雪降る聖夜(2)
「お兄ちゃんたちは一緒に寝ないですか?」
「ぼ、僕たちは男だから……」
寝間着姿のリコちゃんがハナちゃんの部屋の扉からこちらを上目づかいで見つめてくる。クリスマスとかいうイベントに乗っかって、リコちゃんにプレゼントを贈ろうってことになったんだけど。それがまたタイミングの悪い事に、色々な案を考えている最中にリコちゃんが仕事から戻ってきたんだ。
そうこうした挙句、リコちゃんは女の子たちみんなと寝ることになったので、サンタクロース役は僕たち男がやることになった。
現在、ハナちゃんの部屋の前。
ハナちゃんの部屋は他と比べて大きめなので、女の子たちは今日ここで寝る。普段はみんな、各自の部屋で眠りについてるんだけど、今日はリコちゃんがいるから特別。
僕たちは部屋の外にいて、女の子たちはすでに部屋の中に入っている。
彼女たちの様子をうかがうと、少し浮足立っているようだ。ちょっとした修学旅行気分なのかもしれない。
「じゃあコーさまたち、おやすみなさい」
「おやすみです!」
「う、うん。おやすみ……」
バタンと、部屋の扉がしまる。
女の子たちと挨拶を交わしたあと、僕たちはシオンの部屋に集まった。
作戦会議である。
「……うっし。んじゃ、作戦内容を確認するぞ?」
「「お願いシャスっ!!」」
どこかしらのヤクザのように、頭を下げる僕とシオン。
リュウはそれを横目でウザそうに流しながら、説明を始めた。
「……いいか。目的はシンプルだ」
「女の子たちの部屋に侵入し」
「くつしたを盗めばいいんだな」
「……外の雪に埋もれて凍えてしまえ!」
いけないいけない。
ついサタンクロースのイメージを引きずってしまった。
「冗談冗談。リコちゃんの枕元にプレゼントを置けばいいんでしょ?」
「そんなの楽勝だよなー」
僕とシオンは顔を見合わせながら頷きあった。
寝ているリコちゃんに気づかれないまま侵入するなんてお茶の子さいさいだ。僕とシオンは忍者だし、リュウだって囚人だからね。
しかしリュウは、やれやれといわんばかりに額に手をあてた。
「……お前ら、一つ大変なことを見落としてるぞ?」
「え?」
「なに?」
ついついマヌケな声をもらしてしまう僕とシオン。
いったい何のことだろう?
リュウはその長い前髪をいじりながら、言いにくそうにボソっとつぶやいた。
「……プレゼント」
「「……ほっ?」」
いまいちピンとこない解答に、僕たちはまたもや情けない声をこぼしてしまう。
「どういうことさ、リュウ。プレゼントがいったい何――」
「――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!」
「なにシオン!? 突然なんで叫んでんの……!?」
急にシオンが騒ぎ出すもんだから、ビックリして僕まで大きな声を出してしまった。
「……バカっ! 女子が起きちまうだろうがッ!」
「いやだって、これは大問題だぜ……ッ!?」
「……そ、それはそうなんだけどよ」
「え? え……?」
いまだ理解していない僕をおいて、真剣な面持ちで考え込む二人。
ほんとにどうしたんだ……?
わけの分からないまま二人を見つめていると、僕の様子を察したシオンが耳打ちしてきた。
「いいか。オレたちはリコちゃんにプレゼントを贈るわけだ」
「う、うん。だからそれがどうしたのさ? 僕たちは忍者だよ? 気づかれることなんて早々ないでしょ」
「問題はそこじゃないんだって」
「……え?」
こっそり侵入できるかどうかが問題じゃないの……?
それじゃあ、いったいなにが……。
「改めて聞くけど、オレたちは何をするんだ?」
「そりゃプレゼントを枕元に」
…………あっ!!
「プレゼントなんて用意してないじゃんかぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」
「……バカっ! だから女子が起きちまうっての……!」
「むぐぅぅっ!?」
とんでもない事実に気づいて荒ぶってしまう僕の口元を、リュウが必死に押さえつける。むふぅぅーっと鼻で深く呼吸し、なんとか平静を取り戻すことが出来た。
だけど、落ち着いてる場合なんかじゃない。
「プレゼントがないなんて、致命傷にもほどがあるよ!」
「ベイブレードを回すためのヒモがないくらい致命傷だな」
「そんなボケにツッコんでる暇はないッ!」
こんなときにまでボケるんじゃあないよ!
どうしよう、どうしよう……!
「……仕方ない」
ハアっとため息をついたリュウは、僕たちに向かってこう言い放った。
「……作るか、プレゼント」
「「…………」」
これまた一瞬、なにを言われたのか分からなかった。
しばらく考え込んで、僕も心を決める。
「もうそうするしかないよね……」
「だな……」
僕の意見にシオンも同意のようだ。ともすれば、さっそく何を作るか考えなきゃいけない。タイムリミットはリコちゃんが起床するまでだ。
「……さて。それじゃあ何にするか決めよう」
「リコちゃんにプレゼントするものかぁ……」
「はいはい! それじゃあ髪飾りはどうよ?」
シオンが勢いよく手を挙げて、意見を述べる。
髪飾りかぁー。確かに女の子へのプレゼントといえば髪飾りかもしれない。ちょっとしたアクセサリーでグッと魅力アップできるからね。
「……いいアイデアじゃないか? 俺は賛成だぜ」
「だろだろ? 髪飾りくらいオレたちの忍術を工夫して使えばなんとか作れそうだし!」
……そうなんだよね。
プレゼントを考えるとはいっても、僕たちが作れるものじゃないとダメなんだ。
……うーん、でもなぁ。
「ウシオは難しい顔をしてるな」
「……何か引っかかるのか?」
「なんていうか、リコちゃんって二つくくりしてるでしょ? その結んでるゴムひもが特別そうなやつじゃない?」
「……なるほどな」
リコちゃんはいつも二つくくりしてるんだけど、そのゴムをとても大切にしているようなんだ。イナズマの形をした飾りがついてて、綺麗に輝いているのが印象的。
「過去に誰からもらったやつかもしれないでしょ? だったら髪飾りはイマイチかなって」
「……一理あるな」
「難しいぜ、まったく」
シオンの言葉に、みんなうんうんと首肯する。
「女の子が何をもらって嬉しいかなんてさっぱりだよね」
「いや、そうでもないぞ? ハナへのプレゼントなら一秒もあれば思いつく」
「……お?」
余裕のある台詞に、リュウが反応を示した。
うっすらと笑みを浮かべながら、
「……何をプレゼントするんだ?」
「包帯を全身に巻いた全裸のオ――」
「……いわんとしたことは分かったからとりあえず全裸で外出て死んでこい」
リュウは飛んできたボケに素早く対応し、鋭いツッコミを返した。
ヤツめ、ツッコミの能力が上がったようだね。やるじゃあないか。
ボケまくるおバカはさておいて、僕たちは話を続けた。
「それじゃあさ、リュックとかはどう?」
「……ほう。ありじゃねえか」
僕の提案にリュウも乗り気のようだ。
「どうしてリュックなんだ?」
いつの間にか全裸待機しているシオンが首をかしげた。
「ほらリコちゃん言ってたじゃん。野宿するときに使うテントとかは”秘密道具”で作ってたって」
「そっか。能力じゃなくて、いつも持ち運んでたんだっけ」
「そう! どうやって持ってたのかは知らないけど、リュックとかあったほうが便利だと思わない?」
「いいな、それ!」
僕の説明を聞いて、シオンは納得してくれたようだ。
これで、満場一致だね。
「んじゃ、さっそく作ろうぜ!」
「だね。どうやって作る?」
「……俺とウシオでリュックのもとを作るから、シオンは影の能力を応用して仕上げてくれ」
「了解!」「任せろ!]
たったこれだけの打ち合わせで、リュックづくりはとんとん拍子に進んでいった。まず初めに僕とリュウが能力を使って、皮に似たような材料でカバンのもとを作った。
次にシオンの影の力で、表面の手触りやデザインを補修していき、あっという間に完成だ。
「ふう、疲れた……」
「でも、意外と簡単にできたよな」
「……あぁ。しかも、完成度が高い」
僕たち一同はぺたっと地面に座り込みながら、完成したリュックを眺めた。
綺麗な赤い色をしたリュックは、コンパクトで使いやすそうだ。つやつやした手触りの良い表面に、ダメージを受けにくい加工が施してある。
僕はこれを、お米だったころにも見たことがあった。小学校に通っている女の子たちみんながそろって身に付けていたものだ。きっと大人気だったんだろう。無意識のうちに、それをイメージしていたのかもしれない。
達成感に浸っていた僕たちだったが、リュウがパチンッと手のひらを叩いて立ち上がった。
「……うっし。そろそろサンタクロースになるとするか」
「そうだね。女の子たちも眠ったころだろうし」
リュウに続いて、僕も重い腰を上げた。
「ついに、ついに……この時がキタか!!」
「シ、シオン……?」
不穏すぎるオーラを纏うシオンを見て、僕は寒気を覚えた。
こ、こいつ……まさか……ッ!
「ハナの寝顔を拝む日がついに来てしまったぜ!!」
「やはりか貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ようやく合点がいったぞ!
シオンが突然サンタクロースの話を持ち出したのかを……っ!
リコちゃんに何かプレゼントをしたいって気持ちもあるのかもしれないけど、本来の目的はハナちゃんの寝顔を見ることだったんだ!
リコちゃんがお泊りすることと、雪が降っていることを利用したこの作戦……ッ。こいつ……策士か…………ッ!!
汗ばむ手を握りしめながらシオンを睨みつけていると、それに気づいたようでシオンはちっちと舌を鳴らした。
「勘違いするな、ウシオ。別にハナに変なことをしようというワケじゃないさ」
「じゃ、じゃあ本当に寝顔を見るのが目的だとでもいうの?」
「まぁな」
……ふう。
どうやらこいつもそこまで無粋なことをするやつじゃないようだね。
一応言っておくけど、僕が心配してるのはクリスマスのイベントが台無しになっちゃうかもしれないってことで、決してハナちゃんに変なことをされるのが許せないとかそういうんじゃないから!
しかし、安堵の息をついたのも束の間のことだった。
シオンがぽつりと、
「そういえば、今日はクリスマスなわけだから、靴下くらい盗んでも許されるのか――――いけるかもしれない」
「ここにサタンクロースがいるぞォォォォォォォォッ!!」
やはりこいつは真性の変態だッ!!
今すぐ拘束して、厳重に見張らなければ……ッ!!
ガシャン
「「ん?」」
なんか、妙な金属音がしたような……。
「……さすがに妙なことをされちゃ困るからな」
「リュウ……?」
「……シオン。お前には手錠をつけさせてもらったぜ」
「なんだとォォォォォォォォォォォォッ!?」
「リュウ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
カッコいい! カッコいいぞ、リュウ様ッ!!
手錠で変態の動きを奪ったリュウのことを、僕は初めてありがたいと感謝した。
よし、これで準備はバッチリだ!
「寝ている女の子の部屋に侵入するぞーッ!!」
「リュウ。こいつのほうが危険なんじゃないか……?」
「……かもな」




