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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
2章 エルフの国防衛戦(上)
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12 予知と対策

 どこから漂ってくるのか、焼けたてのパンのような香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 匂いを辿れば、最近商売を始めたと聞く露店が目についた。思わず立ち寄りたい衝動に駆られるが、今は時間がないので諦めることにした。

 誘惑を断ち切るかのように踵を返し、二年ぶりに帰ってきた故郷について思考を巡らせる。


 ここエルフの国には、エルフとダークエルフ、人間が大体“8:1:1”程度の割合で居を構えている。周囲を見渡せばその傾向は顕著で、最近舗装され直された道路を歩くのは大半がエルフだ。

 だが、エルフとダークエルフの存在数を比べるには、この数字では不十分だ。と言うのも、エルフはこの国以外にも数多く分布しており、それは王国や帝国の都市で貴族位を授かっている者が存在するくらいだ。それに対してダークエルフは、圧倒的に数が少ないためにエルフとして一括りにされているだけであり、純粋なエルフとは違い大半の者がここエルフの国に住み着いている。外に住んでいるとしたらそれは余程の変わり者か奴隷階級の者か、はたまた冒険者組合などに所属する旅人なのだろう。

 つまりは、一部のエルフと大半のダークエルフの割合、それが先ほどの数字なのだ。


 そんな、外に住んでいる女性ダークエルフの一人である“ディーア・シルエット”は、広い大通りを我が物顔で歩く。

 季節は冬。新年を迎えたばかりで、行き交う人々は厚着で肌を覆っており、そんなディーアも例に漏れずその生まれつき褐色の肌を布の内に隠している。

 これではエルフもダークエルフも見分けがつかないように思えるが、それは夏でもあまり変わらないだろう。そもそも彼らの特徴である尖った耳は、人間たちと比べて大きな差はない。ディーアのように生まれつきエルフたちを見てきた者でなければ、見分けるのはそう簡単な話ではない。その特徴が小さいからこそ、耳の丸い人種に虐げられたり辱められたりといった過去が存在しなかったのだろう。


 そんな彼女が目指している場所は、この国の中心部に建っている長老の家だ。

 エルフやダークエルフは長命種と言い、短い者で三百、長い者で五百歳くらいまで生きる。ディーア自身、程良く筋肉が付いたその若々しい外見からは想像できないが、つい最近百歳を超えたくらいの年齢だ。それに対して長老とは、既に七百近い年齢をした正真正銘のお婆さんだ。


 そして、長老は現在確認されている特殊魔法の使い手――その三人の内の一人だ。

 能力は『予知』。名前通り未来を予知するもので、その強大な力から制限はかなり重く、十年で合計五回、この先二年以内の予知しかできない。

 その為、長老は二年に一回、その年の初めに予知を行う習慣があった。そして今から、その儀式めいた特殊魔法の見学に行くのだ。



 やがてディーアの前に現れたのは、長老などという大層な呼ばれ方をした者の家とは思えないほど、ごく普通の一軒家だ。長老と長老の息子が二人で住んでいるだけなので、周囲への威厳などといった卑しい趣味のない彼らにはこれで十分なのだ。


 ディーアがこの家へ入るのは初めてではなく、最早入り慣れていると言っていいほどの回数訪れている。

 予知などという強力な特殊魔法を有しているだけあって、国から衛兵付きで保護されているこの家の門を顔パスで素通りすると、慣れた動きで木でできた扉を開けた。

 中へ入り奥へと進むと、そこには長老――テール・ティークスと、長老の息子――ハロルド・ティークスが並んで椅子へと腰かけていた。

 二人共老人だが、とても元気だ。

 見ると、机の上に置かれたカップには何の液体も入っておらず、飲み干した後なんだと理解できた。おそらくディーアが来るのを待っていてくれたのだろう。そんな二人に頭を下げる。


「遅くなって申し訳ない」


 尊大で、とても凛々しいその声に二人は微笑む。


「それほど待っておらんよ。では、早速始めるか」

「ああ、よろしく頼む」


 それだけの会話だけで十分と言うかのように、長老は早速魔力を練り始める。

 長老を見守るように立つディーアとハロルド。息子のハロルドはともかく、なぜもう一人の人物がディーアなのか。それは簡単だ。元々交流があったというのはもちろん、ディーア自身が長老を超えると言われている程の魔法使いだからだ。

 エルフの国最高の魔法使いであり、非公表(・・・)の特殊魔法の使い手。それがディーア・シルエットの正体だ。


 やがて、そんなディーアですら一瞬身構えてしまう程の魔力が、長老の身体を纏い始めた。

 魔力の視認はできない二人だが、それでも感じるくらいはできる。

 ――始まった。

 長老の特殊魔法『予知』が始まったことを理解する。

 何度経験しても神々しさを連想させるその魔力を感じては、本当に自分が長老を凌ぐ魔法使いなのかと不安になる。

 そして飲み込んだ唾がのどを震わせた時、長老の魔力が急激に消え失せていく。

 時間にして、僅かに十秒未満。だが、そんな短時間でも長老は肩で息をする程に消耗している。

 やがて息を整え終えた長老が口を開く。これからの二年間はどんな事件が発生し、どれだけの衛兵がこの国を走り回ることになるのだろうか、と楽観的に長老の言葉を待っていたディーアが聞いたのは、予想していなかった焦りの声だった。


「まずいの――」


 いつもの、犯罪者に対しての呆れた物言いではない。

 とっさに思い浮かんだ嫌な予感を抑え込み、疑問を晴らしてもらおうとディーアは首をかしげた。


「結論から……この国の危機じゃ」

「……戦争か? 王国……いや、攻めて来るとしたら帝国か」

「早まるなディーア。人の手によるものではない」


 そう諭す長老の言葉に疑問を感じた。人の手によるという部分は否定したが、戦争自体は否定しなかったからだ。

 それはハロルドも同じだったのか、ディーアよりも先に口を開いた。


「それはいったい……?」

「魔物が攻め込んでくる。それも十や二十ではない。そうじゃな……この国を囲む森の、全ての魔物が一斉に攻めて来ると考えた方が良い数じゃな」

「な!? それだと数えきれないほどということか!?」


 焦るディーアの問いを、テールは黙って肯定した。

 その動きを見て、ディーアは胸が苦しくなった。

 どれだけの数の魔物が攻めて来ればこの国が滅ぶのだろうか――

 この国の危機とまで言わしめた数の魔物を想像する。だが、頭をよぎるのはなぜそうなるのかという疑問ではなく、ただただ絶望だけだった。


「それはいつの話だ!?」

「六か月後だわい。……決して、対策を練るのに十分とは言えないのう」

「くっ……では、最善の手段は?」


 長老の予知には、二つの能力がある。

 一つは先ほど行った、この先二年間についての予知をすることだ。これは映像が見えたり文字が浮かんだりする類のものではなく、まるで元々記憶にあったかのように漠然と理解するといったものだ。だからこそ、国の危機というのは理解できても、結果的に滅ぶのか存続するのかはわからない。

 そしてもう一つは、その未来に対してとるべき最善策がわかるといったものだ。


 それはとても役立つ能力であり、今までもそれに従ってきた。無論、今回もそのつもりだ。

 だが、そんな長老の顔は冴えないものだった。それがディーアとハロルドの不安を煽る。もしや、逃げる以外に道はないというのだろうか。

 長老はそのままの表情で、口を開く。


「――コーウェン・ディスタートという人間を連れて来る、だ」


 ――だが、長老の口から飛び出たのは思いもしない言葉だった。


「誰だそれは? 国の危機に対しての最善策が、一人の人間を連れて来るだけだと!?」

「落ち着きなさい、ディーア」


 思わず興奮するディーアを、ハロルドが宥める。

 だが、ディーアの思いをそこにいる人間全員が理解できるのだろう。その声には力がなかった。

 それも仕方がない。

 国の危機、それを一人の人間にどうにかできるなどあり得ない。相手が人間ならば才能あふれる交渉術で――なんてことはできても、敵は魔物というではないか。退ける方法は武力しか存在しない。


「……くっ、だが、長老が予知したのだからそうするしかないのだろう」


 納得し切れないが、長老の予知に間違いはない。今までもなかった。

 もう少しで七百歳を迎える長老が、特殊魔法を修得したのは四百三十歳の時。それ以来、二年に一度のペースを崩さず、合計百三十回ほどの予知を行ってきたそうだ。そして、的中率は百パーセントらしい。

 これほどの能力で導き出された結論、信じずして何となろうか。


 コーウェン・ディスタート――忘れないように近くの紙へメモを取ろうとしたその時、閃光のような既視感をその名前に覚えた。


「コーウェン・ディスタート……、聞き覚えがある。心当たりがあるぞ!」


 そう言うディーアの言葉に首をかしげた長老とハロルドだったが、改めて考えるまでもなく、ハッと表情を改めた。


「おそらく、いや間違いなく、コール・ディスタートの血縁者だ」


 コール・ディスタート――かつて、十二年前に王国を炎龍が急襲した事件、その時の討伐隊――


「十二英傑の一人……。確か、遊撃剣士席(ジェネラル)を務めた男じゃの」

「ああ、その名を知らぬ者はいないだろう。彼の血縁者ならば期待できる。だが――」


 ――なぜコール本人ではなく、その血縁者なのか?

 そんな疑問が改めて湧いてくるが、すぐにその思考を振り払った。

 確かに彼ほどの実力者がその親族にもう一人存在するなど考えられないが、それでも長老の予知を信じると決めたばかりだ。


「……それで、居場所に心当たりはあるのかい?」

「ああ、彼はあの戦いの後、アルトリコ王国のリグルドを引き受けたはずだ。間違いなく今もそこを出ていない」

「そうかい、ではそちらを任せられるか?」

「ああ、当然だ。明日には早速発つことにする」

「帰ってきてすぐに悪いね……」

「気にしなくていい。――では、私は師匠(せんせい)への報告を済ませてくる」

「ああ、王城への報せは今年も私らが出しておくよ」


 そう言う長老とハロルドへと手を振りながら、ディーアは足早に家を出て行った。その胸に、言い知れない不安を抱きながら。


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