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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
1章 死神の導き
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11 叶わぬ再会

「ありがとう――」


 そんな感謝の言葉が、コーウェンの小さな心をしっかりと震わせた。

 教室内の雑音、泣いているアーヤを不思議そうに捉える子供の視線、廊下から聞こえる教師と保護者の他愛もない世間話、それら全てが意識の外へと追いやられる。

 それはまるで、時間が止まったかのよう。世界に二人しか存在しないかのよう。


「俺も、ありがとう」

「……うん」

「はは、それにしても葵……ちゃんか――」


 宮部葵という名前が、あの日のことを思い出させる。

 コーウェンは額をアーヤの頭に置いた。


「あの日、ホテルに行こうとしたんだ。でも行けなかった」

「私はちょっと早く着いてたんだ。隼人さんを待ってた」

「そっか……。でも、それってホテルで殺されたってことか?」


 コーウェンの言葉に、アーヤは不思議そうに首をかしげた。


「殺された……って、どういうこと?」


 え、と驚きの表情を浮かべ、コーウェンは瞬時に己の勘違いに気付いた。


「あ、ごめん、俺は生まれ変わる直前に、誰かに背中を刺されたんだ。それで……たぶん死んだんだと思う。だからアーヤも同じなのかと、そう勝手に思ってた」

「そう、なんだ……。私は席についてしばらくしたら、突然だった。だから殺されるとかはなかったよ」


 アーヤのその表情からは、死んだと言うコーウェンに対する罪悪感や同情、悲哀感が存在したように思えた。そんなアーヤを見ていて少し気まずくなったと判断したコーウェンは、話題を変えることにした。

 その時には既に周りの時間が動き出していることに気付き、外へと目をやると、家を出た時から変わらない天気が教室の中までしっかりと光を運び込んできている。


「なあ、アーヤ。昔さ、途中で授業を抜け出したりしたことってあるか?」


 そんな、突然思いついたかのようなコーウェンの言葉に、アーヤは怪訝な顔を向けてくる。


「いや、ないけど……。どうして?」

「学校を抜けよう。んで、一緒にネイルに会いに行こう」








 ネイルの家――領主邸へと辿り着いた二人は、門番の横を顔パスで素通りすると、玄関から堂々と中へ入った。

 頑丈そうな扉にはしっかりと油がさしてあり見た目ほどは重くなく、老齢な執事の方でも軽々と開けることができた。二人はそのまま執事にネイルの自室へと連れられる。

 やがて辿り着いたのは、この豪邸の二階最奥に位置する煌びやかであり、それでいてどこか落ち着いた雰囲気も感じられる豪華な部屋だ。


「いらっしゃい二人共。今日は早いんだね」


 二人を出迎えたネイルは、嬉しそうにベッドの脇へと座り込んだ。

 今日は早いというネイルの疑問に悪びれず肯定の意を示すコーウェンと、それを呆れたような目で見つめるアーヤは、ネイルが促すままに隣の椅子に腰かけた。


 三人はそれぞれ伸びをしたり、二人が部屋へ入った直後にメイドが無言で置いて行ったお茶を楽しんだりと一服をついていた。そして、最初に口を開いたのはアーヤだった。


「それにしても……こんな風に領主邸に遊びに来られるなんて普通じゃないよね」


 そんなアーヤの言葉にはコーウェンも同意だった。

 少なくとも、学校帰り――抜けてきた――に気分で領主邸へと遊びに行く六歳児など前代未聞だろう。


「そんなことないよ? 二人は友達だからいつでも来てよ」

「うーん、そうなんだけど。ネイルちゃんが良くても、シルバさんとかは大丈夫なのかな」


 そう言うアーヤの頭に浮かぶのは、最近話題になっているコーウェンとアーヤの恋愛話だ。最初はコーウェンの走りを見た人がきっかけで広まった『風の子』という称号? だった。そして噂が噂を呼び、コーウェンと言う名前を知る人が増えてきたところに、『風の子がレイジェルド候のご令嬢を悪漢から救い出した』という前代未聞のお伽噺のような事件。

 その悪漢が冒険者だったということから組合を巻き込んでの騒動になったのが、より一層噂の拡散を助けてしまったという現状があり、こぞって吟遊詩人たちが歌にし始めた。

 そんな中、コーウェンがネイルと度々会っていると余計に騒ぎは大きくなるばかりだろう。

 子供であり、前世でも普通の高校生だったアーヤには事情などわかるはずもないのだが、それでもこの騒ぎが貴族たちの仕事に何らかの影響を与えていることは想像できた。


 そんな心配を鋭く見抜いたのか、ネイルは微笑みながら口を開いた。


「もしかして、あの噺のことかな?」


 どこか嬉しそうなネイルに、アーヤは頷く。


「それだったら心配いらないよ。むしろ役立ってるというか武器になってるというか……それに、そうじゃなくてもお父さんは二人と会うことは賛成してくれるよ。だってウェン君とアーヤちゃんは初めての友達だし」

「うん……うん、そうだよね。私たちって友達だからね」


 友達だから遊ぶ。アーヤにとっては、葵にとっては常識だった。


「それに、夢だったから……。こんな恋――」


 前世から少しずつ変わり始めている自分に気付いたアーヤが、自分を見失うことに対しての恐怖を感じていた時、ネイルが本人を前にした爆弾発言でそんな雰囲気を弾け飛ばす。

 隣を見れば、コーウェンがお茶の入ったカップを口につけたまま固まっていた。


「こ、恋? ネイルちゃんってお兄ちゃ……ウェンのことが好きなの!?」

「うん、好きだよ。大好きだよ。……これ貰った時にね――」


 ネイルは言いながら、首元から服の中へと入り込んでいたネックレスを取り出した。

 そのネックレスは、おそらく四角錐に近い形でカットしてあるのだろう翡翠色の石を金具にはめ込んだ、日本ではそこそこ値段がしそうな代物だ。


「――凄く頼もしくて、凄くかっこよかったんだ。子供の癖に」


 そう言うネイルは、やっと動き出したコーウェンに対しからかうかのような微笑みを向ける。

 おそらく、好きな相手とは言え歳の差があるものだから、ネイルはコーウェンに対してあまり恥ずかしがらずに大胆なセリフを言い放てるのだろう。もしかしたらアーヤが知らないだけでこの世界の恋愛はこれくらい大胆なのが普通なのかもしれないが、そうじゃないとしたら、ネイルはコーウェンに対して相当なアドバンテージを感じていることになる。


 中身ではネイルよりも年上のアーヤからすれば、歳の離れた妹が好きな人に必死にアプローチしているかのような、非常に微笑ましい光景だ。――光景なのだが、何故かアーヤはそれに焦りを感じていた。このままにしておいてはいけないような感じがした。


「ネイルちゃん? でもね、ウェンはやめておいた方が良いよ? この前なんか、私を部屋に連れ込んで『裸が見たい』なんて言い出したんだから」


 少しだけ誇張を含んだ、ほとんど事実の暴露にコーウェンは咳き込む。おそらくお茶でも飲んでいてむせたのだろうが、そんなことはどこか遠くで起きている些末事だ。微塵も気にならない。

 だが、それ以上の爆弾発言がコーウェンを襲う。


「――羨ましいな!」

「――!?」


 コーウェンが先ほどとは違う姿勢で再び停止した。


「……冗談だよ? でも、ウェン君がそんなこと言うわけないじゃん。あ、アーヤちゃんもウェン君のことが好きなのかな? 嫉妬?」


 冗談――その言葉にアーヤは心の底からホッとする。コーウェンはそれを合図に始動。


「私は違うよ? 確かに好きだけど、友達としてだから」

「うん、わかるよアーヤちゃん。それは恋心に気付いていないだけ。アーヤちゃんはウェン君が好きなんだよ」

「……でも、本当に違うよ。だって――」


 私には他に好きな人が――そう言おうとして、アーヤは思いとどまった。

 葵には決して忘れられない、志望高校が左右される程に好きになった人物がいた。ずっと会いたかった。でも、アーヤは彼に会えない。葵ならば会えたかもしれないが、自分にはもう(・・)無理なんだ。

 この世界には、彼に関係する欠片すらないのだから。

 そう――理解してしまった。


「え、あ、ごめんね? 少しからかっただけだから。本当にごめん……」


 一瞬、ネイルがなぜ謝っているのか理解できなかった。だが、隣のコーウェンへと視線を移すと、なぜかそれに気付けた。

 アーヤは――自分が泣いていることに気付いた。


「ううん、わかってるよネイルちゃん。これは、その、ちょっと違う涙だから……」


 そう言う声が震えていることが、自分でもわかった。

 そんなアーヤの涙を、コーウェンが服の袖で拭う。「ありがとう」と返したアーヤは、二人へと笑顔を向けた。


「そうだね。私もウェンのこと好きなのかも。うん、そうだったら幸せだね!」


 爆弾発言――そんなつもりで言ったアーヤだったが、その言葉の端々からは苦し紛れな雰囲気が漂っていた。

 コーウェンとネイルにもそれが痛いほど伝わってきたのだろう。だからアーヤは――


「アーヤ、いいんだよ。泣いても」


 ――優しくしてくれる兄の胸の中で、ただ、苦しみを吐き出すしかなかった。



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