19 救世主と影
コーウェンとディーアがリグルドを出発してから約半月。二人は目的地であるエルフの国へと辿り着いた。
国は、森や山の表面を大きく切り拓いた場所に存在する大都市で、世界三大国の一つにもかかわらずそれが全領土なんだと聞いた時は驚いた。
だが、大きさ自体は尋常ではなかった。
見上げれば、切り出した岩を規則正しく積み上げた城壁が異様な迫力を醸し出しており、高いところを見れば見るほど現実感がなくなるのを感じる。おおよその高さを目測だけで予想することは困難を極めるだろう。
そしてそんな城壁が左右へと延々広がっており、視力の上昇云々関係なく端を見ることは叶わない。その姿は、地球での『万里の長城』を彷彿とさせた。
門番を顔パスでやり過ごすと、最初に視界へと飛び込んできたのはまたしても城壁だった。
外周のものよりは少し低く設計されており、国が二重の城壁に囲まれているのがわかる。そして内側の城壁の上には、至るところに監視塔が建っている。
城壁と城壁の間隔は数十メートルを数え、一定間隔で二つの壁を繋ぐ橋のようなものがある。空から見下ろせば四角形の穴が空いているように見えるのだろう。何を目的にしたものかは理解できないが、これが三百六十度同じ造りになっているのならば、おそらくそのスペースの総面積は王国の主要都市リグルドに匹敵するだろう。
一つの都市だけで形成された国家。いくら巨大とは言え領土の総面積は王国や帝国には遠く及ばないだろう。だが、それがより一層この国の堅固さを思い知らせてくる。
コーウェンがそんな国の在り方に感嘆と驚愕の入り混じった表情を浮かべていると、それを見ていたディーアが小さく笑い出した。
「ふふっ、凄いだろう? 私の故郷は」
「はい。話には聞いていましたが、まさか本当に一都市で、それもこんな巨大なものだとは……」
「エルフの国……と言うだけあって、国民のほとんどをエルフが占めているからな。一国としての総人口を考えるとかなり少ないから、これさえあればこと足りるのだ」
「なるほど……。中へ入るのが楽しみです」
言葉通り、そう言う今のコーウェンはとても嬉しそうに顔を緩ませている。
コーウェンにとって、約半月の旅路は思っていたよりも楽しいものだった。
食事は燻製処理を施した肉にチーズ、オリーブ油、乾燥させた穀物にパンなど、馬車に積めるだけ積んでおいたおかげで不便はなかったし、風呂の問題も、御者を除けば子供と女性しかおらず皮脂の分泌量も大したものではない為、途中で立ち寄った町で済ませる程度であとは適当に水浴びでもしておけば十分だった。
それに加えて魔物や盗人に遭遇するなんてこともなく、強いて言えば夜の肌寒さと、いくつもの裸山を越えなければいけなかったことを少し苦痛に感じた程度か。
やがて二つ目の門を越えると、活気溢れる雄大な国の姿が視界を覆った。
大幅に切り拓いているとは言え、元々ここは山の中だ。敢えて残しているのかは定かではないが、自然に存在する丘を上手く活用した立体的な町並みが好奇心や子供心を刺激する。第一印象は“猛々しい”だ。
馬車を降りしばらくの間、エルフと人間を見分ける訓練という名目でひたすら行き交う人々を熱い眼差しで見つめ続けたり、有名人であるディーアに話しかけてくる人の対処をしたり、「ディーアさんが帰ってきているのに救世主様の姿がないわ」という声を全力でスルーしたりしながら、二人は門の前に設けられた小さめの広場で待機していた。
「ここで有名になっているコーウェン・ディスタートは何者なんでしょうね」
「さあな。私は予知の直後に国を出たから、ここで広がっている話には詳しくない」
「……でもまあ、周りの反応を見る限り、そこそこ改ざんされた内容なのは間違いないですね」
「ああ、予知の内容が広まったのをきっかけに無理矢理話も広まったからな。案外、一国の王子という設定のやつかもしれないぞ」
「うわぁ、全盛期に一度だけ聞いたことがあります。結構乙女チックで性質が悪いのを覚えていますよ」
リグルドで語られ始めた時も、歌う吟遊詩人によって少しずつ内容や設定が違っていたものだ。
コーウェンはその中で最も気恥ずかしかった内容を思い出し、げんなりとした。
そうやって少しの間会話を楽しんでいると、広場沿いの大通りを行き交う人だかりに突然亀裂が入り、左右に分かれ始めた。まるで偉い人に道を譲るかのような動きだ。
「お、目的の集団が来たようだぞ。思っていたより早かったな」
「ん、何がですか?」
「まあ見ていればわかるさ」
ディーアの言葉に従い大通りの先を注意深く見つめていると、裂けた人だかりの間を何やら赤い集団が近づいて来るのが見て取れた。
その動きは決して縫うようなものではなく、道が開くのを当然かと言うような堂々としたものだ。
そのまま近づくに連れ、その姿をより鮮明に観察することができた。先頭の中央を行く一人の男性が、数えるのが億劫になるほどの人数を従え歩いている。全員が、日本では“中二病”と言われるであろう真っ赤なロングコートのようなものを着ている。白いラインが印象的だが、先頭の男性だけはそのラインが黒だった。立ち位置と共に鑑みれば、おそらく集団を率いる立場の者だろうと推測できる。
やがて広場へとやって来た彼らは、なんの躊躇もなく自分たちを観察しているコーウェンの元へと歩み寄って来た。
どこか言い知れない迫力と状況を理解できないという事実に、コーウェンの視線はその集団とディーアの間を行ったり来たりしている。
彼らはコーウェンの眼前に規則正しく、横隊に並んだ――そして一人の例外もなくその場に片膝をつく。右膝だけを立てて、左手に握った拳に右手を覆いかぶせるような形で心臓の前に掲げているその姿は、初めて会う彼らが自分に忠誠を誓っているかのような錯覚を起こさせる。
「お迎えに上がりました。ディスタート様」
そう言った先頭の男性の声は、どこか不思議な魅力を持ち合わせているように感じた。
◆◇
廃れ、存在を忘れ去られたかのような小屋に、強力な武人のオーラを漂わせる四人の人影があった。一歩を踏み出す度にギィッと音を立てる廃屋にはランプがなく、屋根と壁に布を打ち込んでいる影響で室内は薄暗い。
その中の一人、“天鬼”エスペルト・アルファはわざとらしく舌打ちをした。
「どうして今回は四人なんだ? 俺たちってそんなに信用がないかよ」
「そう拗ねるな。我らが弱いのではなく、相手が強いのだ。それに――」
「――失敗するわけにはいかない、だろ?」
「ああ、その通りだ。わかっているじゃないか」
エスペストを諭すのは、“雷鳥”イデア・グラントだ。だが、そんな彼にもエスペルトの気持ちは理解できた。
今回『大華炎』にもたらされた任務は、ある人間を暗殺するといったものだ。だが、対象は一人にもかかわらず集められたのはメンバー六人の内の四人だ。これはまるで、『暗殺』ではなく『戦闘』を想定したかのような布陣ではないか。
イデアはまだ十九の子供でありながら、『大華炎』最強の魔法使いだ。その力は確かに暗殺向きではないが、生まれが早ければ間違いなく十二英傑に名を連ねたであろう実力を持っている。そうにもかかわらず、そんなイデアに匹敵するほどの人物四人での行動とは、それほど今回の暗殺対象コーウェン・ディスタートとは手強いのだろうか。
そんなイデアを見て『大華炎』の紅一点、“双花”エナトス・シエンは、戦闘服の上からローブを羽織り嘲笑した。
「イデア、何を不安がっているんだい? いくらコールの息子とは言えこの戦力の相手をできるわけがないじゃない。できるなら魔導師級の強さを持っていることになることになるわ。ああ、そんなに強いのならぜひ抱いてあげたいわねぇ」
「……。そうだな。それとエナトス、対象は子供だぞ?」
「子供? あなたみたいな天才が他にも存在するってわけ? まあ、どっちにしろ私のタイプじゃないわね」
楽観的に言うエナトスに対し、イデアの語気は強くなる。
「……お前は対象の情報に目を通していないのか?」
「ええ。でもいつもは通すわよ? でも今日はあなたたちがいるじゃない」
なお楽観的なその様子に、イデアは最早呆れるばかりだ。
イデアは一度大きな溜め息をつき、苦々しく口を開いた。
「コーウェン・ディスタートは私よりもずっと年下だ。要はガキだな」
「……へえ、情報に不備は?」
「あるとでも?」
そう聞き返すイデアに、エナトスは眉を顰め面白くなさそうに息を吐いた。
エナトスだって『大華炎』の一員だ。その情報の正確性ぐらい理解しているのだろう。だが、だからこそエスペルトの言い分に納得できるというものだった。
コーウェンの傍には、十二英傑の一人であるディーア・シルエットが付いていると聞いた。当然警戒すべき相手であり、イデアですら一騎打ちをすれば勝敗はわからない。だがそれでも相手にしないことを第一条件として構えている為、この戦力は彼女を警戒してのものではない。
そんな中、ずっと黙していた“剛魔”ファーレス・リッターが何か思いついたかのように立ち上がった。身長が二メートルを超え筋骨隆々のその身体は、まるで天然の鎧のようだ。
そんなファーレスは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめん、言い忘れてた。この人数になった理由」
「……ん? どういうことだ?」
「だから、出発前に頭に言われたんだよ。理由」
「……言い忘れてたってどういうことだ?」
エナトス以上に楽観的なファーレスに、イデアは無言で魔力を練り始めた。
その魔力を感じたのであろうエスペルトが、抜いた剣をイデアに向けた。
「おい、組織内での戦闘は禁止されているだろう? それに、こいつのこれはいつものことだ」
「……わかっている。おい、早く話せ」
イデアの怒りが沸点に達しそうなのを察したファーレスは、ひたすらその大きな頭を下げる。
「悪かった。ごめんよ」
「……ああ、早く」
「うん、まず結論から言うと、コーウェンの戦闘力は十二英傑と同等かそれ以上だそうだよ」
「なっ!? それは本当か? 嘘や誇張はないだろうな?」
「あるとでも?」
「私の真似をするな。……だが、ないだろうな」
全ての情報に不備はない。それは『グリムガム』として常識だ。そして今回の情報はトップ自ら知らせてきたと言うではないか。不備などあるはずがない。
つまり――コーウェン・ディスタートという、十二英傑級の子供を暗殺しろということだ。
信じられない気持ちでいっぱいだが、それでもやるべきことは変わらない。
イデアはそう結論付け、考えないようにした。
だが、ファーレスが続けざまに言い放った信じられない言葉に、そこにいる全員が大きく目を見開いた。
――『なんでも、コール・ディスタートの特殊魔法を喰らって無傷だったらしいよ』




