顕現した白い神(4)
忍術に暗殺者としてのステータス。ヘビの獣人の俊敏さ。竜の獣人の圧倒的な蹂躙性。そして時間を止める力。
デスパイアは、僕は神に愛されすぎだと口にしていた。否定はしない、改めて振り返ってみると僕はたしかに神様に優遇されているみたいだ。
しかし、それは彼にも同じことが言えるのではないだろうか。
相手の感情を読み取り、自身の感情をエネルギーとして形する。喜怒哀楽が膨らむにつれて、使えるエネルギーも莫大になる。
僕と同様に時間を止める力を操り、さらには少し先の未来を視る力まで。多少とはいえ、空間を操る能力だって。もっといえば煉獄を運営するために必要な能力もごまんと持っているだろう。
愛されているのはどちらか、言うまでもない。
「何から何まで気に入らないやつ!」
「それはこちらの台詞だ」
煉獄の空を滑空するデスパイアは翼を大きく上下させ、エネルギーでできた銃弾の雨を降らせた。
いくら氷竜鎧を纏っているとはいえ、タダでは済まないだろう。
その場から駆け出すと、銃弾の雨がゲリラ豪雨のように僕の後を追ってくる。このまま逃げ続けては不利な戦況に陥るだけだ。
バッーー
氷の翼を生成し、デスパイアに向かって大空へと舞った。
「ぼくに近づかないと拉致があかない、だから空へと飛んだ。まあそれじゃ格好の的だと思うけど」
ブバッッ!
大地を削る銃弾がこちらにめがけて再び放たれる。こうなるのは僕だって分かっていたさ。
片翼を振るい、緊急回避に専念するも、
ドドドドッ
間に合わない。蜂の巣になった片翼が木っ端微塵になって崩れ落ちていく。
揚力を失った僕は真っ逆さまに落下した。
「あっけない終わりだ」
ぴゅん……っ!
光をも引き込む黒い光線が残影をともなって僕を一直線に貫いた。
パキパキパキと、肌に亀裂が走っていくとともに、表皮が冷たく凍っていく。
全身氷漬けになった僕は、最初からなかったかのように、消えてなくなった。
「……お得意の分身ってやつか」
「ーーーーご明察!」
正確には氷分身の術だけどね!
気配を殺してヤツの背後から至近距離へと到達した僕は、膨大なエネルギーを練り込み、
「氷竜の術ッ!!」
僕の代名詞とも呼べる必殺を繰り出した。
ほぼゼロ距離から生まれた巨大な竜がデスパイアを喰らい尽くさんとする。この至近距離じゃ時を止めても避けきれないはずだ。
デスパイアが背後のこちらへと振り返り、氷竜と触れそうになる、その刹那。
ガギィ……っ!!
デスパイアの翼から這い出すように禍々しいエネルギーが彼と氷竜を断ち切った。
すっかり頭から抜け落ちていた。
「絶対防御か……ッ!」
しかし、力の激突はエネルギーを練りこんだ氷竜が優勢だった。ものの数秒で防御を破壊するだろう。
その数秒が問題だが。
カチーーーーッ
時を止められたのが分かる。レンゲが戦った際に、デスパイアの時間停止を体験したおかげかもしれない。
体は動かないけれど、認識はできる。
翼を羽ばたかせ氷竜から逃げるように降下するデスパイア。このまま逃がす訳にはいかない。
僕の時間停止中に、デスパイアが時を止めて解除できたのなら……、
カチーーーーッ
できた。
時を止めるのと同じ要領で力を使うと、体に自由が戻ってきた。認識さえできれば同様の力で相殺できるとは、このことだったのか!
離れていくデスパイアの追跡を開始する。ヤツの背中はがら空きだ。
「だから、この未来も視えてるんだってば」
ぐるりと体をひねったデスパイアと対面に向き合う。
ハメられた。僕の油断を誘うためにわざと泳がせていたらしい。
「エネルギーの流れからお前が本物なのは見抜いている。じゃあバイバイ」
ピピピピピーーッ!!!!
「が、ぁ……ッ!?」
突き出された両手から、何十本もの光線が放たれ、僕の五体五臓六腑を貫いていった。
憎き相手の息の根をとめたというのに、デスパイアは相変わらず表情を変えない。
だが、指先は緩んでいる。
ーーーーここしかない。
蜂の巣にされた、もう一人の僕の対照地点から、僕は飛び出した。
僕を殺した未来から先を視ていなかった、もしくは視えなかったデスパイアは初めて目を見開いた。
「一撃で決める……ッ!」
氷剣の柄を握り返す。
強力な冷気を纏わせ、絶対零度を誇る鋭い刃へと仕上げる。
「氷牙一線の術ーーーーッ!!」
触れだけで固体へと凝固する空気が、文字通り刃先を避けるように裂けていく。
ワンテンポ遅れて自動防御が機能するも構成そのものを絶対零度が妨害する。
間違いなくデスパイアに届く。
「だったら、よかったのにね」
剣先がヤツの胸に抉りこもうとして。
暴発寸前の膨らんだ風船に穴が空いたように、胸の内からエネルギーが噴き出してくる。
あまりの風圧に耐えきれず、僕は勢いよく地面に落下した。
口元の血を拭う。
……完全に不意をついたはずだった。デスパイアの千里眼が未来を見るだけでなく、体内のエネルギーの流れまで見透かすことを見越して、エネルギーを込めた分身を作った。
「あぁ、分身には騙されたよ。念の為、トドメをさした後の未来まで確認していて助かった」
「……どれだけ先が視えるんだよ」
「やろうと思えばどこまでも。まあ、遠くなるにつれて焦点が定まらなくなって視えづらくなるけど」
少なくとも、僕がどれだけ不意をつこうとしても無駄だってことだ。
敵わない。
素直にそう思ってしまった。
ガイアやイッちゃんのように、日常に神様がいるから侮っていた。神とはいえど、僕たちと同じ喜怒哀楽に富み、生きている。
違うのだ。
神と呼ばれるには、神たる所以がある。
僕のようなゴロツキがどう足掻こうが、届くはずがない。
「また自己嫌悪か。さっきお前の仲間に咎められたところなんじゃないのかい?」
「……まさか、君に言われるなんてね」
どうしようもないものは、どうもしようがない。
神に挑めるのはせいぜい同じ神だけ。リュウシオにでもなれれば、『海』の神の力の一部が流れて、可能性が見えたかもしれない。
ーーーーいや、そうか。
神の力が宿れば、もしかして。
「…………」
自分の全身を見返す。
ハイネの斬首によって、至る所に彼女の血が染み付いている。
さらにいえば。
これまでに何十回、何百回、何千回も。過去をやり直す度に、ハイネの血を浴び続けてきた。目には見えなくても、僕の肌身に染み付いている。
ーーーーありがとうっ。
彼女の声が、聞こえた気がした。
ここにきても、君は僕を助けてくれるんだね。
全身の緊張が緩まる。森林の風にあてられても、深海の静けさに身を沈めても、得ることができない安心感。
息苦しさも、鋭い痛みも、消えてなくなった。
「僕のほうこそ、ありがとう」
「……なんだ? 何を言っている」
デスパイアの眉根が少し寄る。
あれだけ大きく見えたデスパイアも、こうみると案外あっけないものだ。彼女の声が聞こえた気がしただけで始発点に還った。
この戦いを終わらせて、早く戻ろう。
「気持ちの悪いヤツめ。また自己陶酔にふけやがって……ッ!!」
「ーーーーッ」
原点に立ち返ってみれば、案外思考は冴えるもので、あれだけ恐ろしかった触手の動きをハッキリと捉えられる。
一つ、また一つと迫り来る十手を躱す。
ズッ……シュッ……
当然、何もかも完全に避けられるわけではない。土壇場になって特殊な力に目覚めたとか、そこまで神様は僕を愛していない。
だが、これいい。
肉が裂け、血しぶきが飛び散る。肩から指先にかけて生暖かい赤色が垂れていく。
皮が捲れ、スライスするように触手が皮膚上を通り過ぎる。あらわになった肉を熱を帯びたエネルギーがなぞる。
「なんだ、なんだなんだ……ッ!! 突然抵抗するのをやめたと思ったら、ぼくの攻撃が当たらなくなって、お前の感情が読み取れない……ッ!!」
デスパイアは思考を直接読み取るわけではなく、感情の起伏を通じて思考を読み取る真似をしてるだけだ。
今の僕はいたってフラット。波を立てない湖より穏やかだ。
デスパイアは混乱に陥るも、すぐに思考を切り替えたらしく、瞳の炎を立ち登らせた。感情ではなく、未来を読み取ることにしたのだろう。
しかし、だ。
デスパイアはさらに声を荒らげた。
「未来すら読めないなんて……ッ!! こんなの有り得ないーーーーいや、有り得てはならない!!」
何かに気づいたようで、デスパイアは大きく目を見開き、歯を食いしばった。
未来が読めないということは、つまりーーーー少し先の未来の僕は、成功したということだろう。
「おっと……」
さすがに血を流しすぎたのか、体がふらついた。
そろそろ頃合いだろう。気持ちに余裕はあるけれど、肉体的には限界寸前のはずだ。
ざっ、と。
一歩一歩、デスパイアに近づく。
「君の過去に何があったのかは知らないけど、未来を視る眼を持ってるのなら、そもそもイッちゃんが危険な目に遭うことを回避できただろう」
「や、やめろ……」
「なのに、未来を視ることはなかったーーーーいいや、視ることができなかった」
「それ以上はやめろ……」
「なぜなら、神の力は他の神に通じないから」
「それ以上口にするな……ッ!!」
バババババッーーーーッ!
十本もの触手を無造作に振るうが、僕を傷つけることはできなかった。
薄く、薄く。
神の血を原料にした鎧が構築されていく。
「どういうわけか、僕の体には死の神のエネルギーが流れているらしい。不完全とはいえ、神の力の一端には違いない」
死の神の血を吸い上げて。
「そして、僕の服や皮膚、髪。いたるところにイッちゃんの……生の神の血が染み付いている。なにせ何千回と鮮血を浴びたからね」
生の神の血を吸い上げて。
死と生の二つの血から熱が奪われてゆき。
パキパキ。パキパキと。
冷気を帯びていく。
「くそくそくそ……ッ!!!! 有り得るもんか、有り得てなるものか! 神になることがどれだけ高貴なことで恐ろしいことで、苦しいことなのか分かりもしないお前がッ! 寄りにもよって、ぼくとあの子と同じ『死』と『生』を身に宿すなんて……ッ!!」
ズォォォォォオオオオ……ッ!!
レンゲが竜の獣人になってようやく凌いだエネルギー弾を、さらに二倍三倍と膨らませた超高密度の塊を生み出すデスパイア。
徹底して僕を殺す気らしい。
グォーーーー……ッ
巨大なエネルギーが人一人分にまで凝縮する。
「お前の存在は、ぼくたちの人生を踏みにじる!! ここで消えてなくなれ……ッ!!!!」
竜の鱗ですら卵の殻のように貫くであろう、まさに神の御業とも呼べる一撃必殺。
パキパキパキパキパキッッッーーーーッ!!
紅い切っ先を向け、意識さえ吹き飛ばしかねない衝撃に立ち向かう。
光線は切っ先から左右に裂けていった。同時に、超高密度のエネルギーに触れた剣が塵となって失われていく。
拮抗は、瞬く間に終わりを迎え。霧散したエネルギーは周りの地形を変えていった。
肺が焼けるほどに熱を帯びた粉塵に包まれる。
「はぁ……はぁ……っ」
さすがの神様でも、よほどのエネルギーを消費するらしく、デスパイアの息は荒い。
対して、僕はといえば。
ボロボロだ。
「ーーーーその姿は……」
粉塵が晴れ、僕とデスパイアは改めて対峙した。
誰がどう見ても、僕は瀕死と呼べるほど血を流して傷だらけだろう。
だが、血は次第に氷へと固まり、鎧の一部となる。
姿形は氷竜鎧の術とほとんど変わらない。
しかし、根本的に質が異なる。それどころか、比べ物にならない。
ーーーーウオ、借りるよ。
神の血を混じえた、氷の鎧。
初めて出会った時は、彼女の髪は穢れを知らない純白だったのだろう。
でも、ウシオとして出会ったときの、彼女の紅い髪が忘れられない。
少し気恥ずかしいけれど、こう呼ぶとしよう。
紅竜鎧の術と。




