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ライス・ライフ〜女の子に食べられた僕は獣に目覚めました〜  作者: 空超未来一
第1部【王の目覚め編】 - 第5章 そして彼らは交差する
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ひまわりの光(1)

「……コーさま……なんですの?」


 綺麗なオレンジの髪をポニーテールでまとめあげた少女は、どこかの王女様、もしくはお嬢様のようだった。しかし彼女は、まるで死に別れた最愛の夫と再会したかのような表情で、今にも泣きだしそうだ。

 もう一つ、気になることがある。オレをコーさまって呼んだことだ。


「……あ、の……もしかして、君はオレのことを知っているの?」

「忘れるわけありませんわ! わたくしが愛した最初で最後の殿方ですもの……っ!」

「はっ!?」


 思いもしなかった返答に、激しく面喰ってしまう。彼女はオレのことを知っているうえに、愛していただって!?

 ま、……まじですか?


「へ、へぇ……君はオレのことが好きだったんだ」

「だったじゃありませんわ! 今でも愛しています!(ダキッ)」

「ふぉおおおっ!?」


 ちょちょちょっ! 展開が早すぎて追いつけないんですけど……ッ!

 ……あ、はっ……花畑にいるような良い香りがして……頭の中がとろけて……。


「起きてくださいましっ!(ぺしっ)」

「ひゃんっ!?」


 えっ、えっ!?

 オレ、なんでほっぺた叩かれたの!?

 何が何だかわからなくなってきたオレはさておき、ポニーテールの彼女はなにやら考え事を始めたらしい。かと思いきやすぐに顔をあげ、恐る恐るオレの瞳を見つめてくる。

 ……な、なんだろう?


「……あなた、……ほんとうにコーさまですか……?」

「……っ」


 その質問に、即答することができなかった。



 ――――今のオレは、なにも覚えていないから。



 けど、ノイズが混じりながらも、思い出せそうなことはいくらかある。

 感じるままに、質問の解答を口にする。


「オレは……何も覚えていない」

「……どういうことですの?」

「記憶がないんだ。でも、すべて忘れてしまったわけでもないよ。たとえばほらっ、オレのこの服装」

「……白い、忍者服ですわね」

「そう。オレは確か、忍術が使える忍者だった」

「……」


 少女はあごに手をあて、再び黙り込む。

 けれどオレは、続けて口を動かした。


「それでさ、オレの名前のことなんだけど……」

「……はい。なんでしょう?」

「きっとオレは、コーさまって呼ばれたことがないんだ」

「…………っ」

「君には悪いんだけど、たぶん人違いだと、思う……」

「……そうですか」


 確定事項ではないとしても、彼女の落ち込み具合に、オレは心を痛めた。

 ……でも、これでいい。


「どうしよう……」

「……ッ」


 あれ……っ?

 今の……もしかして……。

 切れていた大切な糸の一本が、つながった気がした。

 しかし、わざわざ彼女にいうことでもないだろう。

 しばらくの間、沈黙がその場に横たわった。


「そう言われてみれば……」

「?」

「コーさまは黒い髪で黒の忍者服でしたし、もうちょっと愛想のいいお顔をされていますわ……それに」

「それに?」

「わたくしのことを忘れてしまわれるはずがありませんもの!」

「あ、あはは……」


 ポツリとこぼした彼女の呟きに、オレは苦笑いするしかなかった。


「そうですわよ! わたくしとコーさまは結ばれた運命ですもの!」

「あ、あのっ」

「こんなにそっくりな方にも出会えましたもの! もうすぐ会えるに違いありませんわ!」

「……っ」


 目をキラキラと光らせ、太陽に向かってこぶしを突きあげる。その様子をみていたら、自然と笑みがこぼれてきた。

 ……さっきはあんなに落ち込んでいたのに、なんてすごいんだろう。


「さてっ! それでは旅を再開するとしましょう!」

「旅? 君は旅なんかしてるの?」

「はいですわ! 各地を歩き回ってコーさまを探していますのよ!」


 ふんすっと荒い息を吹き出し、生き溌剌はつらつとする彼女の姿はまるで――



 ――――他人の闇を晴らしてくれる、太陽のようで……。



「……ねえ。ひとつお願いしてもいいかな?」

「なんですの?」

「オレもその旅に、同行させてほしい」

「…………嫌ですわ」

「えぇぇぇぇぇっ!?」


 どうして隣でゲップされたときのような、嫌な表情で断るの!?


「ど、どうして? オレと一緒は嫌だったりする?」

「そういうわけではないんですが……妙な悪寒がして」


 どういうことだよ! まさかオレが、彼女のお風呂をのぞいたり、こっそりと寝顔を見に行ったり、ついには大好きだァー! なんていって抱き着こうと企んでるとか思われてるの!?

 いやいやいや、そんなことありえないって!!


「…………」


 いやいやいや、そんなことありえないってば!

 どうして二回繰り返したのか、この時のオレには理解できなかったが、後々痛いほど分かることになる。それはさておき。


「お願いだよ、一緒に連れて行ってくれ」

「ど、どうしてそこまでお願いするんですの?」

「そ、それは……」


 君と一緒にいたいって思うから……なんて言えないよね。

 オレは蚊ほどの小さな頭をフル回転させて、稚拙な言い訳を考える。


「……えっと、一緒に旅をしたい理由は……」

「理由は?」

「……その、コーさまってやつと会ってみたいから……かな?」

「……はい?」


 突拍子のない返答に、彼女はこくんっと首を横に傾けた。……くっそかわいいんですが……。

 オレの言ったこと、別に嘘というわけじゃない。こんな素晴らしい女の子に好かれている男を、オレは見てみたいと思う。

 ……それに、この子を泣かせるようなやつなら、一発ぶんなぐってやりたかった。

 オレがなにも言わずにじっと彼女のことを見つめていると、彼女はふいっと顔を背けた。

 そのまま、


「……いいでしょう。わたくしと共に参りましょうか」


 と、答えてくれた。

 オレはぐぐぐっとわきあがってくる衝動を必死になって抑え、とびっきりの笑顔で、


「ありがとうっ!」

「……ただし」


 ……あれ?

 まだ何か続きがあるの?

 首をかしげるオレに、彼女は鬼のような表情で忠告してくる。


「わたくしのお風呂や着替えを覗いたり、その他もろもろしでかしたら……」

「……しでかしたら?」

「――――――」

「……え?」


 い、今……なんて……?

 口元は動いていたのに、音が何一つ聞きとれなかった。

 しかし、彼女は何食わぬ顔でくるりと身体を翻す。


「さて、それでは歩き始めましょうか」

「え……え?」


 オレがセクハラしたらどうなっちゃうの!?

 めちゃくちゃ気になるんですけど……ッ!


「何をぼーっとしているのですか。置いていきますよ?」

「あっ! 待って!」


 彼女が歩き始め、置いていかれないようにオレも前へと進みだす。

 たっと駆けて、彼女の横に並ぶ。


「よ、よろしくね」

「……はい。よろしくお願いしますわ」


 あっ! 超絶大切なこと思いついた!

 足を動かしながら、オレは彼女のほうを向き、一番重要なことを尋ねる。


「あのさ、これは最初に聞くべきことだったんだけど」

「なんですの?」

「君の名前を教えてよ」


 そう言われて、彼女もはっとしたようだ。

 そうだよね、普通は名前から伝えるものだよね。

 ピタッと足を止め、ちょっと申し訳なさそうにしながら、彼女はぺこりとお辞儀した。


「わたくしはハナと申します」

「ハナ……」


 彼女にぴったりの、綺麗な名前だと思った。


「あなたは……そうでした、記憶がないんでしたわね」

「ううん、大丈夫。さっき思い出したから」

「……それはよかったですわね。それで、なんというお名前ですの?」


 そう聞かれて、オレはコホンと咳ばらいをしてから、自分の名前を告げる。


「オレは、シオン。改めてよろしくね、ハナ」

「はい。よろしくお願い致しますわ、シオン」



 *



「あのさ……ハナ」

「うるさいですわよ、シオン」

「一言喋っただけで!?」


 旅を始めてから、はやいもので一日が経とうとしていた。現在、オレたちはどこまでも続く広原にいる。大きな夕日がこの世界をオレンジ色に染めあげ、映画で見るようなロマンチックな景色が繰り広げられていた。

 ……のだが。


「この壮大な光景を、コーさまと見たかったですわ……シオンではなくて」

「オレの扱いひどすぎない!?」


 会ってからまだ日付も変わっていないというのに、この有様。今後の上下関係が、もうすでに決定づけられていた。……まぁ、悪くはないんだけど。

 それよりも。


「あの、ハナさん。ちょっと真面目なお話を聞いていただけますか……?」

「……いいでしょう。話しなさい」

「ありがたき幸せ」


 本当に、これでいいのか……?

 胸にもやもやをかかえながら、最優先で考えなければいけない事柄を打ち明ける。


「えっと、さ。オレたち、どうやって夜を過ごすの……?」

「あら、そんなことでしたの? まったく問題ありませんわ」


 ……はい?


「そうですわね……ちょうどいい頃合いですし、今日の宿を建てますか」

「……はい?」


 ふふっと指を唇に当てて、妖艶な笑みを浮かべるハナ。


「ふぅ……では、いきますわ」

「ちょ、なにを――」


 しようとしてるのと最後まで言い終えることはなかった。


「よっ!」


 ハナはパンッと手を合わせ、両手を大地につけた。


 ――――次の瞬間。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴっと地面が揺れ始め、地割れのようにヒビが生まれていく。


「……なっ!」


 目の前の光景に、オレは息を呑んだ。

 ひび割れた大地のすき間から、タコの足がうねるように、大木が次々と現れる。それらは一か所に集まっていき、意味のある形へと変化していく。


「……ふうっ。完成ですわ」

「……うそだろ?}


 果てしなく広がる平野の中に、異質な一軒家がポツリと立った。

 オレは潤滑油の足りないロボットのように、ギギギッと首を動かし、ハナのほうを見やった。彼女はオレの言わんとしていることに気がついたようで、満足げにしている。


「わたくしが、建てました。」

「いやいやいやっ! オレが言いたいのはそこじゃないからっ!」


 ドヤァ( ・´ー・`)←こんな顔をするハナに、オレは声を荒げた。

 彼女はぷうっと頬をふくらませ、不満げに文句を言う。


「何がちがうんですの? 立派な一軒家ではありませんか」

「だから、そういうことじゃなくてさ!」

「じゃあ、なんですの?」


 冗談でもなく、ハナはオレの言わんとしていることが理解できないようだ。

 オレは、はあっとため息をついて、


「オレが言いたいのは、なんでそんなのができるのかってこと……」

「あらっ、また当然のことを聞くのですね」

「と、当然のこと?」


 彼女の言葉に、オレはまた疑問を覚えた。

 さっきのが普通って、もう神様みたいじゃないか。

 だけど彼女は、なんともない素振りで、


「『旅人』だったら、一つくらい能力を持っていますわ。そんなことも知らないなんて、シオンはおバカなんですわね」

「た、『旅人』……?」


 ズキッ


「どうしましたの? 急に頭を押さえつけて」

「な、なんでもないよ……気にしないで……」

「……わかりましたわ。ともかく、もう暗くなってきましたし、中で休みましょう」

「うん」


 木製の扉を開けて、オレたちは家の中へと入っていった。



 *



 宿へと入ったオレたちは、たくさん話をしてお互いのことを知っていった。すっかり夜も更け、外の世界は月明りで照らされている。

 明日に備えて、今日は寝ようということになり、オレたちは別々の部屋で横になっていた。

 一瞬、彼女の寝顔を拝みに行こうかと悩んだが、結局やめた。

 旅を始める前に約束したということもあるが、それよりも。


「――ッ。な、なんなんだよ、コレ」


 ズキズキッ


 ひどい頭痛をかかえ、オレは動くことすらできなかった。


「た、『旅人』……」


 そのワードが、オレの頭の中を逡巡する。

 た、旅人……って、なんだっけ……?


「……『旅人』。『獣人』。『白い街』。『革命』。『裏切り』。『逃走』。『死』……」


 記憶はないのに、ただただ、単語共に激しい感情の嵐が襲ってくる。


 ――ついに。


「『王様』、『執事』、『メイド』、……『アール』……」


 ……。


「…………ア」


 冷え固まっていたアレが、熱い何かに溶かされテ……。


「アアアア……み、みんな……」




「――ミンナ、ドコ?」




バギイィッ! と”闇”が噴き出し、ハナの作った建物が半壊した。

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