始まり(2)
なぜこのタイミングなのか。
まるでこの瞬間を狙ったかのように現れたのは、世界の王シロだった。蒼紅竜鎧でも敵わなかった
宿敵の登場に、嫌な汗が滴る。
「そう警戒すンなよ。何もとって食おうってわけじゃない」
「残念ながら、一度お前さんに敗けてるもんでね。こっちは気が気でないのよ」
「嘘つけ。テメエのその状態、以前とは別人じゃねェか。いいや、もはや人ではないな」
すべてを見抜く王の慧眼に射抜かれる。
「『生』の力に『死』の力。それだけじゃない、ほんのり『海』の力まで混ざってやがる。よっぽどの欲張りさンみたいだな。身を滅ぼすぞ」
「……まるで神の力に詳しい口ぶりじゃないか。それにお前さんだって『影』に『破壊』を操れるだろう?」
「当然だ。オレはこの世界の王だぞ」
ドッ‼︎
直後だった。地面に映るシロの影が突如として浮き上がり、こちらめがけて一直に飛んできた。オレは単純に左手の甲の氷を凝縮し弾き返してやる。
この程度なら造作もない。
「悪くない。ならこれはどうだ?」
シロの影が空中でスライム状に展開し飲み込むように己の全身を包んだ。身体の輪郭が固定し始め鎧が完成する。そうして、緑の淡い光のラインが手足の先にまで駆け抜けた。
影零式。
シオンの切り札だった術だ。
ウシオ、リュウを含め、オレは一度も勝った試しがない。
だが、今なら。
真・蒼紅竜鎧なら。
「ーーーー行くぜ?」
ズっドドドドドドドドドドドドドドッッツ‼︎
無数の影が大地に潜り込み、極限レベルのモグラ叩きのように配慮もクソもなく飛び出してくる。『破壊』を帯びた影をマトモにくらっては、蒼紅竜鎧とはいえ無事では済まない。
マトモにくらえばの話だが。
両手を傘のように広げ、円を描くように大地をなぞる。
「氷炎壁の術」
分厚い氷の膜で大地を覆い、氷を燃料とするかのように豪炎が燃え上がる。差し迫っていた影たちは凍てつくされたり焼き尽くされたりして途絶えた。
そこで終わるはずもなく。
空から落下してくるシロの手には見覚えのある槍が握られていた。
前回の戦闘に決着をつけた必殺、混沌の槍だ。
こちらも最大限で応戦する。
「真・蒼炎の奪盗ッ!」
「混沌の終槍ッ!」
コンマゼロの収束。
から、無限の発散。あたり一面が真っ白な光に包まれ、遅れて爆音が世界の端へと駆け抜ける。開けた視界には平然とした表情の王がこちらを見つめていた。
オレは抱え込んだイッちゃんを地面に寝かせる。
最大最強の力の衝突は、結末を迎え入れなかった。
結果は何事もない、無。
それほどまでにオレたちは極上の位置にいるのかもしれない。
シロの口元が裂くように開く。
「想像以上だ、リュウシオ! まさかこれほど成長しているとは思わなかったぞ!」
「そりゃどうも。こちとら色々と死線を潜り抜けてきたもんでね」
「神の力を解放しろ」
端的に、流暢に、高圧的に命令する。
「テメエの本気はそンなもンじゃない。『生』と『死』の力を解放すればさらに高位の存在になれるだろう。オレはその力を試してみたい」
「その前に一つ聞かせろ。どうしてここに現れた?」
先ほどの言動からみても、いまいちシロの目論見が見えてこない。ヘルのようにオレから神の力を奪うのが目的なのか? それにしては言動がちぐはぐな気がする。
シロの瞬きがぴたりと止まり、いいだろうと口元を緩めた。
「オマエにも一つ提案があるからな。キッカケはゾンビが発生する原因を探りに行った部下たちからの連絡が途絶えたことだった」
部下というのは恐らくフリーダたちのことだろう。
「フリーダはともかく、ユーリから連絡がないのは珍しい。少し気にかかっていたそのとき、ちょうど調査をしている地域から神の力を感じた。神ともなればアイツらには荷が重い。だからオレが飛んできたってわけだ」
ユーリからの連絡が途絶え、その後にアミが生の神として覚醒した。加減を知らない赤ん坊のような状態だ。遠方の王宮にまで力の波形が及んでいたのだろう。
嘘をついているわけではないらしい。
ただ、とシロはこう付け加えた。
「オマエと軽く手あわせして確信した。生と死の力。オレが感じた力は、それらとはまた別の何かだった」
「また別の何か、だと?」
「見当はつかないがな。さァ、オマエの質問には答えた。今度はこちらの番だ」
ーーーー手を取り合わないか?
突拍子のない提案にオレは言葉を失った。
それを見越していたのか、シロは滔々と言葉を並べる。
「一度話し合おう。考え方こそ違えど目指すものは同じかもしれない。オレはオマエの力が欲しい」
「急に何を言って、力が欲しいなら奪うなり……」
「何か勘違いしているのかもしれないが、オレは王だ。話し合いで解決するならそれに越したことはない。争いは無益だ」
「…………」
「ハナやアール、他の仲間、子供たちも手厚く歓迎すると約束する。特に、うちの子供とも仲良くやってくれそうだ」
追いつかない数々に食らいつこうと脳を回転させる。
正直にいうと、だ。
この提案は『アリ』なのかもしれない。革命軍が牛耳る政府とはいえ、この世界を良くしようとして動いているのは間違いない。
そもそも、だ。
前回、戦った際にシロが語った世界の形。
オレは否定できなかった。
成り行きで対峙することとなった革命軍との戦いの日々。このまま同じ姿勢でいるつもりではいたが、果たしてそれは正しいのだろうか。
オレたちの味方でいる彼らの立場を考える。この世界に住む彼らは、世界を統べる政府側から見れば『革命軍』だ。特にリコを始めとした子供たちのことを考えれば、答えはおのずと見えてくる。
それに革命軍とはいえ、今ではフリーダやララ・ルルとの繋がりもある。もっといえば、メイド長のリンとハナ、アールやビイも、本来の関係値に戻れるのではないか。
革命軍と協定を結ぶ。
「さァ、決断しろ」
「…………オレは」
光が生まれた。
何の前触れもなく。
エネルギーの波形もなく。
ましてや空気が揺れることもない。
まるで最初からそこに存在したかのように。
人を超えたオレも。
王であるシロも。
息を呑み、それを見つめる。
目を奪われる。
視線が釘付けになる。
「「肯定します」」
唇を震わせ言葉を発したはずだった。同時に、頭に直接語りかけられたかのような錯覚。声が重なって聞こえた。
その主は。
白い存在。
髪も。
肌も。
着ている服も。
吐き出す息さえ。
失ったはずの翼さえも、白い。
瞳だけが空の色をしていた。
寝かせたはずのイッちゃんが立ち上がっている。
しかしながら。
ハイネでも、イネでもない。
白い何者が降臨した。




