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プロミネンス・ストーリー  作者: 秋保 あかさ
1章 死神の導き
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09 少女の願い

 少女は長く丁寧に手入れされている自慢の黒髪を気遣いながら、ダブルサイズの大きなベッドへと身を沈め、天井に吊るされた絢爛豪華な飾り付けを眺めていた。

 無駄に光り輝く装飾を施されたそれは何かの役目を与えられたわけでもない、お金持ちとしての形でしかなかった。

 ――まるで自分のようである。

 少女はそんなことを思うと同時に、静かに目を閉じた。

 外では雨が降っているのだろう。まばらに落ち行くはずの雫が、何故か規則正しい音色を奏でている。

 雑音だとは思わない。外でのことで嫌いなことはないからだ。

 別に今の生活に不満があるわけではないし、家族のことも心の底から大好きだと宣言できる。

 だが、憧れはあった。

 生まれ持っての貴族であった少女は、平民階級の者たちの生活に憧れを持っていた。

 普通に学校へと通い、友達と遊び、身の振舞など気にせず、ただただ自由に生きたかった。

 だが、今の生活はどうだろうか。

 朝になったら使用人の一人に起こされ、家庭教師に学を詰め込まれ、別の家庭教師に魔法を教わる。

 不満ではないのだが、充実しているとは感じられない。

 家から出ないのだから友達はできなくて当然で、友達ができないのだから一人で時間を潰し、そして少女の憧れ――吟遊詩人が歌うような恋をすることもない。

 少女はもう十二歳だ。

 早い家ならばもうどこかへ嫁がされる人物だっているであろう歳になり、焦りを感じていた。

 ――家を出たい。

 幸い少女には魔法の才能があった。七歳の時に初めて発動を成功させた時はそれなりに噂になったものだ。なんでも、子供は思い描いたイメージを完成させる――具現化がどうしても上手くできないと聞く。それを特に苦に感じなかったのだから、かなりの才能と言えるだろう。

 そして、この力さえあれば冒険者としてやっていける自信もあった。 

 家族とは別れたくないが、“やりたいことをやる”という夢の為にはそれくらいの代償は必要だ。

 少女は願う。

 いつかは冒険者になって、有名な魔法使いになって、両親へと恩返しをして、それから――




 ◆◇




「何……しているの?」


 コーウェンは魔力を練りながら、誰ともなく尋ねた。

 防衛対象を少女よりに、それでも両勢力への警戒は忘れない。

 唖然とこちらを眺めていた五人の中で、最初にコーウェンの登場を受け入れられたのは少女だった。

 少女は目に涙を浮かべながら叫ぶ。


「襲われてるの!」


 掠れ、裏返った声でそう叫ぶ少女の掌からは少量の魔力が確認でき、先ほどの「お前がこいつを殺したんだ!」という男の声を思い出させた。

 四人の男の後方――それは確認できた。

 先ほどは気付けなかった五人目の男がドロドロに掻き混ぜられた泥濘の上で苦しそうに喘ぎ、腹を押さえている。もしやこいつが『殺された』というセリフの対象だろうか。


「この五人以外に誰かいた?」


 優しく、できるだけ刺激しないように問いかけると、少女は力なく首を横に振った。嘘をついていないとすれば、少女は自分の身を護るために魔法を放ち、それで怪我をした男の仲間が適当なことを喚いていたのだろう。


「そっか。――で、どうしてほしい?」


 途中参加の修羅場、そんな初めて経験する状況で口を出たのは、自分の行動を他者に決めさせる何とも情けないものだった。

 意地の悪い質問。コーウェンは自分で言っておいてそう思う。

 十中八九この男たちを相手にすることになるだろうと思いつつ少女へと視線で発言を促すが、少女は言葉を忘れたかのように口をパクパクさせている。そして、そこでようやくコーウェンの存在に気付いたかのように男たちが一斉に騒ぎ出した。

「急に出てくんなガキ!」、「お前は殺してやるからな!」という品の悪い怒声に対し、コーウェンは一本の指を立てた。

 ――黙れ

 口には出さずとも、そこにいる全員が意味を理解した。

 幼い子供が一人で場を掌握している現状に対しての違和感、そして何よりもその身に纏う言い知れない威厳が、興奮していた男たちを一人残らず従わせる。

 それを見て少し落ち着いたのか、少女は先ほどの質問に答える――


「逃げて!」


 ――が、それは想像していたものとは百八十度違うセリフだった。

 コーウェンは大きく目を見開き、少女の顔を再度伺う。

 いくらコーウェンが子供とは言え、この場で一番強者の風格を漂わせているのは誰なのか一目瞭然だ。にもかかわらず、少女の口から飛び出したセリフは『年下の子供の身を案ずる』ものだったのだ。それも綺麗な顔を涙で歪ませながら。

 コーウェンは顔を伏せ、微笑む。


「承った。――君を護る」




 ◆◇




 雨は変わらず七人の身体を濡らす。

 その内の五人は地面にひれ伏しており、残った二人がそれを見下ろしている。

 コーウェンは雨のシャワーで泥汚れを落とすかのように髪を混ぜ込み、軽く撫でた。

 一連の動作の最後に、コーウェンは頭上を見上げながら「大丈夫だ」と呟いた。自分に言い聞かせるような、小さな声で。

 目に雨が入ったのをきっかけに、コーウェンは視線を少女へと移す。


「怪我はない?」


 少女は目を見開きながら、何かを思い出したかのように頷いた。


「そっか。それは良かった」


 その言葉に、少女は既にずぶ濡れになっている袖で、最早涙なのか雨なのかわからなくなっている下瞼の水滴を拭き取る。


「あの、た、助けていただいて、ありがとうございました」


 丁寧に礼を言うが、その声はどこか震えていて、恐怖を感じているのがわかった。それも先ほどまで四人の男たちに与えられていた恐怖が抜け切らないという類のものではなく、コーウェンに対して新たに抱き始めたものだと、そう理解できた。

 無理もない。

 戦闘は一瞬で片がついた。

 コーウェンが無詠唱の土魔法で作った塊を射出した、ただそれだけだ。反応できないほどの速度で正確に鳩尾を撃たれた四人は、例外なく一斉に意識を失った。

 それは最早、少女の常識では計り知れる力量ではなかったのだろう。

 コーウェンがここへやってきた時には、既に五人の内の一人が倒れていた。武器も見当たらず、あったとしても少女の腕力では接近戦で倒せるような相手ではない。そしてなによりも、その時の少女の手には魔力の残照が確認できた。

 間違いなく少女には魔法の心得があると言える。

 だからこそ、コーウェンの魔法に恐怖を感じずにはいられないのだろう。


 コーウェンは礼を言った少女へと「気にしないで」と返し、続ける。


「僕の名前はコーウェン・ディスタート。さっきはごめん、ちょっと怖がらせたかな……」

「い、いえ。そんなことは。……私はネイル・レイジェルドと言います」

「ネイルさん。……うん、覚えた。それにしても無事で良かった。もうすぐ迎えがくると思うから、家へ帰ろう」

「……ありがとうございます。ディスタート様――」


 ディスタート様――そんな初めての呼び方に少し照れていると、コーウェンほどではないがかなりの速度で接近する音を捉えた。

 少女――ネイルは少し怖いのか、コーウェンへと一歩身を近づけた。

 それに対しコーウェンは、音の正体に見当がついているものだから何も警戒はしない。ネイルが自分に対して、ある程度心を開き気を許した者ではないと見せないような動きをしたことに、少し安心したくらいだ。


 ――やがて音の正体が姿を現した。


「ウェン! 平気か!?」


 それは、戦闘終了直後に上空へと放った魔法を頼りにここへとやってきたのであろう、コールだった。

 そんなコールはコーウェンの姿を確認するなり、倒れている五人の男へと視線を移し、瞬時に状況を察したかのように溜め息をついた。


「お前な……、あんまり無茶はするな。まあ、だが、よくやった」


 頭をグリグリと乱暴に撫でてくる。押し付けられたせいで前髪が視界へと入り、それによって初めてグレーの髪が黒にしか見えないほどに汚れているのが確認できた。


「そっちの女の子――女性が襲われたんだな」

「は、はい。初めまして。ネイル・レイジェルドと言います」

「……ん? レイジェルド……そう、でしたか」


 コールはネイルの名前を聞いた瞬間、驚いた顔をした。

 不思議に思い、問いただしたコーウェンが聞いたのは予想の斜め上を行く回答だった。


「な、え、領主……?」


 レイジェルド家はリグルドを治める領主であり、貴族中の貴族――そんなことを聞かされては、さすがのコーウェンでも動揺を隠せずにはいられなかった。

 それと同時に新たな疑問が生まれる。――どうしてそんな人物がこんなところに?


「……まあ、詳しいことはすぐにわかる。一先ずは帰って休もう」


 コーウェンの疑問を察したのであろうコールは、二人の手を引いて歩き出す。その時のアイコンタクトを見逃さなかったコーウェンは、去り際に土魔法で五人を拘束していった。




 ◆◇




 ネイルが襲われた事件から十日が経ち、コーウェンとアーヤがレイジェルド家――領主邸へと招待された。

 コーウェンは今回の事件の最大功労者として、アーヤは迅速な判断でコールと衛兵への報告を済ませたとして、現領主――シルバ・レイジェルドが直々に礼を伝えたいとのことだった。

 子供二人に対してのものだから厳粛としたものではなく、一つの部屋へと招かれ少し会話をしただけだ。


 まずは事件の調査で礼を言う機会が先延ばしになって申し訳ない、といったものと、コーウェンが希望したために、その調査の詳しい現状について会話を交わした。

 子供に対してだからと、あまり詳しいことを教えてもらえるなんてことは期待してなかったコーウェンだが、予想外なことにシルバは全てを語ってくれた。その姿勢は、娘を救った二人に対する誠意がしっかりと感じられるものだった。


 ネイルを襲った五人は偶然通りがかった新米冒険者で、金に困っていた彼らはネイルを奴隷として売り払おうと襲ったとのことだ。これには“ある組織”の存在が関係している可能性もあると見て調べを続けているらしい。


 そして、一番謎の、どうしてネイルがあんなところに一人でいたのかということだが、ネイル本人から聞いた話をそのまま伝えてくれた。なんでも、部屋でいつの間にか眠っていて、扉をノックする音がしたことにより目覚めたネイルはそのまま扉を開けた。するとそこには見知らぬ男性が立っており、ネイルの手を優しくとったかと思うと、そのまま抱えて窓から飛び出し、あの森へと放置していった、とのことだ。

 その証言が本当なのかは別として、その男性の目的、ネイルの部屋までの侵入手段が全くの謎だという。

 門番を務めていた衛兵たちにもそんな人物の目撃証言はなく、一人も無力化された人物がいなかったのだ。

 すると残された侵入経路として考えられるのは、領主邸を囲う四メートルの塀を巡回の隙を狙って越えるといったものだが、地面にも塀にも梯子らしきものをかけた跡は発見できなかったそうだ。

 ぬかるんだ地面へと体重をかけるなど、一夜の悪天候ごときでは消えないほどの跡がつくはずだから、その手段も考えられない。よって――謎。


 場所は、レイジェルド邸のネイルの自室。


「…………謎、だね」


 コーウェンはシルバから聞かされた話を思い返し、そう呟いた。


「どうしたのウェン君?」


 それを隣で聞いていたネイルが、不思議そうにコーウェンの顔を覗き込む。


 コーウェンと、偶にだがアーヤは、学校へと通う時間以外、十日間のほぼ全てをネイルと過ごしていた。ネイルの希望でもあり、二人からしてもまだネイルを狙う輩がいるかもしれないと納得したものだ。

 それもあり、三人は仲良くなっていた。

 ネイルの父親であるシルバは純血のエルフで耳が若干尖っており、必然ネイルにもエルフの血は通っている。母親が人間なのでハーフエルフと呼ばれる存在なのだが、コーウェンにとっては初めてできた別種族の知り合いなので、興味深いこともありとても喜んでいる。


「ううん、なんでもないよ」

「そっか、『ウェン君』って呼ばれるの、やっぱり嫌なのかと思った……」

「はは、皆そう呼んでるし――あ、そうだ」


 コーウェンはここへ来る途中に、装飾店(アクセサリーショップ)で買った物を取り出す。それは小さな箱へと入れられており、開けられた蓋を覗き込めば、翡翠色をしたネックレスが入れられていた。

『あ、そうだ』なんて今思い出したかのようなことを言っておきながら、実は渡すタイミングを見計らっていたのはご愛嬌だ。


「綺麗……。――これ、くれるの?」

「うん、あげる。お守りだよ。そうだな……」


 コーウェンは「何かあったらこれを壊してよ。そうしたら居場所がわかるように、そんな魔法がかけてあるから」などと言いながら、ネイルの首へと手を回してつけてあげた。


「その時が来たら、絶対に助けに行くから」


 ネイルの目を見据え、できるだけ頼りがいがあるように努めながら言った。

 ネイルは頬を染めながら顔を伏せ、頷いた。


「絶対だよ……? その時は、もう一度助けに来てね?」

「うん、約束する」


 それを聞いたネイルの頬を、一筋の雫が流れ落ちるのをコーウェンは見逃さなかった。

 この十日間、ネイルは気丈に振る舞い、助けられた相手とは言え、年下のコーウェン相手に恥ずかしい姿を見せまいと努力しているのを知っていた。

 だが、それでもやっぱり苦しかったのだろう。怖かったのだろう。


「だから、もう大丈夫だよ」








 少女は、夢だった冒険者の濁った一面を見た。

 少女は、大好きだった外で、初めて嫌な思いをした。

 だが、今までで一番嬉しいことが起こった。友達ができたのだ。

 少女は決めた。

 いつかは冒険者になって、有名な魔法使いになって、両親へと恩返しをして、それから――


 ――世界中の誰よりも、友達を思いやれる人間になろう、と。

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