ひまわりの光(2)
「な、なにごとですの……っ!?」
激しい衝撃で目を覚ましたわたくしは、まわりが真っ暗で何も見えませんでした。これは……木に覆われている……?
わたくしの疑問はすぐに解消されました。つぼみが開いて花が咲くように、わたくしを覆っていた木が開いたのです。
「……これは……自動防御形態……」
わたくしの能力は、まわりの植物を操ること。意識がなくとも、まわりの植物はわたくしを守ってくれますわ。
しかし……。
「いったい、どうして……?」
わたくしが建てた宿舎はボロボロに壊れていて、砂煙をあげています。何者かが暴れたに違いありませんわ。それも圧倒的な力で。
「なにが……」
その時でした。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「っ!?」
悲鳴とも、はたまた怒りの咆哮ともとれるような声が聞こえてきたのです。
すぐに糸がつながりましたわ。
「シオン……ですわね」
さっきまで一緒にいた宿舎の残骸に、シオンの影は見当たらない。きっと、あの叫び声はシオンのものですわ。
――なんて、さびしそうな声ですの。
「……しかたありませんわね」
わたくしは立ち上がり、声のするほうへと駆けていきます。
彼は、そう遠くへ離れていませんでした。
しかし、目にした光景は想像だにしなかったのです。
「アアアア、イヤダヨォォォォォォッ!!」
「……な、なんてこと……」
まず、彼の銀髪は見事に黒く染めあがっていました。それもドス黒い、嫌な色です。そして、腰のあたりからは何本もの真っ黒な尻尾のようなものが生えています。墨で塗りつぶしたようなその尻尾は、絶対的な力で周りの木々を、大地を破壊していました。
わたくしの建物を壊したのも、きっとあれですわ。
生き物のようにヌルヌルと動くその尻尾のようなものに、わたくしは不気味さを覚えました。
――その時。
「……ダァ……レ?」
「……あっ」
人格を失った彼と、目が合ってしまったのです。
背中に、寒気が走りました。服の中にゴキブリを入れられたような、そんな感覚。
シオンと呼んでいいのか分からないその人物は、唇をニィっと歪ませ、
「ネェ、ワタシヒトリボッチナンダ……ダカラ……」
「……ッ!」
「アソボォ……?」
真っ黒な彼は、尻尾をバネにして爆発的に飛び込んできました。
ま、まずいですわ……っ!
わたくしは戦闘態勢になり、グッと構えます。
ガツン……ッ!!
「アハッ♪」
「ぐっ……!」
黒い尻尾で重い一撃を振りかざされましたが、わたくしは木を操ってなんとか防ぎました。
しかし。
ピキピキ……
「なっ!」
「モットアゲル」
ガガガガガガガッガガッガガガッ!!
他の尻尾も連続で襲いかかり、木の盾にひびが入ってしまいます。
「も、もたな――」
「ソォレ……♪」
「がはぁ……っ!?」
盾を破壊され、わたくしは空中へと吹き飛ばされました。ガンッと地面にうちつけられ、肺から空気がもれてしまいます。
口の中に、鉄臭い味が充満しました。
「アハハハハハハハハハッ!!」
当の彼は、ケタケタと気持ち悪い乾いた笑い声をあげています。
もう、本気を出して戦う他に道はありませんわ。
そうしなければ、どちらも助かりませんもの……。
「……」
わたくしの周りの雰囲気はガラリと変わり、息の詰まりそうな張りつめた空気が流れ始めます。
戦うのなんて、いつぶりでしょうか。
キッと、わたくしの敵を見据え直します。
彼は、座り込んでうつむいていました。
チャンスですわ。
「――木々の精霊たちよ、目覚めたまえ。そして我に服従せよ――」
ゴゴゴゴゴゴと地が唸り声をあげ、地面から何本もの太い木々の根っこが現れます。
わたくしは冷たい目で敵を見据え、そして――
「ゆきなさい」
非情な声で、命令を出しました。
彼を取り囲むようにしていた木々たちが、まるで女王に命令された騎士のように、攻撃を始めようとします。
――……ポツリと。
「サビシイよ……」
「……っ」
彼の口にした言葉が耳に入り、攻撃を中断しました。
空耳、もしくは聞き間違えでしょうか?
しかし、次の瞬間、はっきりと聞いてしまいました。
「みんなどこ……さみしいんだ……」
「……」
月を見上げる彼の瞳から、一筋の涙が流れるのを目にしました。
闇夜の中。月明りに反射する涙はとても、とても美しく、儚げに見えたのです。
……そうですか。
「我を守りたまえ」
攻撃態勢を取っていた木々たちに命令を出し、自分を守るように設定しました。そして、彼のもとへと一歩ずつ近づいていきます。
「アア……アアアアア……ウワアアアアアアアアアアアアアアッ……!!」
ガガガガガガガガガガッ!
再び狂いだした彼の闇が、わたくしを仕留めようと連打をかけます。しかし、すべての攻撃を木々が防ぎ、わたくしは悠然として歩み続けました。
「ア、ア……」
「…………」
あっという間に、座りこむ彼のもとへと達し、上から見下すような形で彼を見ます。
それから、彼の目線と同じになるよう腰を低くし、
「大丈夫ですわ、わたくしがそばにいますもの」
――シオンのことを、優しく包みました。
「……あっ」
それで、すべて伝わりました。
彼の背中から噴き出していた闇はスッと空気の中へと霧散し、髪色も銀へと戻っていきます。
「………すぅ、すぅ」
「あらっ」
緊張の糸が切れたらしく、シオンは気持ちよさそうに寝息をたて始めました。
「……やれやれ。あの方とそっくりですわね、まったく……ふふっ」
ちょっと懐かしい気持ちになって、胸の中で眠るシオンの頭をなでてやりました。
*
次の日、昨日のひどい頭痛はどこかへ消えたようで、いい気持ちで朝をむかえた。
ちょっと部屋の形が違う気がするけど、気のせいかな……? それになんだか、昨日よりも温かい……ような。
まあ、ささいなことだから勘違いかもね。
オレはぐっと固まった身体を伸ばして、深呼吸した。
あぁ、なんか気持ちいいなぁ。
朝の準備も整ったところで、オレはリビングのような部屋へとむかった。
ハナはすでに起きていたようで、椅子に座って髪をといている。
「おはよう、ハナ」
オレが挨拶をかわすと、
「あら、おはようですわ、シオン」
ちゃんと、返事が戻ってきた。
オレはなんだか嬉しくなって、踊ってみせた。何やってんだよって感じだね。その様子を見たハナは、少しだけだけど、笑ってくれた。
すべての準備を終えて、オレたちは宿舎の外に出る。昨晩見たときよりも、小さくなってるような……?
一方ハナは、まったく気にしていないようで、地面に手をあてる。すると、ゴゴゴゴという音を立てて、家を構成していた木々が分裂し、自然へと戻っていった。
圧巻でござる。
パンパンと砂を払った彼女は、オレのほうを向いて、
「さぁ、いきますわ」
「……おうっ!」
こうして、オレとハナの長い冒険が幕をあけた。
*
小さな村から大きな町まで巡って、こんな人を見かけませんでしたかと、コーさまと呼ばれるヤツの似顔絵を見せては調査を行う。
あるときは朗らかな丘を登り、あるときは一滴の水もない広大な砂漠を突き抜け、あるときは半端じゃないでかさの川を渡ったりした。
楽しいことも、つらいことも、無視されたことも、罵倒されたことも、数え切れないほどの出来事を体験したよ。
時は、光のごとく、気づかぬまに過ぎていく。
そうして。
あの日が訪れる。
*
オレたちはとある小さな町へとたどり着き、宿屋に泊まることとなった。温泉があるらしく、オレとハナはとても楽しみにしている。
宿屋の玄関に入ると、一人の美人な女将さんが現れた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
浴衣姿の女将さんは、オレとハナにお辞儀する。
まずい、浴衣でその体勢は……。
タラー。
――鼻血が、ハロー。
「……シオン? いったいどうして鼻血なんかだしているのですか……?」
「待って、ハナ! これは不可抗力で……ッ!」
「あらあらっ、不可抗力。ふふっ、そうですわね」
「そ、そうだよ! さすが、ハナはわか――」
「死になさい(ペチン)」
「へぶうッ!?」
ど、どうして……! オレは何もしていないというのに……っ! 女将さんが勝手にやったことだというのに……ッ!
うらめしげに女将さんを見やったのだが、この角度からだと。
「ぶはぁぁっ!?(ブシャアアアアアアアアアアアッッ!)」
オ、オレには刺激が強すぎた……。(ぴくぴくっ)
「ふふっ、かわいらしいですね」
「はぁ、やれやれですわ……」
上品にほほ笑む女将さんとは対照的に、ハナはオレを一瞥してため息をついたのだった。
女将さんに案内してもらい、オレたちが泊まる部屋へとやってきた。
のだが……。
「ねぇ、ハナ。どうしてオレはこんなところにいるの?」
「え?」
オレの質問にハナは、何言ってんのコイツ、みたいな顔をしてくる。
いや、それはこっちのセリフだと思うよ?
「オレの寝るところが押入れってどうなのさ! オレは未来から来た猫型ロボットかよ!」
我慢の限界になり、大声でツッコミをいれた。
するとハナは笑顔でこちらまでやってきて、
ピシャリッ!
「…………」
笑顔で、ふすまを閉められた。
……Oh……。
すべてに絶望したオレは仰向けになり、押入れの天井を眺め始めた。……あっ、天井の模様が人の顔に見える。天井の顔はにやにや笑ってこっちを見つめてくる。
「……けっ。お前とは仲良くできそうにねぇな」
数時間後。
「あはははー、たのしー」
気が狂ったように、オレは天井の顔をお話をしていた。
たのしー、うひー。ある種の悟りを開いたオレは、ここで一生を過ごせそうな気さえしていた。お前とはズットモだよー。
そう天井に語りかけたとき、ふすまの向こう側で変化が起こった。
「さて、温泉にでもいくとしましょう」
「……ッ!!」
ハナの声が聞こえ、スタスタと歩いていく音が耳に入ってのだ。お前とはお別れだ、クソヤロー。
ハナの気配が完全になくなるのを確かめた後、オレは押入れから飛び出し、部屋をあとにした。
ついに、ついにこの日が来たのだ!
オレは……オレは……!!
「ハナの入浴シーンを覗いてみせるッ!!」
心に熱い決心をかため、男湯へと足を運んだ。
脱衣所で服を脱ぎすて、風呂場の扉をくぐり抜ける。
温泉独特の、あの匂いが鼻孔をくすぐる。
ハナも今、あの壁を超えた向こう側にいるんだ。
しかも、生まれたままの、美しい姿で。
タラーッ。
いかんいかん、鼻血が。
ムズムズする鼻を抑え、とりあえず身体を洗った。汚れなんてついてないけど、一応洗っておかないと気持ちが悪い。
サッと終わらせて、露天風呂へとむかう。
なぜかって……?
呼ばれた気がしたからだよ……フッ。
露天風呂へと続く道の上をたどる。
外に出ると、さっぱりとした空気がオレの肺をいっぱいにした。
「……さてさて」
手でゴマをすり、天界と下界を隔てる壁に近寄る。壁に耳をあてると、可愛いらしい女の子たちの声が聞こえてきた。
どうやら、ハナ以外の人もいるらしい。しかも、みんな若い女の子だ。
「うわ~! イネすごーい!」
「や、くすぐったいっ!」
「おねえちゃん、すごいです!」
力が。
英知が。
勇気が。
オレの底から込み上げてきた。
「くっそっ! 覗き穴はどこにあるんだっ!!」
女の子たちの声が、オレに焦燥を与える。はやく、はやくしなければ……ッ!
しかし、そんな都合のいい覗きスポットが存在するはずもなかった。
「ナツミちゃんの肌すべすべっ!」
「そんなことないよ~」
「おねぇさん、すっごいきれいです!」
「「くうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!」」
桃源郷はすぐその先にあるはずなのに……ッ!!
怒りと哀しみのあまり、壁を叩きまくった。
ドンドンドンドンッッ!!
ポロッ
「「ん?」」
壁からなんか落ちた。
奇跡が起こった。
穴があいたのだ。
(キタぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!)
声を出すとハナにバレるので、胸の内で雄叫びをあげる。
ドキドキドキドキッッ
さっきから影分身したような、変な感覚を覚えているが、そんなことどうでもいい。
オレは熟練の僧のごとく、静かに手を合わせ、
「「いただきます」」
この世のすべてに感謝を込めた。
できた穴に目を合わせようと首を動かす。
次の瞬間、オレの鼻から赤いものがものすごい勢いで噴射された。
……はずだった。
ガンッ
頭部を何かでぶつけたのだ。
そんなもの、あるはずもないのに。
「「なんなのもう!!」」
そちらのほうに、目をむけた。
そこには、どこかオレに似た黒髪のイケメンの顔があった。
「「……Who are you?(あんた誰?)」」
あっ、セリフ被った。




