの場を任せたのだ。

 だが、強者を拘束し続けるのは実質不可能と言っても良い。――つまりは殺したのだろうと推測できる。

 普通じゃないほどの力をつけ、この世界で八年以上過ごしているとは言え、コーウェンの中の日本人の血が殺しを受け入れるのは簡単なものではない。


「ネイルはもう平気なのか?」

「ええ、さっきシルバさんの側近の方へと預けました。今はぐっすり眠ってますよ」


 コーウェンは、泣き疲れて眠っていたネイルの顔を思い出し、安心から来る優しい溜め息をついた。――間に合って本当に良かった、と。


「ふふっ、気持ちはわかるぞ。ウェンにとって大切な子だろうからな」


 微笑ましげに頭を撫でて来るディーアに対し、コーウェンは肯定ともとれる笑みを返した。

 そうやって収集も落ちもない幸せを共有していると、ふと、ネイル救出で湧いている人だかりから誰かが近付いて来るのに気付いた。


「お嬢様を見つけていただき、ありがとうございました」


 なぜだかは知らないが質素な服を着ている彼は、知っている男だった。以前からレイジェルド家へと足を運んでいたコーウェンは、屋敷の中で彼とすれ違い様に会釈を返す、という一見地味だが意外とお互いの顔を覚えてしまうという経験を思い出す。


「いえ、それどころか、捜索班に加えていただいて……こちらこそありがとうございました」


 コーウェンは心の底から感謝の言葉を紡ぐ。

 頭を上げるとディーアを指し「それに」と続ける。


「彼女を助けたのはこの人です」

「そうでしたか……。とは言えお二方、本当にありがとうございました」


 コーウェンとディーアは、丁寧な物腰をしている男性に好感を覚えつつ、それでも気恥ずかしさを感じずにはいられなかった。

 しばらくその男性と話していた二人は、朝にはエルフの国へと帰りたいという思いがあり、馬車に乗り込んだ。


 馬車に乗り去って行く二人に対し、その姿が見えなくなるまで揖礼の姿勢をとっていた男は、構えを解くとテントの中へと戻って行く。

 ネイルが眠っているベッドの前に立つと、途端に顔が緩むのを感じた。


(早く、お嬢様の無事をお知らせしたいものだ)


 男は、無理矢理家へと押し込んで来たシルバについて思考を巡らせた。

 おそらくは今頃、ネイルの身が心配でいてもたってもいられないような状態だろう。


 やがて、自らも安心したことから、決して小さくない睡魔に襲われていることを自覚した。

 そんな自分に少々呆れながらも、ネイルの使用するテントの反対側に備え付けられているベッドへと座り込んだ。そしてあくびを噛み締めると、テント内にいる二人目の女性であり、もう一人のシルバの側近に少し眠る旨を伝えると、そのまま身体を横たえた。

 外では未だに喧騒が続いているが、コーウェンがネイルを抱きかかえて来た時の歓喜とは違い小さなものだ。出入り口の帳を下ろすと、テント内ではネイルの寝息が聞こえて来る程度だ。

 十四歳の女性相手に少しばかり背徳感はあったが、彼女の無事を証明するものだという言い訳を胸に抱きながら、ゆっくりと目を閉じた。








 テント内にいた女性に起こされた男は、テントの外へと出た。

 一時間ほどの睡眠だろうか、中途半端に眠ってしまったが、それでも睡眠前よりは身体が軽いことを感じる。

 テントの外には数人の兵士と、既に目を覚ましてたネイルがいた。

 兵士は全員が軽装で、おそらく現場の調査に赴いていたのだろうと推測できる。


「――間違いないのですか?」


 そんな彼らに対し、ネイルが若干震えた声でそんな質問をした。

 兵士らはお互いの顔を見渡すと、苦々しそうに肯定した。

 状況が理解できない。起き抜けにその集団の中へと入り込むと、図々しい自覚はありながらも口を挟む。


「すみません。何かあったのですか?」

「い、いえ、大したことはないのですが……」


 彼らは再びお互いの顔を見渡すと、自分たちの中で勝手に納得したかのように頷き合った。

 だが、「大したことはない」と言う彼らに反して、ネイルの顔は不安に滲むばかりだ。


「はっきりと説明をお願いします」

「はい……わかりました。――実は、ネイル様がおっしゃる現場の人数と、転がっていた死体の数が一致しないのです。正確には、一人分足りない(・・・・・・・)


 その言葉に、ぞっとする。

 確かに、普通に考えればそれは大したことではないのかもしれない。改めてその一人を捜索すれば良いだけだから。だが、シルバたちの勢力はそれを『グリムガム』の犯行だとほぼ確信している。

 目的や動機は未だに不明だが、一人でも無事に生還させてしまうことに不安を禁じ得ない。

 だが、問題は別にあった――


「――彼らを率いていた人物が、自分のことを『大華炎』って名乗っていました。その死体は確認できたのですか!?」


 その言葉が鼓膜を震わせ脳が理解した時、男の脳裏に浮かんだのは一つの疑惑だった。


 敵全ての排除を完了したと言った――十二英傑筆頭、ディーア・シルエットへの。


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