ひまわりの光(1)
「……コーさま……なんですの?」
綺麗なオレンジの髪をポニーテールでまとめあげた少女は、どこかの王女様、もしくはお嬢様のようだった。しかし彼女は、まるで死に別れた最愛の夫と再会したかのような表情で、今にも泣きだしそうだ。
もう一つ、気になることがある。オレをコーさまって呼んだことだ。
「……あ、の……もしかして、君はオレのことを知っているの?」
「忘れるわけありませんわ! わたくしが愛した最初で最後の殿方ですもの……っ!」
「はっ!?」
思いもしなかった返答に、激しく面喰ってしまう。彼女はオレのことを知っているうえに、愛していただって!?
ま、……まじですか?
「へ、へぇ……君はオレのことが好きだったんだ」
「だったじゃありませんわ! 今でも愛しています!(ダキッ)」
「ふぉおおおっ!?」
ちょちょちょっ! 展開が早すぎて追いつけないんですけど……ッ!
……あ、はっ……花畑にいるような良い香りがして……頭の中がとろけて……。
「起きてくださいましっ!(ぺしっ)」
「ひゃんっ!?」
えっ、えっ!?
オレ、なんでほっぺた叩かれたの!?
何が何だかわからなくなってきたオレはさておき、ポニーテールの彼女はなにやら考え事を始めたらしい。かと思いきやすぐに顔をあげ、恐る恐るオレの瞳を見つめてくる。
……な、なんだろう?
「……あなた、……ほんとうにコーさまですか……?」
「……っ」
その質問に、即答することができなかった。
――――今のオレは、なにも覚えていないから。
けど、ノイズが混じりながらも、思い出せそうなことはいくらかある。
感じるままに、質問の解答を口にする。
「オレは……何も覚えていない」
「……どういうことですの?」
「記憶がないんだ。でも、すべて忘れてしまったわけでもないよ。たとえばほらっ、オレのこの服装」
「……白い、忍者服ですわね」
「そう。オレは確か、忍術が使える忍者だった」
「……」
少女はあごに手をあて、再び黙り込む。
けれどオレは、続けて口を動かした。
「それでさ、オレの名前のことなんだけど……」
「……はい。なんでしょう?」
「きっとオレは、コーさまって呼ばれたことがないんだ」
「…………っ」
「君には悪いんだけど、たぶん人違いだと、思う……」
「……そうですか」
確定事項ではないとしても、彼女の落ち込み具合に、オレは心を痛めた。
……でも、これでいい。
「どうしよう……」
「……ッ」
あれ……っ?
今の……もしかして……。
切れていた大切な糸の一本が、つながった気がした。
しかし、わざわざ彼女にいうことでもないだろう。
しばらくの間、沈黙がその場に横たわった。
「そう言われてみれば……」
「?」
「コーさまは黒い髪で黒の忍者服でしたし、もうちょっと愛想のいいお顔をされていますわ……それに」
「それに?」
「わたくしのことを忘れてしまわれるはずがありませんもの!」
「あ、あはは……」
ポツリとこぼした彼女の呟きに、オレは苦笑いするしかなかった。
「そうですわよ! わたくしとコーさまは結ばれた運命ですもの!」
「あ、あのっ」
「こんなにそっくりな方にも出会えましたもの! もうすぐ会えるに違いありませんわ!」
「……っ」
目をキラキラと光らせ、太陽に向かってこぶしを突きあげる。その様子をみていたら、自然と笑みがこぼれてきた。
……さっきはあんなに落ち込んでいたのに、なんてすごいんだろう。
「さてっ! それでは旅を再開するとしましょう!」
「旅? 君は旅なんかしてるの?」
「はいですわ! 各地を歩き回ってコーさまを探していますのよ!」
ふんすっと荒い息を吹き出し、生き溌剌とする彼女の姿はまるで――
――――他人の闇を晴らしてくれる、太陽のようで……。
「……ねえ。ひとつお願いしてもいいかな?」
「なんですの?」
「オレもその旅に、同行させてほしい」
「…………嫌ですわ」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
どうして隣でゲップされたときのような、嫌な表情で断るの!?
「ど、どうして? オレと一緒は嫌だったりする?」
「そういうわけではないんですが……妙な悪寒がして」
どういうことだよ! まさかオレが、彼女のお風呂をのぞいたり、こっそりと寝顔を見に行ったり、ついには大好きだァー! なんていって抱き着こうと企んでるとか思われてるの!?
いやいやいや、そんなことありえないって!!
「…………」
いやいやいや、そんなことありえないってば!
どうして二回繰り返したのか、この時のオレには理解できなかったが、後々痛いほど分かることになる。それはさておき。
「お願いだよ、一緒に連れて行ってくれ」
「ど、どうしてそこまでお願いするんですの?」
「そ、それは……」
君と一緒にいたいって思うから……なんて言えないよね。
オレは蚊ほどの小さな頭をフル回転させて、稚拙な言い訳を考える。
「……えっと、一緒に旅をしたい理由は……」
「理由は?」
「……その、コーさまってやつと会ってみたいから……かな?」
「……はい?」
突拍子のない返答に、彼女はこくんっと首を横に傾けた。……くっそかわいいんですが……。
オレの言ったこと、別に嘘というわけじゃない。こんな素晴らしい女の子に好かれている男を、オレは見てみたいと思う。
……それに、この子を泣かせるようなやつなら、一発ぶんなぐってやりたかった。
オレがなにも言わずにじっと彼女のことを見つめていると、彼女はふいっと顔を背けた。
そのまま、
「……いいでしょう。わたくしと共に参りましょうか」
と、答えてくれた。
オレはぐぐぐっとわきあがってくる衝動を必死になって抑え、とびっきりの笑顔で、
「ありがとうっ!」
「……ただし」
……あれ?
まだ何か続きがあるの?
首をかしげるオレに、彼女は鬼のような表情で忠告してくる。
「わたくしのお風呂や着替えを覗いたり、その他もろもろしでかしたら……」
「……しでかしたら?」
「――――――」
「……え?」
い、今……なんて……?
口元は動いていたのに、音が何一つ聞きとれなかった。
しかし、彼女は何食わぬ顔でくるりと身体を翻す。
「さて、それでは歩き始めましょうか」
「え……え?」
オレがセクハラしたらどうなっちゃうの!?
めちゃくちゃ気になるんですけど……ッ!
「何をぼーっとしているのですか。置いていきますよ?」
「あっ! 待って!」
彼女が歩き始め、置いていかれないようにオレも前へと進みだす。
たっと駆けて、彼女の横に並ぶ。
「よ、よろしくね」
「……はい。よろしくお願いしますわ」
あっ! 超絶大切なこと思いついた!
足を動かしながら、オレは彼女のほうを向き、一番重要なことを尋ねる。
「あのさ、これは最初に聞くべきことだったんだけど」
「なんですの?」
「君の名前を教えてよ」
そう言われて、彼女もはっとしたようだ。
そうだよね、普通は名前から伝えるものだよね。
ピタッと足を止め、ちょっと申し訳なさそうにしながら、彼女はぺこりとお辞儀した。
「わたくしはハナと申します」
「ハナ……」
彼女にぴったりの、綺麗な名前だと思った。
「あなたは……そうでした、記憶がないんでしたわね」
「ううん、大丈夫。さっき思い出したから」
「……それはよかったですわね。それで、なんというお名前ですの?」
そう聞かれて、オレはコホンと咳ばらいをしてから、自分の名前を告げる。
「オレは、シオン。改めてよろしくね、ハナ」
「はい。よろしくお願い致しますわ、シオン」
*
「あのさ……ハナ」
「うるさいですわよ、シオン」
「一言喋っただけで!?」
旅を始めてから、はやいもので一日が経とうとしていた。現在、オレたちはどこまでも続く広原にいる。大きな夕日がこの世界をオレンジ色に染めあげ、映画で見るようなロマンチックな景色が繰り広げられていた。
……のだが。
「この壮大な光景を、コーさまと見たかったですわ……シオンではなくて」
「オレの扱いひどすぎない!?」
会ってからまだ日付も変わっていないというのに、この有様。今後の上下関係が、もうすでに決定づけられていた。……まぁ、悪くはないんだけど。
それよりも。
「あの、ハナさん。ちょっと真面目なお話を聞いていただけますか……?」
「……いいでしょう。話しなさい」
「ありがたき幸せ」
本当に、これでいいのか……?
胸にもやもやをかかえながら、最優先で考えなければいけない事柄を打ち明ける。
「えっと、さ。オレたち、どうやって夜を過ごすの……?」
「あら、そんなことでしたの? まったく問題ありませんわ」
……はい?
「そうですわね……ちょうどいい頃合いですし、今日の宿を建てますか」
「……はい?」
ふふっと指を唇に当てて、妖艶な笑みを浮かべるハナ。
「ふぅ……では、いきますわ」
「ちょ、なにを――」
しようとしてるのと最後まで言い終えることはなかった。
「よっ!」
ハナはパンッと手を合わせ、両手を大地につけた。
――――次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴっと地面が揺れ始め、地割れのようにヒビが生まれていく。
「……なっ!」
目の前の光景に、オレは息を呑んだ。
ひび割れた大地のすき間から、タコの足がうねるように、大木が次々と現れる。それらは一か所に集まっていき、意味のある形へと変化していく。
「……ふうっ。完成ですわ」
「……うそだろ?}
果てしなく広がる平野の中に、異質な一軒家がポツリと立った。
オレは潤滑油の足りないロボットのように、ギギギッと首を動かし、ハナのほうを見やった。彼女はオレの言わんとしていることに気がついたようで、満足げにしている。
「わたくしが、建てました。」
「いやいやいやっ! オレが言いたいのはそこじゃないからっ!」
ドヤァ( ・´ー・`)←こんな顔をするハナに、オレは声を荒げた。
彼女はぷうっと頬をふくらませ、不満げに文句を言う。
「何がちがうんですの? 立派な一軒家ではありませんか」
「だから、そういうことじゃなくてさ!」
「じゃあ、なんですの?」
冗談でもなく、ハナはオレの言わんとしていることが理解できないようだ。
オレは、はあっとため息をついて、
「オレが言いたいのは、なんでそんなのができるのかってこと……」
「あらっ、また当然のことを聞くのですね」
「と、当然のこと?」
彼女の言葉に、オレはまた疑問を覚えた。
さっきのが普通って、もう神様みたいじゃないか。
だけど彼女は、なんともない素振りで、
「『旅人』だったら、一つくらい能力を持っていますわ。そんなことも知らないなんて、シオンはおバカなんですわね」
「た、『旅人』……?」
ズキッ
「どうしましたの? 急に頭を押さえつけて」
「な、なんでもないよ……気にしないで……」
「……わかりましたわ。ともかく、もう暗くなってきましたし、中で休みましょう」
「うん」
木製の扉を開けて、オレたちは家の中へと入っていった。
*
宿へと入ったオレたちは、たくさん話をしてお互いのことを知っていった。すっかり夜も更け、外の世界は月明りで照らされている。
明日に備えて、今日は寝ようということになり、オレたちは別々の部屋で横になっていた。
一瞬、彼女の寝顔を拝みに行こうかと悩んだが、結局やめた。
旅を始める前に約束したということもあるが、それよりも。
「――ッ。な、なんなんだよ、コレ」
ズキズキッ
ひどい頭痛をかかえ、オレは動くことすらできなかった。
「た、『旅人』……」
そのワードが、オレの頭の中を逡巡する。
た、旅人……って、なんだっけ……?
「……『旅人』。『獣人』。『白い街』。『革命』。『裏切り』。『逃走』。『死』……」
記憶はないのに、ただただ、単語共に激しい感情の嵐が襲ってくる。
――ついに。
「『王様』、『執事』、『メイド』、……『アール』……」
……。
「…………ア」
冷え固まっていたアレが、熱い何かに溶かされテ……。
「アアアア……み、みんな……」
「――ミンナ、ドコ?」
バギイィッ! と”闇”が噴き出し、ハナの作った建物が半壊した。




