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ライス・ライフ〜女の子に食べられた僕は獣に目覚めました〜  作者: 空超未来一
第5部【モノカラーの神編】 - 第9章 螺旋の煉獄から
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顕現した白い神(3)

 敵。

 明確に宣言したデスパイアからは、死神と名乗るだけの殺意を感じる。レンゲですら、体が強ばり指先が微かに震えている。


 ーーーーヒュビッ


 風にさらわれる枯葉のように意識の外にある存在だった。それが攻撃だと認識したのは、体のウロコにヒビが走った後のことだ。


「なん……ッ!?」

「なるほど、(ダーク)(ホール)を耐えきっただけのことはある。見事な装甲だね。ドリル状の攻撃では貫通しないか」


 淡々と。着々と。

 デスパイアは冷静に分析を進める。


「しかし、ヒビが入るだけの効果はある。しばらくはこいつで続けよう」


 デスパイアの背後に異空間につながりそうな虚無の穴が発生し、そこから九本もの触手が飛び出してきた。ひとつ残らず先端が鋭利なドリル状になっている。

 合計、十本の殺人兵器を従える。


「……嫌な感じだ」


 じっとりとした汗が背中を伝う。冒険者である僕の体に憑依しても、勝ち目は薄い。

 やはり、神に立ち向かうのは無謀なのだろうか。


「……ふん。何が神に立ち向かうのは無謀なのだろうか、だ。お前さんは実況できるくらい余裕そうだな、ウシオ」


 だって、こんなこといくらでもあったし。その度に乗り越えてきたからね。

 レンゲだって……いや、僕と一心同体だったレンゲだからこそ、よく知ってるはずだ。


「まぁな」


 レンゲは片側の口の端を少し釣り上げ、呼応するように拳が固く締まっていく。


 パキパキパキ……ッ


「今まで以上に表面の強度が増したか。まだそんな力を隠し持ってたんだね」

「能ある鷹は爪を隠す。まあ、ヘビは鷹に狩られる側なワケだが……ヘビが竜に昇華したら、どうなるかなんて結果を見るまでもないよな」


 ザッーーッ


「ぼくは不意を突かれない」


 一気にデスパイアとの距離を詰めたレンゲが毒を滴らせた爪を突き出す。デスパイアは二本の触手をバネにしてそれを回避した。

 残った八本のうち六本を従え、前後上下左右から逃げ道のない死刑を執行する。


「逃げ道がなければ作ればいいだろ」


 レンゲが怯むことはなかった。

 毒の分泌量が増えたかと思えば、駒のように体を回転させて迫り来る触手に散らす。

 得体の知れない物質にも関わらず、猛毒は触手の先端から跡形もなくとかしていった。

 その合間を縫い、強制的な死刑から免れる。

 これが数秒ほどの出来事。

 それだけでは終わらなかった。


「ーーーーッ」


 レンゲは回避した勢いを利用して、再びデスパイアに接近した。鋭利な爪を光らせ、今度こそ死神の柔肌を貫かんとする。


「…………」


 ここまでしても、デスパイアは眉ひとつ動かさい。

 残った二本の触手を使い、先ほどと同じ要領で宙に舞い、レンゲの毒牙から免れる。

 追いつけない。

 自分も相当強くなったものだが、同等かそれ以上の実力を誇るレンゲでさえ届かない存在。

 神を侮っていた。


「戦闘中に闇堕ちする癖は昔から関心しねえぞ、ウシオ。反省会なら戦いの後にでもやりゃあいい! だから生きて帰るぞ……ッ!!」


 ……本当に、こいつには何もかも筒抜けらしい。

 やってやれ、レンゲ。

 君の力はまだまだこんなもんじゃないだろ!


「こっちもギリギリだっつーの。まァ……まだやれるけどなッ!!」


 レンゲが胸も腹もはち切れるんじゃないかと心配になるほど空気を一息に吸った。

 すべての触手を使い果たし、宙に逃げたデスパイアに向かって、口を開く。

 竜といえば、これだ!



(ヘヴンズ)破滅(ブレス)……ッ!!!!」



 ゴオオオオオオオオ……ォオオッ!!


 空気をも灰に還す超高温の炎の息。

 触手を使い切ったデスパイアに逃げる手段は無い。絶対防御があろうと、ただでは済まないはずだ。

 盤面はひっくり返る。



「それも視えていたよ」



 でまかせだと、そう思うしかなかった。ヤツの触手を全て使い切らせるほど追い詰めた。

 カウンターを退け、逆にカウンターを決める形で手札を切らせたはずだ。

 それでもなお、デスパイアの手のひらの上のことだと言うのなら。

 ヤツの力はデタラメすぎる。

 迫り来る炎を、


 ぎゅうぅん


 自然には存在しないような音を伴って、指先で描いたブラックホールの中に飲み込んだ。

 そして、


 ゴオオオオオオオオ……ォオオッ!!


 反対のベクトルに転換された炎が僕たちの目の前を覆い尽くした。

 レンゲ……ッ!!

 入れ替わってる僕でさえ、伝わってくる熱の量。いくら物理干渉を受けないウロコであろうが、全身を包まれてはタダでは済まない。

 大丈夫か、レンゲ!?


「ケホ……ケホッ。るせぇ……何ともねェよ」


 煙を吐きつつも、レンゲは無事だった。しかし、足腰に力が入らないくらいにはダメージは蓄積されていた。


「ンなわけねェ。口から出てる煙も、炎を吹いたからに決まってる。あいつが返してきた攻撃のせいじゃない」


 頑なに認めようとしない。

 しかし、だ。

 デスパイアの能力は主に三つのはず。時を止める力に、感情をエネルギーに変える力。そして少し先の未来を視るという千里眼。

 彼の言動から考察するに、あの切迫した戦況の中でも千里眼を使えるのだろう。レンゲの先の先を読んだからこそ、炎を吸収し、返せたのだろう。

 そう、問題はあの異空間なのだ。


「死の神が二人存在するのは表と裏の世界を統治するため。そして、『時間』と『空間』というあまりにも大きな概念を司るためだ」


 僕の思考でも読んだのか、デスパイアは語らう。


「ぼくは裏の世界を統治し、『時間』を操る神である。だからといって、もう一人のアイツができてぼくにできないわけじゃない」


 つまり、と。

 デスパイアは指先でなぞった輪郭から異空間が出現し、その先に手を突っ込む。


 ドクン……っ


「ぼくだって、少しくらい『空間』に関する力は使えるさ」


 心臓を鷲掴みにされたような感覚。正確には、背中から腕をねじ込まれている。

 これは、まさか。


「ぐが……っ」


 レンゲの意識が急激に薄れ、半ば強制的に僕の意識が肉体に宿った。途端、レンゲが受けていた全身の痛みや怠さに襲われ、意識が飛びそうになる。

 ずれる焦点をなんとか合わせ、僕の背後に立つデスパイアを見上げた。

 彼は微かに光を宿した球体を手にしていた。

 蒼炎(ジャッジ)奪盗(メント)。リュウが持つ技の中でも特に強力なもので、概念やエネルギーを相手から引き出すことを可能とする。

 デスパイアは、それと似たような能力を使って、レンゲの持つエネルギーを奪ったのだろう。


「おおかた、お前の推測通りだ。ぼくの場合、感情を掴むことで間接的にエネルギーを引き抜いている。しかし驚いたな。相当なエネルギー量を奪ったつもりだったけど、まだ存在を保っているらしい」

「……あいつはヘビみたいにしつこいやつだからね。そう簡単にくたばったりしないさ」


 そう強がっては見るものの、心の中にいるはずのレンゲの反応はない。回復するために一時的に眠っているだけならいいけど……。

 デスパイアがエネルギーをくしゃっと握りつぶすと、光のつぶとなって霧散した。

 冷酷無慈悲な瞳で地に伏す僕を見下す。


「あとはお前だけだ。神に愛されながら、神を殺したウシオ」

「……」


 ゆらりと、静かに広がる十本の触手。ドリル状だった先端は、それぞれ多種多様な武具の形へと変化している。

 ありとあらゆる処刑方法で、僕は肉塊へと成り果てるのだろう。


「……僕が犯した大罪って、なんだ」

「言ったところで何になる。朝から晩まで神にでも懺悔して許しを乞うのかい?」

「僕にできる、最大限の償いをする」

「たとえお前の命を犠牲にしてでも?」

「……僕の命は、簡単には差し出せない」


 僕の命は、僕だけのものじゃないって気づかされた。僕が泥を啜ってでも生き延びて、その結果、大切な人を守れるなら。

 僕は生きる価値があると胸を張って言える。


「クサイな。お前が命を懸けたところで、どれだけ守れるというんだ。お前のソレは戯言だ」

「心の底から思ってる。感情を読み取れる君なら、分かるはずだろう」

「お前のソレが本物だというなら、すでに行動に移せているのか? 肝心な時に、お前の命に替えてでも彼女を守りきった実績があるのか?」


 デスパイアの語気が強くなる。

 ……たしかに、彼の言うことも一理ある。僕は肝心な時に限って、大切な人を守れない。

 いつも、間に合わない。


「そんな僕でも、彼女は必要としてくれた。いつもそばにいてくれた」


 キスだってしてくれた。


「だから僕はもっと力をつける。それだけじゃない、戦う前から危険な要素は排除する。彼女が、生きやすい世界を作っていく」


 それでも、彼女の身に不幸が訪れようものなら。

 命に替えてでも、彼女をーーーーイッちゃんを守ってみせる。



「信じられるわけないだろう……ッ!!」



 鼓膜を破るような怒声だった。

 冷静・冷酷を体現したかのような男が鬼にも劣らない激しい怒りを露わにした。


「独りでもやるしかなかった! お前が弱いから、情けないから。そばにいることが許されてなお、怠惰だった!」


 暴風に長髪が吹き上がるように、感情に等しい触手があたり一面に乱れ散る。


「なんで、ぼくじゃダメなんだ。ぼくは独りぼっちで、でも彼女がやってきて独りじゃなくなって。また独りぼっちになって」

「なんの……話をして……」

「彼女を失うのは命を失うより怖かった。それでも、ぼくは手も足も出せない状況で。身が悶える夜を何度も過ごした」

「……」

「もし、ぼくがお前だったらーーーー」




 彼女は今も、美しい七色の翼を伸ばして、幸せに過ごせていただろうに。




「もう一度だけ、最後のチャンスをあげる」


 哀と怒りに染まった感情をぶちまけていたデスパイアは、脈絡もなく、そう言葉にした。

 乱れていた触手は、対をなす漆黒の翼に変わっている。


「ぼくと命を賭けて勝負しろ。お前がぼくを殺せたのなら、お前の気持ちが本物だと認めて、大罪を肩代わりしてやる」

「……わかった」


 デスパイアの提案に異論はない。好き勝手言われて、僕も黙っちゃいられなかった。

 デスパイアが僕だったら、イッちゃんは幸せだった? それも、僕も知らない虹色の翼を伸ばして?

 ふつふつとはらわたが煮えくり返る。

 人はこれを、怒りと呼ぶのか。嫉妬と呼ぶのか。

 今はどちらでもよかった。

 イッちゃんとお似合いなのは、僕のほうだ。


「ぶん殴ってやる」

「死ね」

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