孤独(1)
みんな笑顔だった。
何ひとつ悲しみのない理想の世界線。現実に戻れなくたって、いっそここで生きてもいいと思える最高のハッピーエンド。
すべて、すべて。
すべてが無に帰った。
砕かれたはずのエクスカリパーがそばに転がっている。杖の代わりにして、よろよろと立ち上がり洞窟を出る。
憂鬱だった。いつも目覚めると同じ景色があって。ゴールは、出口は……正解は何なのか。
「オレたち――――何回目の出会いだ?」
もう何度聞いた質問だろう。答える気にならなくて、地面に視線を外す。答えない僕を訝しんだのか、レンゲが詰め寄ってくる。
しつこい奴だ。
「何回目の出会いだ?」
「そんなのもう数えてないよ」
「そうか」
適当にあしらった。
つもりだった。
カチっ
時間が止まる。
世界は色あせていき雲の流れから風の囁きまで何もかもが仮死状態となった。
ほんの一秒にも満たない時間を止める能力。コクメから僕に継承された唯一の力。
使っていない。能力を発揮していないのに時間が止まっている。それも一秒どころの話ではない。
「やれやれ。ようやっと君に自己紹介ができるようだね」
僕以外に動くことを許された特異な存在――――表情のないレンゲが僕に語りかけてくる。理想を壊した最後のレンゲにそっくりだった。
いや、違う。レンゲじゃない。
こいつは――――誰だ?
レンゲの皮を被った何者かは、レンゲには似合わぬ紳士的な振る舞いで、名を名乗る。
「ボクはヘル。死の神・デスパイアの弟子にして、師の愚行を止める者さ」
たった一呼吸の言葉なのに情報量がめちゃくちゃだ。死の神に、その弟子で、死の神の愚行を止める?
死の神とは、イッちゃんとは逆に位置する存在のことだろうか。そういえば死の神がいると言っていた気がする。
「時間がない。手短に伝えさせてもらうよ」
表情のないヘルはその無粋な態度は裏腹に滔々と話し出した。
大前提として、この世界は地獄と現実の狭間・煉獄であり、現実の僕は仮死状態らしい。デスパイアの権限により僕は煉獄へと誘われ、形成された個人の心象世界で走馬灯を繰り返しているそうだ。
「僕が何回も洞窟に戻るのって……」
「デスパイアの力だ」
本来は人生を振り返り、魂を浄化するために用いられる神の権限。
しかし、デスパイアは僕を半ば強制的に煉獄へ落とし無限に走馬灯を繰り返させている。これは自然の理に反し、デスパイア自身の首を絞めることであるという。さらには無理やり『生きている僕』を引きずり込んだことで生と死の境界線が曖昧になり、現実では死人が復活し、生ある者は生気を吸われて衰弱しているそうだ。
「弟子として師の愚行は見過ごせない。だから君と一番近いこの身体に潜んでいるんだ」
デスパイアの不意をついてこの事象を終わらせるためにとヘルは説明を終える。
不可解な点は残るが、一連の出来事の輪郭はなんとなく見えた。この世界に連れてこられたあのとき、語りかけてきたのは死の神・デスパイアだった。
僕が犯した大罪を償わせるための愚行。
今はそんなことどうでもよかった。
「みんな、笑ってた」
「ん?」
「泣いてる人は誰もいなかった。みんな幸せそうだったんだ。本当なら命を失うはずのアイスちゃんも、オクトちゃんも、それに敵対していたウオだって。みんなみんな温かそうだった‼」
「ただの幻になにを熱くなってるんだい?」
素敵な夢から覚めたからって、夢を現実にしろとだだをこねる子供みたいだ、とヘルは、ふふっ、と初めて表情を変えた。
「過去は変えられない。君が成すべきことはただただ過去を辿り最後を迎えることだけだ。終着点につけば、この世界から脱出するヒントが見つかるだろうからね」
そろそろ限界だし、世界の流れを再開させるよ。彼が言うとモノカラーの景色に彩りがうっすらと戻り始める。
時が息を吹き返し、風が僕の首筋をなでた。
「おい、おーいってば。こいつ、立ったまま気を失ってんのか……?」
目の前の彼もすでにヘルではなく、元のレンゲの人格に戻っている。レンゲを演じているのではなく、レンゲの中に隠れているのだろう。
突きつけられた事実に頭は真っ白だ。
……そして。ああ、そうだ。
お前も、あの頃のレンゲじゃないんだね。
何もかもが作り物の幻だと知って、僕は膝から崩れ落ちた。




