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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
2章 エルフの国防衛戦(上)
14/67

13 突然の来訪者

 掛け布団の重さが煩わしくなり、目が覚めた。

 重たい瞼を無理矢理持ち上げると、最初に知覚したのは音だった。開いた目からは光が入ってくると思っていたのにと、期待した情報を得られなかったもどかしさに短く舌打ちをした。

 だが、そこでふと思う。――目が捉えるものは“音”で間違いないのではないか。

 目、眼、耳、視覚、聴覚――それら全てがごっちゃになり、何が何だかわからなくなりつつも、その音へと意識を傾ける。

 女性の綺麗な歌声だった。心地良い音色のおかげか、幾分気分が楽になった気がした。

 その歌を聴いて、最初にイメージした色はオレンジだ。それも水を足しすぎた水彩絵の具のような、とても薄いものだ。

 だが、やがてそれは姿を変える。段々と濃い色になったかと思うと、同時に粘着質なスライムのようなものへと変わっていく。その現象は止まるところを知らず、最後にはこれ以上ないほど真っ黒なものへと変わってしまった。その声は最早女性のものではなく、人間のものですらなくなってしまった。

 やがてそれは形を帯び始める。

 黒い人型の影のようなものへと変わったかと思うと、無数に分裂して襲い掛かってきた。

 死を覚悟した、その時――


 ――目が覚めた。


(夢か……)


 コーウェンは、今度こそ本当に目覚めたことを理解すると、状況を確認する。

 体調を崩し、学校へ行かなかったことを思い出す。丈夫なこの身体を蝕むほどの病魔に恐れをなしたコーウェンは、そのまま直ぐに眠ったのだった。

 ふと、右手を握る手に気が付いた。

 そして、順序立てて覚醒していくかのように、その手の主が歌をうたっていることにも気が付いた。

 寝返りを打ちながら視点を移動すると、そこにはアメリアの姿が確認できた。コーウェンの視線に気付いたアメリアは安心したかのように微笑む。

 起きた瞬間にその存在に気付かなかったほど馴染んでいたということは、かなり前からそうしてくれていたんだと推測できる。思えば、頭痛も吐き気もほとんど消え去っている。

 コーウェンはアメリアの顔を見つめたまま、歌声に意識を傾けた。


「たたかう~風の子~こころにきめたあの人のために~、走れ~! 走れ~! 風に――」


 頭痛がぶり返してきた。


「……やめてくんない?」







 コーウェンが目覚めたのをきっかけに、アメリアは席を立った。

 ひたすらニコニコとしながら額の汗を拭いてくれると、頭を撫でてから部屋を出て行った。足取りは軽く、その鼻歌は先ほどの続きなんだと気付いた。

 そんなアメリアと入れ違うように部屋へと入ってきたのは、メリファに連れられたアーヤだった。

 メリファはコーウェンが起きていることに気付くと、嬉しそうに笑顔を浮かべ、部屋の外から手を振っている。そんなメリファに苦笑いを返し、去っていくのを確認すると、視線をアーヤへと移す。


「大丈夫? 学校休むから心配したんだよ?」

「それは悪かったな。でも、もう大丈夫だと思う」

「そっか。……だからって無理はダメだよ?」

「わかってるよ……」


 アーヤは少し大人っぽくなった。幼さゆえに少し丸みがかっていた頬は引き締まり、その綺麗な目をより一層引き立たせる可愛らしい小顔だ。

 あの日、アーヤの前世が葵だと知った日から二年が経ち、コーウェンとアーヤは八歳になって。そして同時に、強くもなった。この場合の強さとは心の話で、要は吹っ切れたとでも言うべきだろうか。

 そう言えばあの日、あの後にネイルの家へと行った時にアーヤは泣いていたなと、少し懐かしい気分になってくる。


「あ、何笑ってるのよ」

「いや……、俺たちも成長したなって思ってさ」

「そりゃ……、って、急にどうしたの? 寝すぎでボケてる?」


 寝すぎという言葉に、コーウェンはふと外を見た。

 空はまだまだ明るく日が落ちるまではもう少し時間がかかりそうなのと、アーヤが学校帰りに来たのであろうという情報を元に、大体十四時から十五時くらいだと推測できた。


「そうだな……ボケてはいないけど、寝すぎは正解だ」

「ふーん、その間、ずっとアメリアさんに看病してもらってたんだね……」

「ん? ずっとかは知らないけど、どうしてだ?」

「いや……、アメリアさんもメリファさんも綺麗だなー、って」


 部屋の出入り口の方を見ながら言ったアーヤは、意地悪そうな顔をコーウェンへ向けた。


「それで、幼いころ、どっちからだったの?」

「ん、何のことだ?」

「……メリファさんは子供とかいなそうだし、やっぱアメリアさんか」

「だから、一体何の話だ?」


 会話がかみ合っていないことに、コーウェンの語気は若干強くなった。

 アーヤはそんなこと気にならないとばかりに、その顔をさらに意地の悪いものへと変え、口を開いた。


「どっちからだった? ――授乳は」


 吐き気がぶり返してきた。


「……本当にやめてくんない?」








 この二年間で兄をからかうということを覚えたアーヤと、頭痛と吐き気がひどくなったような気がするコーウェンは、二人一緒に一階へと降りてきた。

 長い廊下を進んでいると、その途中にある扉からメリファが出てきた。


「平気ですかコーウェン様? さあ、どうぞ掴まってください」

「……ありがとう」


 両側をアーヤとメリファに支えられながら、食堂を目指し歩く。


「ごめんね二人共。うつるかもしれないのに……」

「いえ、そんなこと気にしないでください」

「私も」


 自分を気遣ってくれる二人に感謝を述べ、やがて三人は食堂へとやってきた。

 だが、目的としていたコールとアメリアはそこにいなかった。寝室かな、と思いつつ、メリファに尋ねる。


「ねえ、父さんと母さんは?」

「今は客間にいらっしゃいます」


 はて、客間に二人そろって何をしているのか。

 そんな疑問を一瞬持つが、そんなのは客が来ているからという理由しかないだろうと、すぐに頭から追いやった。

 やはりボケているとはいかないまでも、完全に覚醒はしていないんだなと、コーウェンはそんな自分を嗤った。


 そのまま食堂の椅子へと腰かけ、メリファに雑炊でも作ってもらおうと口を開きかけた時、コーウェンの上昇した聴力が自分を呼ぶ声を捉えた。

 ふとそちらへ目をやると、コールが廊下を渡ってこちらへやってきた。


「――お、ここにいたか。今起こしに行こうかと思ってたんだが、もう平気なのか?」

「うん、もう大丈夫だよ。あと、名前を呼び始めるのが早いよ」

「はは、それは間違いないな。――んで、大丈夫ならでいいから、少し来てくれるか?」


 それを聞いて首をかしげるコーウェンに対し、コールは「お前に客だ」と言った。


 自分に客など風の子騒動で湧いていた時にもなかったと、コーウェンは少しの緊張、少しの期待を持ちながら客間へと向かう。

 やがてコールに連れられるまま客間へとやってきたコーウェンは、扉を開けたコールに続いて中に入った。

 八畳ほどの、決して広いとは言えない部屋の中央に長方形のテーブルが置かれ、その内の二辺にそれぞれ向かい合うように椅子三つずつ置かれている。その一つにアメリアが座っていた。

 そして、その右向かい――そこでは、濃いめ茶髪を肩の辺りまで伸ばした若い女性が、コーウェンの方へ怪訝な表情を向け座っていた。

「君がコーウェンか?」と問うその声はとても凛々しく、男のコーウェンからしても格好良いものだと言えた。

 コーウェンはその問いへ肯定の意を示すと、コールと共に向かい側の椅子に腰かけた。


「そうか……」

「おい、あんたを家へと上げたのは、あんたがあの(・・)ディーア・シルエットだからだ。用件を言わないなら帰ってもらうぞ」


 コーウェンの肯定に対して頭を抱え込むディーア――と呼ばれた女性――に、コールは何が気に食わないのかきつい言葉を浴びせた。

 彼女はそんなコールを一瞥すると、コーウェンへと向き直った。


「そうだな。失礼した。私の名前はディーア・シルエットという。よろしく」

「あ、はい。コーウェン・ディスタートです。よろしくお願いします」

「うむ……」


 丁寧なコーウェンに感心したかのように呟くと、「それで」と続ける。


「君は……強いのか?」


 こちらの目を見据えそう言うディーアに、言い知れない迫力を感じたコーウェンは思わずコールへと助けを求めた。


「話の意図が読めない――が、俺から言わせると強い」

「そうか……。いや、今更そんなことを確認しても意味がないな。では、本題に入ろう」


 ディーアはそう告げると、コーウェン、アメリア、コールへと視線を移していく。そして覚悟を決めたかのように口を開いた。


「お願いがあるんだ――」








 ディーアの話を聞いた三人は、全員が驚いた表情を浮かべる。コーウェンは眉を顰め、コールは拳を握り、アメリアは左手で口を覆っている。

 彼女の話は、とてもスケールの大きいものだった。

 特殊魔法『予知』の使い手であるエルフの国の老人が、約五か月半後に発生する国の危機を告げた――要約するとこうだ。

 特殊魔法での予知なのだから信ぴょう性は高いだろうし、その老人――長老と呼ばれる人物の話はコールも知っていた。かなりの危機になるだろう。

 だが、そんな現場、話によると戦場になるような場所へ自分の息子を送り出すなんてことに賛成できるはずがなかった。


「どうしても、ウェンでないといけないのですか?」

「ああ、長老の予知ではそうとしか……」

「そんな……」


 今にも泣きだしそうなアメリアの顔を見て、コールはディーアへと冷たく言い放つ。


「――断る」

「な!? 国が、一国が滅ぶやもしれんのだぞ!?」

「ああ、だが国なんかよりもウェンの方が大事だ。それに、そん時は国なんて捨てちまえばいいんだ」

「そんなこと、簡単に言うな!」

「そっちこそ、息子を戦場へ送り出せなんて簡単に言うな」

「……くっ、だが強いのだろう?」

「……強く見えるのか?」

「……いや」

「ならそれが答えだ。俺がさっき言ったのは、『子供の割には強い』という意味だからな」


 コールは咄嗟に嘘をついた。

 コーウェンの強さはこの二年間で以前とは段違いなものへとなった。それは、コーウェンと共に剣術へと励んできたコールが、魔法抜き(・・・・)で彼を評価したものだ。正直、長い間コーウェンの魔法を見ていないが、全力のコーウェンは世界最強クラス――十二英傑らと比べても遜色ないものだと推測できる。

 とは言え、自分の、それも八歳の息子を魔物の群れの中へと置いてくるのは話が別だ。


 だが、そんなやりとりを見ていたコーウェンの口から飛び出たのは、想像していたものとは違っていた。


「――僕は構わない。国が滅びるかもしれないなんて、僕には放っておけない」

「本当か!?」

「ちょっと待て! 勝手に決めるなウェン!」

「そうよ……お願いだからそんなこと言わないで?」


 反対する両親に、コーウェンは食い下がる。


「肌が黒いですし、あなたはダークエルフですか?」

「あ、ああ。その通りだ」

「エルフの国……ということは、ディーアさんの故郷ですよね? 人が『故郷を救ってほしい』と頼んでる。僕にはそれで――」

「ちょっと待てって! そんな理由で行くと言うのか!?」


 コーウェンにはその理由がそんなに軽いものには思えないのだが、それでも当然理由はそれだけではなかった。

 こんな話はすぐに広がるし、広げるだろう。すると当然ネイルの父親であるシルバの耳にも入る。彼はエルフだから助けに戻るだろう、だから力になりたいというのが一つ。

 そして何よりも、コーウェン自身が戦いたかった。

 鍛えた身体と魔法を実戦で試してみたい。当然恐怖はあるが、良いことをしているのだから後ろめたいものは何もない。

 だから、コーウェンは行くつもりでいる。


「うん、ごめんね。父さん、母さん」

「ウェン、本気なの? きっとメリファもアーヤちゃんも反対するわ」

「……ごめんね」


 コーウェンは賢く、とても大人だ。それはコールもアメリアも理解している。

 だから、これを引き受けるということがどれだけ危険で、どれだけ重大なことかを理解しての発言なのだろう。ということは、コーウェン自身は確信している。自分が生きて帰ってくるということを。

 それに、特殊魔法でコーウェンを連れて来ることが対策だと言わしめたほどだ。

 そんなコーウェンが実際に命を落としたりする確率は低く思える。だが――


「――それでも、俺はウェンを危険な目に遭わせたくない」

「……父さん」

「ウェン、俺と闘え。俺に勝てるようになるまでは、一切危険な目には遭わせない」


 言葉の語彙がなくなり、咄嗟に出てきたのはそんな言葉だった。

 自分を超えるまで、危険な目には遭わせない――これは以前からコールが考えていたものであり、その時が来たら決闘で判断をするというのもそうだ。


「そんな……、本気なの? 父さん」

「ああ、以前から決めていたことだ。さすがにその機会がこんなにも早く訪れるとは思ってもいなかったがな」

「……そっか。で、それって本気で来いってこと?」

「ああ……」


 コールがそう呟いた時、コーウェンの顔つきが変わった。

 全身を圧迫する力強い奔流が、魔力の視えないコールでもその存在に気付かせる。おそらく威嚇。コールとは闘いたくないという意思の表れなのだろう。とんでもない魔力量、才能。思わず冷汗が額に滲む。

 そこで気付いた。

 これほどまでの魔力、それを纏っているにもかかわらずディーアとアメリアはなんの反応も示していない。

 コーウェンの顔を見る。コールだけを悲しそうに、それでいて力強く見つめるその瞳。

 そして、「正直、今の体調でも負ける気はしないよ」という、強がりでもなんでもないのであろうセリフで理解した。コーウェンは、コールにだけ(・・・・・・)魔力を当て続けている、と。

 これだけ密集した場所で、それを当たり前のようにこなす息子。もしかしたら自分は、コーウェンの魔法適正を実際より低く評価していたのではないだろうか。

 そこで、閃光のように脳裏をある可能性がよぎった。


 正直、長老の予知には疑問があった。

 コーウェンの実力はコール自身高く評価しているつもりだが、世界にはさらに上が存在する。


 コールを含む、十二年前に炎龍を打ち破った十二人の冒険者による討伐隊。――十二英傑。

 そして、あまりにも力が強大すぎて、元々は戦争にでも駆り出されると危険だという理由からその制度が作られた存在。王国、帝国、エルフの国の世界三大国から庇護を受ける、正式に任命された者だけが名乗れる世界最高の魔法使い――選定魔法導師。通称『魔導師』。


 十二英傑は一部の例外を除き戦闘に参加することは問題ないはずだし、魔導師も魔物との戦いは制限されていない。

 だが、なぜそんな彼らを抑え込み、コーウェンの名前が挙がったのか。


「ウェン……お前、もしかして特殊魔法を? 特殊魔法を修得したのか?」

「な……!? こんな子供が特殊魔法だと!?」


 その言葉に、ディーアは勢いよく立ち上がり、そして自分の取り乱し方に気付いたのか顔を伏せながら座った。だがそれも仕方がないだろう。コールだって信じられない。


 十二英傑を押さえて、魔導師を押さえて、コーウェンがエルフの国の救世主たる可能性――

 一つは、コーウェンの実力が既に彼らよりも上を行く場合だ。だが、これはいくらなんでもあり得ない。生まれつきとんでもない魔法適正を有し、どういうわけか身体能力の高さも同年代の人間より群を抜いている。そしてとても賢い子だ。その実力には文句のつけようがないだろう。

 だが、身長が百三十にも満たない、この世界に生まれ落ちてからたった八年しか経過していないような子供に越えられるほど彼らの強さは甘いものではない。特に魔導師と呼ばれる存在は。だからこれではない。


 では二つ目、それはコーウェンが彼らにもできないことをできるという可能性だ。

 これならば不可能ではない。なぜなら、世界には特殊魔法と呼ばれる、人によって能力が異なる力があるからだ。もちろんこれの修得は容易ではなく、世界でも三人の使い手しか確認されていない。

 だが、それでも一つ目の可能性よりはあり得るようにも感じられたのだ。先ほどの魔力、それを自由に扱う様を見せられてはこの可能性を否定する意味などないだろう。

 ああ、そうだ。

 コーウェンは特殊魔法を使えるのだろう。最早間違いない。

 さあ、言ってくれ。

 コーウェン、お前はいったいどのような特殊魔法を――


「え、何? そんなの使えないよ?」


 ――そう、ですか……。


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