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 “おわりに”

 滲み出した汗が鼻頭を伝い、やがてアスファルトに小さなシミを作った。

 男は、そんなことは気にならないとばかりに歩を進める。

 時刻は十五時五十五分。西の空には、あの世界と何も変わらない夕日が己の存在を主張するかのように、この世界をオレンジ色に染め上げている。

 あの日の空もこんな色をしていたのだろうか。

 必死に思い出そうとするが、なにぶん、『あの日』とは昨日や一昨日の話ではない。頭に浮かんでくるのは背中に受けた衝撃と、視界を支配した赤い背景、心地よい浮遊感だけだ。だがそれでいい。たとえ、自分が覚えていなくとも、この世界はもう動き出しているのだから。

 男は満足そうな笑みを浮かべながら先を行く。

 やがて男が歩を止めたのは、何の変哲もない閑静な十字路だ。ブロック塀により形成された細道の傍らには、今となっては意味を理解できなくなってしまったアルファベットによる、中々にどうして大きな看板がある。


(ここでいいか……)


 さすがに鬱陶しくなってきたのか、男は額の汗を袖口で拭いながら、身を隠すようにその看板の陰へともたれ込んだ。

 時刻は十六時。男は、ある人物がこの十字路を通るのを待ち構えている。


(もうそろそろだろう)


 男には、その人物の行動が手に取るように理解できる。おそらく以前よりも早めに目的地に辿り着こうとしているだろう。

 そんなことを考えながらコンクリート壁へと背を預けた時、人通りの滅多にないこの十字路に、一人分の足音が鳴り響いた。

 男の待ち構えていた人物がやってきたのだ。

 男はゆっくりと目を閉じ、軽く息を吐いた。

 幸せな人生を送れ。そして、幸せな人生を提供しろ。


「俺は、ここで……」


 十字路の中央で停まった足跡の主が、何かを確かめるように小さく呟いた。

 その声を聞き、男が閉じていた目を開いた。その瞳には薄っすらと光る物が見て取れる。

 しばしの沈黙。

 そして、唐突に響いた。


「ありがとう、コーウェン」


 滲み出した汗に混じるかのように、涙が零れた。

 それと同時に、男は笑っていた。

 とても満足そうに。

 お読みいただきありがとうございます。

 感想など頂ければ嬉しいです。

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