顕現した白い神(2)
神様というやつは、どうも触手プレイが好みらしい。
大地の神・ガイアやその弟子のハナちゃんは植物を触手のように操る。今回の場合、死の神・デスパイアは感情をエネルギーとして形をなし、触手として猛威を振るう。
「くそ……! 数が多すぎて近づけないっ!」
「ハイネを救うヒーロー様ってのはこんなもん
なの? 期待を裏切るなあ」
テキトーな合唱コンクールの指揮者のように、あれやこれやと指を振る。彼の演奏に応じてエネルギーがデタラメな破壊力で周囲を荒らした。
これだけのエネルギー量だ。体力の消費は激しいと思われたが、彼の様子は変わらない。
むしろ、愉快に鼻歌を歌う。
「いーちにーっ、さーんしっ、ほいほいほい」
真正面から迫りくる触手を避けたかと思えば、その先で新たな触手が待ち構えている。剣の柄から力を抜き、手のひらを和らげて何とか切り捨てた。
さらなる触手。はたまた触手。
エネルギーで構成された触手のオンパレード。
神と名乗るだけあって、エネルギー量が尋常ではない。
長期戦は不利。かといって、短期で挑もうとしてもこの触手の雨を切り抜けなければならない。
「あーあ、もう飽きてきたなあ」
デスパイアは気だるげそうに首を少し傾けた。
虚ろな目で、僕を見据える。
「終わらせるか」
ジュオ……ッ
やつが手の平を掲げたと同時に、直径一キロ以上を超える巨大なエネルギーの塊が出現した。散らばっていた触手を集約させたのだろう。
似たような技を見たことがある。
初めてリュウシオとして戦った、あのとき。
シオンが闇の塊を発生させた。
あれは、経験則上からも、目の前の体感でも、ヤバいの他に言葉が見つからない。
「死ね」
無慈悲な言葉と共に。
放たれる。
まずい、まずいまずい!
思考がまとまらなくて、次の行動のイメージが浮かばない。氷竜鎧を纏って防御系の術を展開するか。いいや、あのバカでかい一撃に耐えられる自信がない。
それではヘビの獣人か? いっそのこと竜の獣人に変身すれば何とかなるかとしれない。いや、この速度じゃ間に合わない……ッ!
気づいた時には。
エネルギーは目前にまで迫っていた。
豪ォ……ッ!!
激しい熱量とともに大地を粉々にするパワーが繋がれた大地を粉々に打ち砕いていく。
凄まじい。
体の感覚がなくなりゆく中で、ぼんやりと思う。
「ーーーーったく、ない頭で考え事ばかりするからだぜ……ッ」
「……ほぉ?」
僕では無い僕が、言う。
粉塵があけ、何が起こったのかようやく理解した。所々、剥がれたウロコ。しかし、あれだけの衝撃があったはずなのに五体満足で済んでいる。
僕と入れ替わったレンゲが、竜の獣人となり攻撃を凌いだらしい。
「まさか、真正面から受けて立ってるなんて。噂に聞く竜の獣人。よく変身できたね」
「竜の獣人はもともとオレが発現したもんでな。アホのウシオとは違って適合率が高いんだよ。だから変身の速度も能力も、次元が違う」
そこまで言わなくても、分かってます。こう見えて傷つきやすいのでやめてください。
僕の声は聞こえているだろうに、レンゲはデスパイアから意識を離さない。
それほど、強敵ということだろう。
「面白い」
デスパイアは瞳を見開いた。
朱色の眼光が、レンゲを捉える。
「ぼくから逃げ切ってみせてよ」
「お前がオレから逃げないようにの間違いだろ」
カチ……ッ
前触れもなく、時の止まる音が聞こえた。空気の流れが止まっているのが肌身で感じられる。
デスパイアが能力を使ったのだ。
先ほどまでは、デスパイアが能力を使っていると感じることさえできなかったのに。
今は相手の動きがわかるどころかーーーー動けさえする……!
「丸見えだぜ、馬鹿野郎!」
「な……っ!?」
僕らが動けるとは思ってみなかったのだろう。
隙だらけで距離を詰めてきたデスパイアを、レンゲはこちらから出向いてぶん殴ってやった。
しかし、デスパイアの四方から彼を囲むようにエネルギーが集まり、レンゲの一撃を防いだ。
レンゲは舌打ちする。
「ケッ、神特有の自動防御機能ってか」
ガガガ……ッ!
そこから数撃ジャブを放つも全て防御機能で防がれてしまう。
虚をつかれたデスパイアは我に返り、余裕を取り戻す。
「惜しいね。ただ神の防御を甘く見すぎだ」
「甘いのはお前ちゃんだっての……!!」
攻撃を続けるレンゲ。
言葉と共に力を込めた一撃を打ったと同時に、絶対防御であるはずの壁が砕け散った。
今度こそ、デスパイアは驚きを隠せなかったらしい。それを見逃すレンゲではなく、回し蹴りをお見舞する。
ーーーードンッ!!
吹き飛んだデスパイアは体勢を整えようとするも、耐え切れず膝をついた。
初めてだ。
初めて、デスパイアに攻撃を与えられた!
レンゲ、すごすぎぃ……ッ!!
「相性がよかっただけだ。オレの竜の獣人はいかなる環境的影響を受けない。時を止めても意味がないのさ。それに、絶対防御だろうがなんだろうがヘビ能力である毒で全て塵にしてやる。オレの竜の獣人ならな!」
同じ竜の獣人でも、僕には到底真似できないことだ。二回言わんでも分かる。だからもう傷つけないと約束して……。
「そんなわけだ。逃げるのはお前のほうになりそうだな、死の神さんよ」
「……ごめんね、ぼくが間違えてた」
「あん……?」
突拍子もなく弱々しい声を出すもんだから、さすがのレンゲも拍子抜けしたらしい。
ぬらりと立ち上がったデスパイアはーーーーそれまでの彼ではなかった。
彼の輪郭が、蜃気楼のように揺らめいている。どちらかといえば細身の体なのに、重機を相手しているかのような威圧感を受ける。
何より、目が違った。
聖火台のように、炎のごとき光を瞳に宿している。
「侮っていたよ。今からお前は、死の神の敵だ」
敵。
たったのその一言で、指先が震えた。




