14 互いの強さ
夜が明けて、ディスタート家の人間とディーア、そこへ話を聞いてやってきたアーヤの総勢六名が室内道場へと集まっている。コーウェンとコールだけが道場の中央へと陣取り、他の四名は入口近くで二人を見守っている。
当然、目的は二人の試合だ。
昨日、コーウェンが「今の体調でも負ける気はしない」と言ったが、さすがにコーウェンもそのまま闘うのは気が進まないだろうし、それにそんな状態で闘うのはコールのプライドが許すわけがなかった。だからこそ、次の日まで持ち越したのだ。
二人は木剣を握り、向かい合っている。
両者の距離はおおよそ四メートル。二人の膂力ならば一歩の間合いだ。
武道大会のように礼を重んじて所作を大事にするものとは違うのでそこには言いようのない緊張感が漂っているが、それでもこれは正々堂々とどちらが強いかを競うものだ。だから合図があるまではお互い斬りかかったりはしない。
「魔法は当然使うよ?」
その沈黙を破ったのはコーウェンだった。
その問いに、コールは微笑を浮かべながら頷く。
「だが、家を壊すようなのはよせよ?」
「……そんな大きな魔法を使う隙、僕に与えてくれるの?」
「ふっ、無理だな」
それを聞いたコーウェンは顔を伏せて小さく何かを呟いたが、その声はコールには届かなかった。
やがてコーウェンは手に握った木剣を胸の辺りへと持ち上げ、剣道の“中段の構え”のような姿勢をとった。コールもそれに倣う。
――“一心流の構え”
ずっと合わせ続けていたコーウェンの目が、突如ハンターのような鋭い眼光へと様変わりした。
それで理解したコールは、同じ視線をコーウェンへと返す。
(行くぞ、ウェン!)
それが二人にとっての合図だった。
二人は全く同時に地面を蹴り上げ、滑空をするかのような低い体勢で迫った。
ただでさえ近かったその距離は一瞬で縮まり、高速で衝突する――寸前にコーウェンが右へと躱した。
コールでも実現不可能なその反応スピードに思わず感心しながら、それでも油断せず相手の動きを追っての高速旋回――が、そこにコーウェンの姿はなかった。
どこに行ったのか。
その疑問は、足元に現れたコーウェンを見て一瞬にして解消される。
――コールが振り向くより速く、切り返した。
その事実に驚きを隠せない。以前からそのスピードには一目置いていた。だが、既にここまで成長しているとは思ってもいなかったのだ。
(今までの試合は本気じゃなかったのか!?)
コールのそんな思いを知ってか知らずか、どこでその推進力を生み出しているのかわからない、まるで浮き上がるかのような動きでコーウェンが迫ってきた。その右手は獣が爪を突き立てるかのような形で、コールの胸に接近する。
それを、剣を地面に突き立てるかのような形で払いにいくと、コーウェンは咄嗟に手を引いた。――ここで疑問、どうして素手なんだ?
見たところで、左手に握っている様子も確認できない。
その時、背後に嫌な予感がした。
己の感に従い全力で身を翻すと、耳元を木剣が掠めていった。そしてクルクルと回転しているそれを、コーウェンは器用に受けとめる。
ここでコールは理解した。自分はコーウェンの実力を見誤っていた、と。
コールはそのまま距離をとると、思わず緩む頬を引きつらせながら口を開いた。
「今のは、木剣を魔法で遠隔操作していたのか?」
「そんなことできないよ。父さんの背後上に放ってきた剣を、魔法の衝撃で弾き飛ばしただけ」
「…………無詠唱で、か?」
その問いにコーウェンは答えない。
それを見たコールは、警戒レベルを改めて引き上げることを決意しながら剣を構える。
魔法使い相手にあまり時間を与えるのは得策ではない。コールは短く息を吐き出し、その距離を詰める――
コーウェンに向かって突っ込んでくるコールの身体は、まるで獣のような迫力を纏っていた。
下段からの斬り上げ、上段からの斬り下ろし、その他全ての剣筋がコーウェンの身体を掠める。この二年間、試合をする時のコールはずっと翠伝流を使っていた。魔法を使えない彼には一心流の方が性に合っているはずなのに、どうしてかその方がずっと強く思えた。
だが今、こうしておそらく本気であろうコールと合いまみえその理由がわかった気がする。
――“一心流の極意を翠伝流で体現する”
今コーウェンが感じているのは、人間を相手にしているとは思えないような不気味さだ。
翠伝流とは普通、魔法と剣術を繋げるために一刀ずつの動きに仕切りを入れる。それがコールにはなく、丸々何もしない“空白”が存在するのだ。普通なら隙にしかならないその動きが、まるで勝ちへのルーティーンのような圧力を生むのだ。
おそらく、そこに一心流の極意――全ての動きに魂を籠めるという“必殺技”が存在するのだろう。
だが、コーウェンの動きだって尋常なものではない。
上昇した動体視力でコールの剣を紙一重で躱すと、一歩を踏み出した。直後に飛んできたコールの蹴りを右足の裏で踏むように止め、その推進力を利用してコールの眼前に踊るかのように浮上。身体をひねり右足で蹴り下ろす。
当然コールにはこれくらい止められる。だが、だからこそ右手と左手、左足の連打が有効になる。
コーウェンは右足を掴まれたまま、左の後ろ回し蹴りを繰り出す――下ろした肘でガードされる。
コーウェンはそれで終わらず、左手に持った木剣を振るう――それも、逆手に持ち替えた木剣でガードされる。
だが、コーウェンにはまだ右手が残っている。
その時に呟かれたコーウェンの声に、おそらくコールの心臓が跳ね上がったのだろう。その顔が苦渋に満ちた。
「――『烈震虎砲』」
残ったコーウェンの右手がコールの鳩尾に添えられる。
「しまっ――」
突如、コールの身体がくの字に曲がり吹き飛んだ。
ジャストミートだ。これほどにはない絶好のチャンス。だが、コーウェンの動体視力がコールの吐血を捉え、追撃へと向かう足を止めさせた――否、違った。そんなのは関係がなかった。
――この時点で、コーウェンは既に詰んでいた。
疑問を感じたのは二年前からだった。
だが、いつかはわかることだろうと問題を先送りにしていたのだ。
実際に疑問の一つ、『どうしてコールは一心流の時よりも翠伝流の時の方が手強く感じたのか』。これは簡単だった。コールが翠伝流を使い慣れ、そこに一心流を組み合わせた独特の流派を編み出していたから。単純に翠伝流の方が得意だったから。
だが二つ目の疑問、『どうして魔法を使えないコールが翠伝流を扱えるのか』。これは彼の強さの根本にかかわる疑問だった。魔法が使えないにもかかわらず一心流よりも熟練した動きができるほどに極めていた理由、それが問題だったのだ。
まだ疑問は残っている。だが、自分の負けという事実は理解できた。
目の前に現れたのは、黒い陽炎の奔流だった。禍々しさと神々しさを兼ね揃えたそれは、コーウェンの視界を埋め尽くし大きさが判断できないほどだ。正体は不明だが、コールの攻撃であり直撃するのは不味いということだけはわかる。
陽炎や霧に近く半透明で、その奥にいるコールの姿が見て取れた。コーウェンに吹き飛ばされた体勢のまま床に這いつくばっている。
(俺の負けだよ。父さん――)
刹那――黒い奔流がコーウェンの全身を飲み込んだ。
はらわたを掻き混ぜられたかのような痛みがコールを襲う。口の中には止めどなく鉄の味が広がり、力を入れようとした下半身が震える。まるで自分の身体ではないかのような感覚がするが、その激しい痛みが否応なく自分自身だと思い知らせてくる。
声を上げようとすると、へその上辺りの激しい鈍痛が邪魔をする。
だが、叫ばなければいけない。今の戦闘を見ていて固まっている皆を動かさなければいけない。コールがコーウェンにしたことは、おおよそ子供に対して放って良いものではないからだ。コーウェンだからこそ使ったのだが、それでも骨の一本や二本は折れていてもおかしくはないだろう。
「アメリア、メリファ! ウェンを治療しろ! アーヤちゃんは医者を呼んできてくれ!」
その叫びを聞いた皆は、まるで拘束の魔法が解けたかのように一斉に動き出した。
その様を確認したコールは、自らの身体を奮い立たせてコーウェンへと視線を向ける。そこには、木剣を手放しうつ伏せに倒れているコーウェンの姿が確認できた。ピクリとも動かないその小さな身体を見ていると、考えたくもないような不安が胸の内を蹂躙する。
コーウェンの元へと辿り着いたアメリアとメリファが、コーウェンの名前を叫びながら容体を診始めた。アーヤの姿は既に道場内には見当たらない。
しばらくそのような状況が続いたかと思うと、ホッとしたかのような表情を浮かべながらアメリアが近づいてきた。
「とりあえず、ウェンに怪我はなかったわ。意識を失っているだけ」
その言葉にコールは信じられない思いに駆られたが、それでもアメリアが嘘をついているようには思えない。心から安心する。
「そうか……。無傷、か」
怪我がないのは何よりなのだが、それ以上にあの一撃を受けて何事もなかったなんてどういう了見なのだろうか。
それは最早強さの底が見えないなんてレベルではない。理解の範疇を超えているではないか。
コーウェンへと視線を移すと、丁度メリファに抱かれ道場から出ていくところだった。意識は未だに失っているようだが、確かに見た感じでは流血や裂傷といった類のものは見当たらない。
「もう、ウェンに何かあったら貴方のこと嫌いになってたわ」
「……すまない」
「いいえ」
アメリアは「あら、こっちの方が重傷ね」などと言いながらコールの身体を治療し始める。治療とは言っても、傷口を水魔法で冷やしたり傷になっている部分を拭いたりといった程度のものだが。
「お前、息子にあれを使っても良かったのか?」
その言葉に視線を移すと、ずっと戦闘を見ていたディーアがこちらへと近づいてきたことに気付く。
「良かったんだよ。大丈夫だってことはあんたにもわかっただろ?」
「ああ、だが全力ではないのだろう?」
「……全力だったさ。それを受けて、あいつは無傷だったんだ」
それを聞き、ディーアは深刻そうな顔を浮かべ手で口元を覆った。
「そう、か……。ようやくわかったよ。予知に彼の名前が出てきた理由」
「…………」
「だが、彼は負けた」
そう言うディーアは、何か言いたそうだが言えない、そんなはっきりとしない表情をしている。
コールはその顔に少し逡巡した後、覚悟を決めた。
「ウェンを……連れて行け」
「!? それは……」
「エルフの国を、あいつに救わせろって言ってるんだ」
「……いい、のか? 彼は負けたのに」
「だが、あいつの方がずっと強いさ」
「どういう……」
「あいつは、俺をいつでも殺せたんだ。最後の『れっしんこほう』とかいう魔法だって、腹ではなくて心臓に当てていれば、俺はどうなっていたかわからない。いや、わざわざそんなことをしなくても、もっと威力を上げれば良かった。あの魔法は、全然本気じゃなかった」
コールの最後の攻撃を無傷で防いだコーウェンだ。長々と詠唱をしている時間はなかったはずだから、おそらく無詠唱の魔法を使ったのだろう。それほどの使い手が放った魔法に直撃したにもかかわらず、この程度の傷で済んだのが何よりの証拠だ。
それに、火魔法でも良かった。そうしたらコールの腹に大穴を開けられたであろう。最初の無詠唱だってそうだ。木剣を弾き飛ばすことに使わなくても、直接コールの顔面にでも放てば良かったんだ。
試合に勝ち、勝負には負けた。
コーウェンの実力は既にコールの遥か先を行く。その事実に嬉しくもなるが、それ以上に悔しさの方が勝っていた。
そして、それはディーアにも理解できたのだろう。ゆっくりと目を閉じると、小さく頷いた。
「承知した。感謝させてくれ――ありがとう」




