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ライス・ライフ〜女の子に食べられた僕は獣に目覚めました〜  作者: 空超未来一
第5部【モノカラーの神編】 - 第8章 地獄の果てで死にキスをする
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それは遠雷のように(3)

 そこは、いつもの洞窟ではなかった。

 広がるのは碧に満ちた自然の中。陽の光が地面に落書きするように無数の葉の影を型どる。地面は猛牛の群れが通り過ぎたかのように荒れ果てており、ところどころで粉塵が舞っている。

 相対するは、朱に染った大地の神の見習い・若かりし頃のハナちゃん。

 そして、僕の胸の中で——ハイネが可愛い寝息をたてている。

 あぁ、そうか。

 僕は、戻ってきたんだ。


「あ、あなた意識が戻って……それより、その女は心臓を貫かれたはずじゃ……」


 幽霊でもみたような形相で、ハナちゃんが指摘した。

 白い世界でハイネが言ってた『現実のわたしが痩せ我慢しちゃって』というのは、そういうことだったらしい。

 僕の暴走を止めようとして、ハイネは心臓を貫かれて……でも、僕が目覚めたら何事も無かったかのような回復した。

 どういう理屈が働いたのか僕にはさっぱり分からない。けれど、この世界もある意味では夢の延長みたいなものだし、考えるだけ無駄かもしれない。

 そう。

 僕は、この煉獄から抜け出さなければならない。


「おまたせ……っ!」


 抱えるハイネをゆっくり地に寝かし、ハナちゃんと彼女を区切るように、足で境界線を書いてやる。

 ここから先は埃ひとつであろうと越えさせない。


「……舐められたものね。わたし、そこらの獣人ほど弱くないから」

「僕も、そんじょそこらの神様見習いには負けないつもりだけど」

「言わせておけば……っ!」


 ハナちゃんは大地の神の権限を一部行使して、周辺の木々を伸縮自在に操った。幾つもの枝木が絡まり合い、ドリル状と化して僕を貫かんとする。彼女の十八番芸だ。

 僕は氷竜鎧を装着し、両手を前に突き出して真正面から受け止めた。


「私の攻撃を素手で⁉︎」

「この程度で驚くなんて、ハナちゃんも可愛いね」

『——手首の骨にヒビ入ってるくせに、調子いいよな』

「そーいうのは言わぬが華でしょうが!」


 どこからかレンゲの声で余計な合いの手が入った。傍観するとは言っていたが、まさか僕の心の中から覗いているとかそういうことだろうか。

 いつから僕の心の中にいたのか、後で問い詰めなければならない。


「ぶつぶつと独り言を呟いて……気持ち悪い」

「独り言じゃないもん!」

『——気持ち悪い語尾やめろ』

「君のせいだからね⁉︎」


 ハナちゃんの顔つきがより険しくなる。この出来事を通して僕のことを好きになったと現実のハナちゃんが教えてくれてたが、むしろ嫌われるのではないかと心配になる。まあ、煉獄の世界は夢のような存在なので、現実に影響はないだろうけど。

 ハナちゃんの猛攻は続く。

 現実のハナちゃんと戦ったことのある僕だからこそ分かるが、この頃のハナちゃんは力を身につけたばかりで、技にキレがない。氷竜鎧の術で十分対応できた。


「どうして、どうして攻撃が通じないの! 私は神の見習いなのに!」


 彼女の怒りに呼応するかのように、触手の数が増え、強度がさらに増していく。その一方で、攻撃の軌道が雑になっているのが目に見えてわかった。

 決定的瞬間が訪れるのに時間はかからなかった。

 彼女と僕とを結ぶ一直線の隙間が生じる。

 弾丸の如く、僕は大地を駆け抜けた。


「チェックメイトだね」

「——え?」


 あごの裏にクナイを当てられていると彼女が気づいたのは、僕が懐に潜り込んでから数秒経ってのことだった。

 力の差は歴然だ。


「これ以上戦っても意味はない。君の身に何があったか、僕でよければ話を聞かせてよ」


 史実通りであれば、戦いを続けた果てにハナちゃんは神の力を暴走させる。現状は僕の戦闘力のほうが上だけど、暴走したハナちゃんを相手取るとなると只では済まないだろう。

 だったら誰も傷つかない話合いで決着をつけるのが平和的だ。

 ——なんて、さすがに希望的観測すぎたらしい。


「……私から強さを抜いたら何も残らないじゃない」


 ぽつりと、ハナちゃんが呟く。

 直後、


「私から、もう何も奪わないで……ッッ‼︎」


 地面が揺れたかと思えば、亀裂から樹木でできた視界を覆い尽くすほどの巨大な両手が出現した。まるで地獄から這い出たかのような悪魔の手が僕を握りつぶそうと両脇から襲いくる。

 氷の剣を生成し、悪魔の指を切断することで間一髪免れることに成功した。

 が、


「切り落とした指がもう再生してる」


 この悪魔の両手は過去のコクメも対峙したことがある。記憶通りの再生力だ。それにとんでもない防御力も健在なのだろう。

 まったく……どうしたものか。

 コクメは彼自身も知らない潜在的な力が奇跡的に覚醒し、なんとか乗り越えたみたいだが、二度起こる奇跡は、もはや奇跡ではない。

 巨大な手が大きく開き、僕たちに影をかける。

 圧倒的な質量に、僕は思わず後退りした。

 そこには先ほど引いた境界線があり、すぐ後ろではハイネが倒れている。


「あれだけの啖呵を切っておいて……やっぱり僕ってカッコつかないよね」


 つい、苦笑する。

 氷竜鎧であろうと、ヘビの獣人であろうと、時を止める力であろうと、あの悪魔の手には敵わない。可能性があるとすれば、竜の獣人だろうか。

 竜の獣人であろうと、他の力を併用しなければ、勝敗は五分五分といったところだ。完全にコントロールできていない今、一か八かの賭けに出るのはリスクが高い。

 悪魔の両手の後ろから刺す光は、逆光だ。その先に進まなければ、煉獄からは抜け出せず、はじまりの洞窟に戻ってしまう。

 やるしかないのか。


『——ったく、お前さんはホントに世話が焼けるよな』

「……レンゲ?」


 それまで傍観していたレンゲが、心の中から語りかけてくる。


『——お前さんが思ってる以上に、見守・・るってのは根性がいるもんだ。ただまあ、お前さんが覚悟を決めた今、見守る必要もないのかもな』


 突拍子もない台詞に、僕は理解が追いつかない。

 そんな困惑する僕に、レンゲは鼻で笑った。



『代われよ、オレがなんとかしてやる』



 次の瞬間、僕の意識は体から離れ——体を動かせるようになったときには、悪魔の両手は粉々に打ち砕かれていた。

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