裏の世界の友人たちにさよならを(1)
白い髪に赤い瞳。氷竜鎧を闇に染めたその姿は、モノカラーな鏡に映った自分を見ているようだ。
黒刀と赫剣がぶつかる度に、赤黒い稲妻が煉獄を駆け抜ける。
紅竜鎧の術に、特異な能力はなかった。それは一重に僕の力不足ということがあるだろう。修行もせずに術の真価を引き出せるわけがない。
それは彼も同様であった。
見よう見まねで作った黒竜の鎧。
紅竜鎧と同等の出力を発揮できるだけで神業だ。
ガッガッガッ!!
剣がダメなら、体術でアドバンテージをとる。
だが、神の運動神経はやはりいい。
「さすが神様!」
「それはこちらの台詞だ。神でも無いものが神に並ぶなんて。そこまでの力を持ち、彼女のそばにいられたのに、どうして守れない!」
ドドドッーーーーザッ!!
「僕にやれることはやってるつもりさ! 境遇とか立場とか関係ない。守りたいなら、煉獄とか地獄とかでも、這いずり出てみせろっての!」
パキキキキッ
ドドッ、ギギィン……っ!
「どの口が言うんだ!」
「この口さ! 現に僕は繰り返す過去から抜け出して、煉獄から這いずり出ようとしてるだろ! 不可能なんてないんだ!!」
「減らず口を……ッ」
「僕と入れ替わるって案は悪くないけどね。そこに辿り着くまでにイッちゃんは三度死んだ」
ーーーー千本紅柱の術。
ガガガガッ!!
「ぐぅ……っ。自分は棚に上げていいご身分だな!」
「まあ実際、僕がイッちゃんといい感じっていう自覚があるからね。少なくとも僕は彼女にとって、必要な存在ってことさ」
「……ッ!!」
死柱……ッ!
ズドドドドドトドッ!!
「あっぶな! 危うく串刺しになるところだったうおおおッ!?」
ガギィン……っ、ビリビリーーーッ!
赤黒い稲妻が走る。
「ぼくはもう、死の神とか、大罪とか、どうでもいい。独りぼっちのぼくを咎めるものは誰もいない。お前はぼくがさばく!!」
デスパイアの感情に呼応するように、鎧はさらに鋭利な形状へと変化し、禍々しい姿へと変貌した。まるで何も寄せつけない獣のようだ。
どこかで選択を間違えれば、僕も同じような姿で自分を見失っていたのかもしれない。
彼と違ったのは、僕には、イッちゃんがいて、ハナちゃんたちがいて。自分を高められるライバルがいたこと。
僕とデスパイアが入れ替わったところで、誰も幸せにならない。彼が助けたいと願うイッちゃんは、彼の知る『ハイネ』その人ではないからだ。
ならばこそ。
『あいつを救ってやろうとでも言うつもりか?』
レンゲが心の中から声をかけてくる。
『……答えねぇか。お前さんは相変わらず底なしのお人好しで馬鹿なやつだ』
レンゲに言われたくない。
『ばーか、褒め言葉のつもりで言ったんだよ。オレもあいつを何とかしてやりたい』
「……へぇ」
珍しいこともあるもんだと思った。
根は優しいやつではあるが、誰それ構わず手を差し伸べるようなタイプでもない。理由はどうであれ、自分を死の淵まで追いやったデスパイアを救いたいとは思わないだろう。
『……なんとなく、昔を思い出しただけだ。ずっとずっと一人きりで生きるってのは大変なことなんだ。それこそ、心を殺さないと生きていけないくらいにはな』
それに、と付け加える。
『オレに初めて声をかけてくれた馬鹿な恩人にそっくりだ。見た目もそうだが、特にハイネに一途なところとかな』
ころころ笑うレンゲ。彼の意図が分かるようでいて完全には汲み取れない。
とにかくさ、と区切る。
『オレたちとあいつが見ている世界は違う。ならこっちの世界に引っ張ってやろう。現実とか煉獄とかそんな小さい話じゃなくて、世界はもっと笑って生きていいんだって教えてやるんだ』
「うん、違いないや!」
デスパイアを救う。
何年、何十年、何百年と。彼とイッちゃんの間には僕には知り得ない絆、と呼ぶのが相応しいのかも分からない、繋がりで結ばれていた。
それをぽっと出の僕にとやかく言われて、ましてや救ってやるだなんて身の程知らずにもほどがあるだろう。
それがどうしたもんか。
馬鹿な僕には、神様の立場とか、想いとか、しがらみとか、そんなの知ったこっちゃない。
好きな人が同じだったのが原因で喧嘩をしただけの話。気が済むまで殴り合って、最後には好きな人の好きなところを語って笑えれば、それでいいじゃないか。
ああ、そうだな。
「君がイッちゃんのどこが好きになったとか、知りたくなってきた……ッ!!」
「お前と交わす言葉などもはやない!!」
針でつつかれるかのような痛みを伴い、死の神の殺気が一段と強くなった。鎧の周りを太陽のプロミネンスのように黒いエネルギーが溢れかえる。
レンゲの耐久力や、紅竜鎧の機動性をもってしても耐えきれない一撃が来る。
「レンゲ、後はよろしくね」
『ああ、任された』
僕は迫り来る災害に備え、思考を捨て意識の世界に集中した。
膨れ上がるは一頭の竜。真紅の体は燃え盛っているように見えて、触れることを一切許さない絶対零度の冷気を放つ。
僕の五体を食らい、血肉を咀嚼することで、よりどす黒い紅へと変貌していく。
しかし、ちっぽけな僕では腹が満たない紅い竜は、次の獲物が来たるその時を待ちわびる。
滴る血。
染みる汗。
風が傷口をなでる。
そうして。
全ての時が。
ーーーーカチッ
ぴたりと止まった。
「死の審判……ッッ!!!!!!」
「紅竜の術……ッッ!!!!!!」
ズオォオオオォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
ゴオオオオオオオオオオオオオォォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
漆黒に染まった月が空から降ってきたかのような馬鹿みたいな質量の一撃。
腹を空かせた竜といえど、月を食らい切る事は不可能か。
月と竜の衝突が、世界を揺らす。
ォォォオオオオオーーーーッ!!
「「いけぇぇええええええええええッ!!」」
ヒュッーーーー!
デスパイアにとってみれば、それは意識の隙間をかいくぐる不意の出来事であっただろう。
巨大なエネルギーの余波の中から、竜の獣人に変身したもう一人の僕が姿を現した。
「分身の術か……ッ!」
後ろへと飛び跳ね、構えの姿勢をとろうとも一歩遅かった。全てのエネルギーは黒い月に注がれ、自動防御は機能しない。
この勝負、ここまで読んでいた僕がもらった。
「なんて、思うこともこの眼で視ていたさ!!」
デスパイアの片目が紅い焔を灯している。千里眼を使用する力を残していた!?
分身の不意打ちは呆気なく防がれた。
「分身に頼って決着をつけようとは、他人任せなお前らしい最期だ。入れ替わった後のことはぼくが上手く事を運ぶから、安心して裏の世界で朽ち果ててるんだな!」
僕のエネルギーはすでに底をついている。術を使えたとしても分身の術くらいだった。
竜の獣人に見えるのは、単なるハリボテ。ガワだけを整え、威圧感を与えるためのフェイクにすぎない。
デスパイアの拳ひとつで蹴散らせるだろう。
夏の羽虫でも蹴散らすように、デスパイアは拳で分身を払った。
ガッーーーー
払った手を、分身が掴む。
「悪いが、オレは分身なんかじゃねェ」
仮にも神であるデスパイアの力をもってしても、振り解けない握力。当然、僕の分身ごときじゃかなうはずがない。
そう、デスパイアを拘束したあれは、僕の分身ではない。
正確には、僕の分身に憑依したレンゲだ。
「竜の獣人……ッ!? なんでお前が!」
「細かいことは気にすんな。オレはお前に文句を言いに来たんだよ」
「も、文句だと?」
「ウシオの表の権利を奪い取って、裏に引きずり落としてやるだの言ってるが、あいにくと裏はすでにオレの居場所なんだよ。ウシオとシェアハウスするつもりはねぇ」
やれぇ、ウシオ! と、レンゲが声を高らかに張り上げた。僕とシェアハウスは嫌だとか随分な言い草だけど、バッチリ作戦通りだ。
期待に沿えるよう、拳を固く握り締め飛び出した。
「いい加減、友達になろうよこの野郎……!!!!!!!!」
「ーーーー……ッッ!!」
ゴ……ッ
ゲンコツは頬肉を捉え、その先の頬骨までたどり着いた。押し返してくる力に負けないよう腰と肩に全力を注ぐ。
ガッッ、ザッザッァァーーーーッ!!
拮抗していた月と竜は、安らかに消えていった。




