始まり(1)
蒼炎の奪盗はヘルの核へと到達し、エネルギーを根こそぎ食らい尽くした。 エネルギーが全身に行き渡り、満身創痍の身体が生まれたての赤ん坊のように瑞々しい生を得る。
終わったのだ。
ヘルは仰向きで倒れ気を失っている。神々しい翼はすでに失われており、等身大へと戻った彼の姿はどこにでもいる一人の青年だった。
鎧を解き、イッちゃんのもとへと駆け寄る。
「ーーーー」
息はないのに、かすかに胸が上下に動いているようにも見える。そんなはずはないのに、目の錯覚なのか、もしくは脳がそう見せようとしているのか。
どちらにせよ都合のいい話だ。
ぽっかりと空いた胸の穴。
イッちゃんはすでに……死んでいる。
「……なんで、どうしてここに来たんだよ」
ウシオが目を覚ました時はイッちゃんは宿屋でぐっすりと眠っていた。起こさないように気配を殺して出たはずだった。
原因はそこではないのだろう。
生のエネルギーの衝突。オレとヘルが戦うことで、元『生』の神であるイッちゃんは何かを感じ取ったのだ。よくよく考えれば注意できたものを、オレは……。
違う。後悔したところで何も得られない。過去を変えられないのは痛いほど知っている。
生と死の力を手にした今、オレにできることがあるはずだ。
イッちゃんを生き返らせる方法。
ナツミの氷を解くこと。
不可能と思えることでも、きっと可能にしてみせる。
「死人を生き返らせることは不可能ーーーーでも、彼女はまだ死んじゃいない」
声の主は意識を取り戻したヘルであった。
彼は仰向けのまま、視線だけをこちらに向ける。
「彼女はまだ死んじゃいない。魂を眠らせただけさ」
「どういうことだ……?」
ヘルは近くに転がる始標のナイフに視線を移した。
「あの宝具には二つの力があってね。知っての通り、全ての物質を始まりの状態に戻すこと。たとえ神様が作り出したものであろうとも始まりに還す。そして、もう一つ」
魂を眠らせることだ、とヘルは口にした。
「これは死の神の役割を果たすために必要なものさ。ざっくり言えば、癒えない魂をなんとかするための力というか。彼女を指した時、この力を使った。だから魂が眠っているだけで死んじゃいないさ」
……見当がつかない。
イッちゃんを襲ったのは恐らくオレに神の力を発揮させるためだった。本気を出させて神の力を根こそぎ奪うために。わざわざイッちゃんを生かす理由がないのだ。
オレの憶測は間違えていなかった。
しかし、続けてヘルはこう告白する。
「自分とは違う愛の可能性を見出そうとした。レイヤを殺した時のあの顔が、ボクの心にずっと残っていたんだ」
「……」
遠くの月に「……綺麗だ」と囁くヘル。
仰向けに倒れる彼の手では届くはずもない。
「君の愛は否定しない。けれど、ボクの愛も否定しない。否定してしまったら、これまでの行いが何だったのか分からなくなる」
「お前……」
「ああ、久方ぶりだなあ。ボクに感情が流れてくるなんてさ」
それはきっと、裏の器でも収まりきらないほどの想いが溢れているからかもしれない。理解はし難いけれど、彼の想いの強さは認めざるを得ない。
「なんだかんだで、ボクはレイヤのそばにいたかっただけなんだな。彼女が傷つく姿が見たくないからとか、ボクが彼女の願いを叶えるとか、全部彼女にカッコいいところを見せたかっただけなんだ」
本当にバカだな。とヘルは目を手で覆った。
そのまま、こちらを見ずに彼は言う。
「ボクに本物の底力を見せておくれ」
「……本物だと?」
「彼女の封印の解き方は教えない。君の愛が本物なら、彼女を救えるはずだろう? 地獄から君の活躍を見守っているよ」
ヘルの呼吸が浅くなる。
白い顔からさらに血色が薄れていく。
「これでよかった」
また、レイヤのそばにいられるな。
そうして。
ヘルの心臓が止まり、瞳から光が消えた。
「……ったく、本物の愛がなんだとか、小っ恥ずかしいことを平気で言うやつだな」
全身がむず痒くてたまらず頭をわしゃわしゃと掻いた。
まあ、嫌いではないが。
オレはヘルを抱え、塔の上で眠るレイヤの隣に寝かせた。二人が並ぶ姿は、何の変哲もないカップルが眠っているみたいで、なんだか無性にムカついてくる。なんつー安らかな顔をしてるんだ、こいつら。
すると、不思議なことが起こった。
二人の身体が光の粒子となって、どんどん消えていく。あっという間に月夜のそよ風に乗って遠くへと旅立ってしまった。
革命が起こったこの世界では遺体は残るというのに。きっと神に近い存在だったから特別とかそんなんだろう。考えても仕方ない。最後までロマンチストなやつだった。
「さて、と」
塔を降り、再びイッちゃんのもとへ。
イッちゃんを担いでフリーダ達と合流しよう。すぐにでも宿屋に戻ってイッちゃんとナツミを救うための方法を考えなければ。
戦いは終わったのだから。
豪……ッ‼︎
凄まじい爆音とともに大地が震撼する。
まるで隕石が落ちてきたかのような衝撃にオレは全身が強張ってしまった。
震源地はすぐ向こうにある塔の真上。
「クソっ、出遅れちまったか」
こちらを見下ろすのは一人の男だった。
オレのよく見知った顔。ウシオ、リュウは勿論のこと、このリュウシオとも因縁深い相手。銀の髪を風にたなびかせ、全てを見透かすかのような目で、オレを捉える。
仲間であり。
この世界の王。
「シオン……いや、シロッ‼︎」
「よく会うな、リュウシオ」




