コント・ラスト(6)
意識が朦朧としている。
ボクが見る世界は普段から白黒だけれど、もう一人の『ボク』が表に出ている時はさらに解像度が悪くなる。
裏のボクとはまさに言葉の通り、言動や考え方が面白いくらい真逆の存在。ボクでは到底敵わないほどのエネルギーを解放し自由自在に操る。圧倒的な質量でありながら小細工を施すのが上手い。
ないものねだりのボクは神になれない。
神として在るべきは、やはりレイヤだ。この世界をよりよい方向へと導くのなら間違いなくレイヤが『生』と『死』を司るべきだった。彼女を殺した今でもそう思っている。
それでも彼女を神にしたくなかった。
これ以上、彼女が傷つく姿は見たくなかったから。
「クソッ!! クソ、クソクソッ!! なんで、なんでオレの攻撃が当たらないんだよッ!!」
「…………」
ずっと溜めていたエネルギーを惜しみなく吐き出し、縦横無尽に振るう。これだけの質量でこれだけの手数を尽くせば、いくら死の神である先生だったとしても無事では済まないだろう。なのに、彼はものともしなかった。
攻撃が当たらない。あらゆる角度から攻撃してもかすりもしない。まるでそこに存在しないかのように透けて通る。『生』と『死』を統べた彼は二つの概念を超越し、そこに存在するようで存在していないのかもしれない。
それはこの『世界の外側』の人々が頭を垂れる全知全能の神に似ている。
しかし、裏を返せば肉体がなければこちらに干渉できないだろう。ボクに攻撃を仕掛ける瞬間はほんの一瞬とはいえ、肉体を持つはずだ。
もしくはーーーー
「げはッ……!?」
「…………」
唐突な出来事だった。
見えない攻撃が裏のボクを襲い、みぞおちに深く食い込んだ。
時を止めて打撃を加えた? いや、いくら力を得たとはいえ、ボクの眼を誤魔化せるはずがない。
だとすれば、目には見えない攻撃を仕掛けてきたのだろうか。
ダダダッ、ダダダダッ
そこから一歩たりとも動いていないのに彼の見えない攻撃は裏のボクを着実に追い詰めていく。力が抜けていくのを体を通じて感じる。
そして、理解に至る。
この見えない打撃の正体を。
とそこで、感覚が戻る。
「はぁ……はぁっ……おや? どうやら裏のボクの意識が途切れたみたいだね……なんてタイミングで引っ込んでくれたんだ」
急激に押し寄せてくる倦怠感と吐き気の波。裏の器に感情を流すボクにとっては関係のない話だ。
彼の眉根がピクリと動いた。
「……戻ったのか?」
「おかげさまでね。ボクが籠っているうちに随分と強くなったみたいじゃないか」
「おかげさまでな」
白い炎からは生の神の波動を感じ、黒い氷から感じる死のエネルギーがボクの肌に浸透する。
不完全とはいえ、ボク以上の存在へと進化した姿。まさしく天使と悪魔の子のような立ち姿は天魔と呼ぶに相応しいだろう。
だが、ここで引くわけにはいかない。
レイヤの願いを叶えるまでは。
「君のその見えない攻撃。空気に含まれた極わずかなエネルギーをかき集めて操ってるんだね? そこから作った塊にエネルギーを付与させ、拳大のエネルギーをボクにぶつけると」
「よく気づいたな。それで、オレにどう挑むんだ?」
「簡単な話。衝撃を吸収する膜を作ればいいんだ。ちょうど君が着ている鎧みたいにね」
一番の問題は攻撃が通じないことだ。高次元の存在へと生まれ変わった彼に届かないのなら、ボクも同じ次元に立てばいい。
力の解放。
裏のエネルギーを捻り出し、死と生のエネルギーをかさ増しする。
そして、鎧を身にまとう。纏うとはいっても衝撃を吸収するだけの必要最低限の薄い膜を覆っただけにすぎない。
まるで影そのものになったボクを見て、彼は眉根を寄せた。
「オレに触れられるようになったか。だが、そんな薄い鎧で耐えるつもりか?」
「もちろんさ。ギリギリなんもんでねーーーーそれは君も同じだろうけど」
生と死のエネルギーを手に入れたからとはいえ、バランスを調整するだけで手いっぱいのはずだ。神の力は決して都合のいいものではない。
だから一か八か。
ダメージは承知の上で突き進む。
なんて泥臭い戦いなんだろうと自虐する。神様見習いとはいえ、これでも長いこと人の世を捨てて生きてきたというのに。
片手にエネルギーで生み出した剣を握りしめる。
「行くよ」
「わざわざどうも」
風を切る。
予想通り見えないエネルギーの塊がボクを袋叩きにする。しかし立ち止まるほどの威力ではない。衝撃を和らげた膜が崩れていく。
間合いに入った。
カチっ
時を止める。
しかしすぐさま解除される。
ほんの数センチ。
近づく。
彼も時間がないと危惧したのか、右手に異様な光を灯している。先ほどボクのエネルギーを奪った技・蒼炎の奪盗だったか。
決めるつもりだ。
「蒼炎の奪盗!」
拳と剣が混じり合う。
エネルギーでできた剣は彼の技の餌食となり吸収されていく。
それは見えていた未来だった。
ふと。
すり抜ける。
「……っ⁉︎」
エネルギーの解放を少し抑え、存在のレベルを落とす。当然、彼の技はボクの体をすり抜けていった。しかし、彼はこう至った。蒼炎の奪盗は失敗に終わったが、互いに攻撃できなくなったのも確かだと。
ボクの攻撃も当たらない。
なにせ、ボクの次元は彼に及ばないのだから。
そう、ボクは。
「お別れだよ、神様」
逆手で握った始標のナイフなら彼を捉えられるだろう。
完全たる死の神の宝具なら。
彼の強張った表情がそれを物語っている。
さあ、レイヤ。
君の願いはボクが叶えてみせるから。
あともう少しだよ。
「さようなら」
ナイフを振りかざす。
*
光の剣。影の鎧……いいや、全身黒タイツとでも表現したほうが分かりやすい。オレに近しい存在へと昇格したヘルは恐らく最後の特攻に挑むつもりだろう。
のぞむところだ。
こちとら時間が限られている。蒼炎の奪盗で光の剣を吸収しつつ、ヘルの核を奪い取ればゲームセットだ。
終わらせてやる。
「行くよ」
「わざわざどうも」
無鉄砲に突っ込んでくるヘルに見えないエネルギー弾を浴びせてやるも怯まない。さすがに対策済みってわけだ。痛みや苦しみは感じるだろうに。
まあ、いい。
オレはオレで為すべきことをするまでだ。
右手に光を灯す。
カチっ
不意に時間を止められたが想定内だ。
時間を解除し、肉薄する。
「蒼炎の奪盗!」
エネルギーを吸収し、ボロボロと光の剣が崩れていく。
そのまま、ヘルの心臓を貫く!
ーーーーッ!
「……っ⁉︎」
感触がなかった。やつの魂を掴んだはずなのに、まるでそこには何も存在しないかのように、オレは空を握っていた。
直後に気づく。
奴が存在しないからではなく、存在するから触れられないのだと。思考の隙間を縫うようにして存在のレベルを落としたのだ。
オレでは真似ができない芸当だからこそ、予測できなかった。
けれど、触れられないのはあちらも同じ。
ここは一度距離を取るべきだろう。
「お別れだよ、神様」
それを許すはずがなかった。
やつの手に握られた宝具を目にして、息が止まる。
そう。始標のナイフであればオレの息の根を止めることができるのだ。
「ーーーークソ……ッ!」
カチっ
時間を止めるも寸分も違わず無駄に終わった。
奴の瞳には紅い焔が宿っていた。
「ここまでは視えていたよ」
逆手に握られた宝具が月明かりに照らされる。
視界が真っ白に染まった。
さようなら。
………………
…………
……
宿屋でスヤスヤと眠るイッちゃん。口に手を当てふわっとあくびをして、朝日を浴びる。そこに僕がおはようと声をかける。すると彼女も「おはようっ」と、陽光の笑顔を浮かべるのだろう。
始まりは一人だった。
たくさんの人と出会い、笑ってーーーーその数だけ別れがあった。
ずっとそばにいてくれた、たった一人の彼女。
その彼女さえも死んでしまった。
認められない認めるか、認めてやるものか。
彼女だけは絶対になんとしてでも、神になってでも救ってみせる。
誰も巻き込んじゃいけない。
最後の最後まで一人ぼっちでも耐えてやる。
始まりに還っただけなんだから。
その先で、彼女がーーイッちゃんーーが待っててくれるだけで。
僕はそれだけでいい。
陽気な陽射しの下で花々を摘むナツミ。目尻を垂らして満面な笑みを浮かべ、温かい手をこちらに差し伸べる。ああ、その手を掴める日が来るとは。
始まりは一人だった。
たくさんの人と出会い、悩みーーーーその数だけ変われた。
一人じゃ何もできない。手と手を取り合って、話の通じないやつでも最後まで諦めない。そうすればいずれは不可能と思えることでも可能になる。
手と手を取り合えば、可能の輪が広がっていく。
その先で、彼女がーーナツミーーがいてくれること。
俺はそう信じてる。
…………?
花を摘むことをやめ、ナツミが立ち上がり歩き始める。足を止めたそこにはアミがいて、さっき詰んだのか、黒い花を渡した。
生のエネルギーに刻まれた記憶がーーーーアミの記憶が蘇る。
ナツミから託された希望。力。
ナツミの姿はもうどこにもない。
代わりに、彼女から受け取ったアミがこちらに向かって微笑んだ。
ーーーーこの力を使って、と。
……
…………
………………るな。
ーーーー諦めるな、ウシオ!
「……ッ⁉︎」
視界が広がる。
たしかに、たしかに聞こえた。胸の内から。いや、全身をめぐる死のエネルギーを通じて、聞こえてきたーーーーデスパイアの声がッ‼︎
眼前に迫り来る切先を止めることはできない。
それは当事者であるオレやヘルが一番理解している。
カチッ!
止められないはずの時間が止まった。
それだけではない。心の底から湧き上がるオレにはないはずのエネルギーが溢れ出し夢中になって唱えていた。
「五神封義の幕引き!!」
ガンガンガンガンガシャンッツ‼︎
それはオリジナルとは程遠い出来だっただろう。けれど、オレの中に秘められていたナツミのエネルギーが覚醒し、ヘルの動きを止めるにはあまりに十分だった。
時間が動き出し、気づけば鳥居に似た牢獄に封じられている。
ヘルは我を失っていた。
「何がどうなって……ッ⁉︎」
オレにだって分からない。けれど、生と死のエネルギーが急激に減少しているのをみるに、オレはまた助けられたのだと思う。
鎧の姿が蒼い炎と紅い氷に戻っている。
右手にもう一度だけ、光を灯す。
待っていてくれ。
二人を救って、いずれ必ず恩を返すから。
希望をこの手に。
掴み取る。
今、 踏み出す。
「真・蒼炎の奪盗……ッツ‼︎‼︎‼︎」




