孤独(2)
僕は、何度も過去を繰り返した。
立ちはだかる仲間を斬り捨てる度に、幸せだった別の可能性が脳裏にちらつく。
幻だと思う方が無理なのだ。
そこにはぬくもりがあった。そこには愛があった。そこには友情が、優しさが、思いやりが確かにあった。
悲しみがなかったわけではない。僕たちがもっと早く獣人の村に着いていれば、ネズちゃんやウオの親友のアンク君だって救えたかもしれない。
いや、実際に救った。繰り返す過去の中、彼女たちを救うルートだって辿った。本当に、形容しがたいほど、笑顔が絶えなかった。
彼女の――――イッちゃんの首が落ちるのキッカケにすべてが無に戻るのだが。
「…………」
これは現実ではないと、脳が擦切れるくらい自分に言い聞かせた。
大男、アイスちゃん、ミツキちゃん、ウオ。何もかも史実通りに進め、切り捨てるべき者は容赦なく殺した。
出会いを重ねる毎に、彼らの生きてきた背景をどうしても知ってしまう。
隣家の絆に憧れ、触れようとした大蜘蛛の獣人。
幻獣の力を手に入れ、自分の村を絶対に傷つけず、隣の町との平和の架け橋になろうとしたカケスの獣人。
友達が自慢してくれるような立派な自分に変わりたかったカツオノエボシの獣人。
そして、人と獣人との線引きが必要だと考えた忍者の冒険者。
誰もかれもが変わりたい・変えたいと願い、一生懸命に生きようとした。
ほとんどが夢半ば……終わってしまった。
幻だからといって見過ごすのが正しい選択肢だというのなら、僕は愚か者でいい。
でも、それでも。
僕が心を無にして史実通りに従ったのは、彼女の死が耐えられないから。心を空っぽにしたって、大切な彼女の首が落ちて血の噴き出す姿は、見るに堪えない。
自分勝手なのは分かってる。
勝手は承知の上で、僕は彼女を選んだ。
「はぁ……はぁ……っ」
神の力を暴走させるハナちゃんを倒し、裏切り者のレンゲを撃破した。
身体は史実通りボロボロ。
このままいけば、僕も暴走してコクメとしての生を終えるのだろう。
悪夢の出口は目の前だ。
「イッちゃん!」
「ほう、まさか君がここまでたどり着くとは!」
首切り台にかけられたイッちゃんと、彼女の命を繋ぐ綱を握るクロ。
さあ、もうすぐだ。
この地獄から、抜け出そう。
ありがとう。
紡がれた言葉を耳にして、はっと気付かされる。頭からすっかり抜け落ちていた。
そうだ、そうじゃないか。
処刑の寸前、自分の命の危機だというのに。
イッちゃんは最後の最期でありがとうと、僕に感謝した。
違う、そうじゃない。
その言葉を口にするのは僕のほうなのだ。
出会った時から、生まれ変わった後まで。
イッちゃんはずっとずっと、ずっと、僕に寄り添って支えてくれた。
あの笑顔に、あの激励に、何度奮起させられたことか。
ありがとうと、伝えようとした。
彼女の顔はもう、そこにはなく。
首切り台の下に転がっていた。
「……あぁ……あああぁぁ……ッ!!!」
意識が遠のいていく。
これから僕は自我を失い未知の力を暴走させる。ハナちゃんが命を賭けて僕を抑えようとして、レンゲがトドメを刺してくれるんだ。
ここで死ねば、きっと無限に続く時間が終わり、デスパイアと邂逅するのだろう。
これでよかった。
彼女には伝えられなかったけど。
デスパイアを倒して現実に戻れば、今を生きるイッちゃんと再会できる。
その時にでも彼女に伝えればいい。
だって目の前惨劇は――――彼女の死は幻なのだから。
無理だ。
ダメだ……頭ではわかっているのに。僕は彼女の死を受け入れられない。
なんで、どうして最期にありがとうと言ったのだ。僕は感謝されるような人間なんかじゃない。
死なないで。どうか死なないでほしい。
ぐるぐるぐると視界が渦巻いていき――――僕はまた始まりの洞窟の中で佇んでいた。
「終わらなかった……?」
悪夢は永遠に終わらない。
僕は。
何度も。
何度も何度も過去を繰り返した。
人は、たとえ友人の死であろうとも、心を防衛しようとして慣れが生じる。
もう、誰を殺したって苦しくない。誰が死のうとも関係ない。
彼女さえ、生きてくれれば。
何度も迎えたエンディング。どうしてもイッちゃんの死だけは慣れもしないし、心が腐り落ちていく。
「私の相手になってくれるの……?」
赤く染まったハナちゃんと殺し合った回数も、もう両手じゃ数えれ切れない。
神の弟子というのは幻獣と同等……いや、それ以上に凄まじく、今の僕であろうとも毎回瀕死の状態に追い込まれた。
身体はボロボロ。
心はズタズタ。
全てを吐き出すには十分すぎるほどの条件だ。
僕はもう僕じゃなくなる。
僕でいたくない。
から。
解放する。
ウシオとコクメ。
その更に過去へと繋がる、根底の力を。




