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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
2章 エルフの国防衛戦(上)
19/67

18 開戦の裏側

 気温はそれほど高くないものの、身体を照らす太陽の射光によって額にはじっとりと汗が滲みだしてきた。

 コーウェンは腕を覆っている袖の先でそれを拭いとると、馬車の窓から顔だけを出し背後を振り返った。

 小さくなっていくリグルドの北門、その下に立っている五つの人影は例外なくこちらへと手を振っている。そんな彼らへと手を振り返すコーウェンだったが、前世から視力を引き継いでいるアーヤにしか見えないであろう、そんな控えめなものだった。

 ディーアがディスタート家を訪れてから、今日で丁度四か月が経った。エルフの国に魔物が襲来するのは後一か月半後、正確には四十二日と半日後の夜中だ。

 エルフの国へと赴くのはコーウェンとディーアだけだ。コールはリグルドを離れられず、アメリアとメリファの同行はコーウェン自身が拒否した。二人が戦わないのは当然だが、それでも危険だからだ。

 車内へと座りなおして隣を見ると、唯一の同行者(御者を除く)であるディーアが落ち着いた表情でこちらを見ていた。


「寂しいか? ……なんだかんだで、少なくない罪悪感は感じているのだ」

「気にしないでください。僕が望んだことですし、始まりはディーアさんも望んでいたことじゃない」

「そうか。ありがとう。その代わり、エルフの国へ着いてからの世話は任せろ」

「……ありがとうございます」


 なんなのだろうか。この人が“世話”と言うと、少しだけ身構えてしまう。


「そうだな……。ウェンがメリファからされていたであろう全ての世話は引き継いでやるぞ。共に風呂に入って、夜は毎日隣で子守唄を歌って、(しも)の――」

「そんなことされてない。八歳児を舐めるなよ」

「舐める? なんだ、口での奉仕がご所望――」

「ていやッ!」

「っなあ!?」


 コーウェンの素早いツッコミが、ディーアの頭へと炸裂した。

 突然頭へ手刀を振り下ろされたディーアは、患部を両手で押さえながら目尻に涙を浮かべ、こちらを見た。その目は雄弁に語っている「冗・談・だ」と。

 ディーアが良からぬことを言い切る前に手刀で阻止したコーウェンは、咄嗟に身構えた自分を褒めながら、大きな溜め息をついた。

 相変わらずな彼女に辟易としつつ手元を覗き込む。そこには、出発前にコールから渡された剣が握られている。小さなコーウェンでも振り回しやすい少し短めのもので、コールが現役を引退――炎龍討伐後に仕入れたお気に入りの剣だそうだ。しっかりと手入れされており、錆や綻びといったものは見受けられない。

 そして、足元には革で拵えられた防具一式も置かれている。どれも軽装で、コーウェンのスピードを殺さないようにと、全てコールが手配してくれたものだ。

 そんな父親へと心の中で感謝を述べながら、最後にアーヤからされた耳打ちを思い出す。


 ――『そこにあるのは君のものだ。それは君だ』


 彼女曰く『赤いハンモック』の見開きに記された、意味不明な文章の一部だそうだ。だからこそ印象にも残っており、そのページだけは一字一句間違えずに覚えているとのこと。

 出発前のアーヤは、片思いだった相手との見切りをつけるかのように、コーウェンへとその内容を告げた。目次でも白紙でもプロローグでもない、そんな見開きに綴られた意味のない短い文章。確かに丸覚えしていても不思議ではないな。

 コーウェンは最後に家族、アーヤ、ネイルの顔を思い浮かべると、思考を切り替えて窓の外へと視線を移す。

 これから迎える戦争には万全の態勢で臨まなくてはいけないと、コーウェンは静かに魔力を練り始めた。




 ◆◇




 かなり広めにもかかわらず、どこかこじんまりとした印象を抱かせる部屋で数人の男たちが言い争っている。彼らは皆がその細い身体を煌びやかな服で包み込んでおり、その風体からは周囲への威厳を意識してのものだと推測できた。だが、それは外見だけのものではなく、彼らは全員がコーウェンなど寄せ付けないほどの力を蓄え持っている豪傑共なのだ。とは言えその力とは腕力の話でなく、王国を牛耳り支配する『権力』という名の力だった。

 その中でも最も大きな力を所持する男の一人がゆっくりと口を開いた。


「もうバカ騒ぎは終わりにしよう。で、次はどうするべきだと思う?」


 その尊大な物言いに周囲から決して好意的とは言えない視線を向けられるが、男に気に留めた様子は見受けられない。

「それを今話し合っているんだろ!」「自分も少しは意見を出せ!」という怒号に対し、男は右手を小さく翳し、黙らせた。


「違うさ。私が言いたいのはその先の話だ。はっきりと言わせてもらうよ。君たちは皆臆病だ。正直、心の中では結論が出ているのだろう? それなのにリスクを恐れているだけだ。だから、その先の話をしよう」


 好き勝手言う男に対し、誰も閉じた口を開こうとはしない。

 男の言い分に思い当たる節があるのか、それとも特別大きな力を持つことに対して控えめに構えているのか、いや、おそらくその両方だろう。

 彼らは皆が王国の貴族だ。それも自らの利潤にばかり重きを置き、裏で手を組んでいる一部の者たち。

 議題内容は、特殊魔法の使い手であるテール・ティークスが告げた予知、エルフの国の危機に対して『どうするか』という単純なものだった。

 だが、それでもここにいる者たちには十分に意味が伝わる一言だった。



『風の子物語』という一つの騒動があった。それはリグルドという都市から始まり、一時期は王国の首都でも話題になった。そして、今でも一部の地域では人気のある話として語られ続けている。

 だから、コーウェン・ディスタート、ネイル・レイジェルドという人物は今や王国の有名人だ。

 そんな中で飛び込んできた『コーウェン・ディスタートを連れて来る』という、予知による最善策。これを初めて聞いた時は何かの間違いではないかと、何度も伝手に尋ねたものだ。


 なぜなら、ここにいる貴族たちには都合の良い話ではなかったからだ。

 そもそも風の子という物語が広まった最大の理由として、ヒロインのネイルがレイジェルドという大貴族の娘ということが挙げられる。

 そして、王にも信頼されリグルドという重大都市の領主を任されている、現当主であるシルバ・レイジェルドが自分たちの敵であるという事実が良くなかった。

 自分たちが手を染めてきた悪事――麻薬の流通に売買、親族の犯した犯罪を隠蔽、商人の行いを無理矢理に揶揄の対象として不正に金を巻き上げるなど――を裏で咎められ、手を引けと脅される。彼のせいでどれだけの不利益を被ったことか。

 そもそも、シルバという人物の貴族としての在り方自体が気に入らない。

 彼は元々平民だが、かなり特殊な家庭に生まれ、ここにいるどの貴族よりも名声と金を生まれながらにして持っていた。

 シルバの旧名――“シルバ・ユーニヴァス”。約三百年前に没した前選定魔法導師“ルビウス・ユーニヴァス”の一人息子(・・・・)だ。

 大貴族のレイジェルド家へと婿入りしたシルバは、全世界で最も民からの支持が厚い貴族と言えるだろう。

 彼自身は魔法の才能を有していなかったのだが、彼の娘であるネイルが七歳にして魔法の使用に成功したという事実が、『ルビウス様の遺伝子を引き継がれた』という噂を呼びより一層その立場を不動のものにしたのだ。

 そしてそこに『風の子物語』が国民に愛されるなどという偶然。

 だがそれだけではない。それだけではないのだ(・・・・・・・・・・)。そこに、十二英傑のコール・ディスタートの一人息子であり、ネイルの婚約者と言われているコーウェン・ディスタートが、世界三大国の一つであるエルフの国の救世主になると言うではないか。なんなのだそれは? 正直意味がわからない。どれだけ力を持てば気が済むのか。今のシルバにはまだ貴族たちを直接裁くなどということはできないが、これ以上力を持たれてはどうなるかわからない。


 はっきりと言えば、シルバには死んでほしかった。

 刺客を向けるなんてことは幾度となく考えたが、そんなことをすれば彼と敵対している自分たちの存在が一番に黒として挙がるだろう。そこまでの騒動を起こせば、いくら王国の巨大裏組織『グリムガム』に恩を売っているとは言え失脚、最悪極刑を免れないだろう。少なくとも民はそれを望む。


 だからこそ、話は冒頭へと返るわけだ。

 論点は一つ――予知に出てきたコーウェンという人物をどうするか。

 男の言う『臆病だから決めかねているだけで、心の中では出ている結論』とは、戦争中の騒ぎに乗じてコーウェンを始末する――要は殺すということだ。

 失敗し、事実が明るみになった暁には、シルバに刺客を向けた時と同じ未来が待っているだろう。だからこそ臆病風も吹くというものだ。

 だが、有効な手段でもある。

 シルバの故郷であるエルフの国では、自分たちにとって英雄的存在である前選定魔法導師の家系に加わると噂のコーウェンが、国の救世主として助けに来てくれるという話題で持ち切りだ。

 だからこそ、避難した者も、これから避難するであろう者も極少数に止まっている。そんな中でコーウェンを始末したらどうなるか。エルフの国は亡び、国民も大勢が死に絶え、その不満が一挙にシルバへと向くだろう。

 もちろん派閥や政略について詳しい者の頭には、シルバを疎ましく思っている貴族の存在が浮かぶことだろう。だがそれがどうした。世界三大国のエルフの国が滅び、激しくシルバが弾圧されている状況の中ではどこ吹く風だ。そんな小さな火は瞬く間に大炎に飲み込まれることだろう。

 大きな損害には、それ相応の落としどころを求められるものだ。当然罪のないシルバが罰を受けることはないだろうが、まず間違いなく失脚は免れない。

 そして、シルバについてばかり話していたが、メリットは他にもある。

 まずは、世界三大国である一国が滅ぶことによって発生する混乱を利用しての人気取り、金儲け。

 二つ目に、コールの息子であり、救世主となるほどだから間違いなく相応の武力を持ち合わせているであろうコーウェンの死は、自分たちが裏で手を組んでいる『グリムガム』の脅威排除にも繋がる。



 ――と、これだけの利益を臨めるにもかかわらず、少ない失敗の可能性に怯え結論を出せない貴族たちに対して、男は辟易とする。


「はぁ、だがまあ、君たちの不安もわからないことはない。コーウェンという人物、救世主と呼ばれるほどの人物の暗殺が本当に成功するのか、それが心配なんだろう?」


 男の変わらない尊大な物言いに、周りの貴族たちは一様に頷いた。

 無駄にプライドだけが高い彼らが正直に肯定したことから、この作戦のメリットとデメリットの大きさが伺える。

 そんな彼らに向かって、男は最後の一押し、魔法の言葉をかける。


「心配するな。その仕事は『グリムガム』が引き受けてくれた。彼らは言っていたよ。最強戦闘集団の『大華炎(だいかえん)』を差し向けるとね」


 その言葉に、ドッと場が湧いた。

 実に単純な奴らだ、と男は思うが、『大華炎』が向かうならば安心できるというのは彼も同様であった。








 ――だが、ここにいる全員が気付いていなかった。シルバ・レイジェルドという男の器量の大きさに。

 そもそもシルバを失脚させるためのこの作戦は、シルバがエルフの国へと赴いた時点で成功はしないのだ。

 シルバ本人が戦場へと赴いているということは、たとえ国が滅びたとしてもそれが彼を弾圧する理由にはならないのだ。なぜなら、彼も民と同じ立場にいるから。そしてもしコーウェンを始末した結果、シルバも同様に死んでしまったら――それは、何らかの手段で彼を戦場へと連れだしたのではないか、という疑念が、いつか必ずこの貴族たちに向けられることになるだろうからだ。

 これは間違いなく、大きな騒ぎの中に忘れ去られていくなどという結末にはならない。それほどシルバへの支持は高く、本人が『戦場で死んだ』という事実が大きなきっかけになる。

 ――だからこそ、この作戦は既に失敗しているのだ。


 シルバはかなり頭が良い。

 彼には敵対貴族たちのとる行動が理解できていた。だからこそ、ネイルをリグルドへと残し、自らは戦場へと赴いた。

 ネイルがコーウェンたちへとその事実を話さなかった理由、元気がなかった理由――それは、シルバが隠れてエルフの国へ向かったという事実の口外を禁止されていたからだ。

 地球のように科学が発達していない、遠隔での連絡手段がないこの世界では、周りに知られず、尚且つエルフの国へと辿り着いてからも貴族たちに自らの行動を探らせないというのは案外簡単なものなのだ。

 そしてもちろん、エルフの国が滅びてしまった時のための脱出手段、死なない程度に民と同じ立場を演出(不本意だが)するための計画があった。

 だが、そんなシルバにも誤算があった。

 それは、ネイルの頑な覚悟を理解していなかったこと。コールの性格を知っているから、コーウェンが戦場へと赴くことはないだろうと決めつけていたこと。そして――


 ――そんなコーウェンに向けられる刺客が、あの(・・)『大華炎』だなんて考えていなかったことだ。

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