ぼっちとクソガキとネズミと……(3)
ネズがアンクを殺した。
分かっていたことだ。ネズは所詮、獣人で、腹が減ったら人間を食い殺すボクたちとは違う存在。分かり合えるはずなんてない。
理解したつもりでいた。
過ごした時間が短くても固い絆で結ばれていた。
そう思ってた。
都合のいい絵空事が叶うはずがないのだ。
殺してやろう。アンクが死んだと街の人たちが知れば、隣の村への報復は避けられない。非力な自分たちとは違って、獣人と戦えるボクがいる。きっとああだこうだと言いくるめられて、戦うことになるんだろう。
だったら誰も知らないまま、ここで殺してしまったほうが楽だ。
ボクならやれる。
運動オンチのネズを殺すのは造作もない。
……そう、運動オンチの彼女を殺すのは。
簡単なはずなんだ。
「……なんで、お前が泣いてるんだよ」
ネズはぼたぼたと涙をこぼしながらアンクの亡骸をむさぼっていた。肉を裂いては口に押し込む。粘着質な液体で臓物をこぼしてはきっちり拾って残さず飲みこんでしまう。
ぐちゃぐちゃだった。アンクとネズの体液が辺り一面に飛び散っている。
――――殺して。
たしかに聞こえた。
空耳でもない。間違いなく耳にした。
「コロ、シテ……コロシテ……っ」
ネズは手を止めないまま、ボクに懇願してくる。怒りか、悲しみか、はたまたは腹の満ちる幸福感か。
絵の具をぐちゃぐちゃにしたキャンバスのように、真っ黒な顔をして、彼女はボクに殺してほしいと請い願う。
「――――ぐ、うっ……」
クナイを握りしめ、刃先をネズに向ける。たった一刺し。彼女の胸を貫いてしまえば、少しはアンクの無念が晴れるだろうか。
やれ。やるんだ。
大切な親友を殺したこいつを、殺して……ころして……。
……。
「~~~~~~~ッッッ‼‼」
そんなこと、できるわけないッ。
ネズだって苦楽をともにした大事な親友なんだ!
気弱で優しいこいつのことだ。きっと訳があってアンクを食っているに違いない。そう、人間を食うのは何か特別な事情があると言っていたではないか。
まずはネズを落ち着けて話せる状態にしよう。
話せばきっと分かる。
ボクたちが分かり合えたみたいに。
ズブっ
「は――――?」
不意に、彼女が襲ってきた。
のだと思った。
クナイが。
なんで。
ボクのクナイが――――ネズの胸に刺さってる。彼女が飛びついてきた拍子に、心臓の深くまで突き刺さったらしい。
いくら運動オンチでも限度がある。
自らクナイに刺さる奴があるか……よ。
「まさか……お前っ⁉」
「……ゴメンなあ……」
ボクの耳元でアンクが囁く。
何がゴメンなのか。
ボクが戻ってくるまでに何があったのか。
どうしてアンクを殺したのか。
ぐるぐるぐると無数の疑問が頭の中を巡り巡るが、このときは全てがどうでもよかった。ただ、ただただ。
死なないで。
二人一緒に遠くへいかないでくれ。
「ボクを……一人にしないで、よ」
ボクの願いは、彼らには届かなかった。
*
「……ん?」
いつの間にか眠っていたようだ。
隣の村と争うか否かの瀬戸際だっていうのに、どうも気が緩んでいる。いや、根詰めていた疲れが出たってとこかな。
ちらりと横を見る。シュリンとかいう獣人の子は三角図座りをして地面に落書きして暇をつぶしていた。
「……おじさん、起きたんだ」
「ボクはまだお兄さんだ。お前は忙しそうだね」
「…………おじさん、どうしてボクを捕まえたの?」
「そりゃ作戦もなく殴り込むより、人質がいたほうが相手もうかつに手を出せないだろう? 保険だよ、保険」
「じゃあどうして、ぼくを……おなわでしばらないの?」
……特に意味はない。
こんな子供に逃げられるほど、ボクは間抜けじゃない。それにこいつは誰かに似て、運動オンチっぽいし。
適当に答えておく。
「ボクは悪の組織のボスとかやってないんでね。それどころか、この街じゃ英雄やらヒーローやら、色んな呼び方で称えられてんだよ」
「ひーろー……かっこいいんだね、おじさん」
「まあな、お兄さんはカッコイイんだ」
「……でも、ぼくをつかまえてるから、わるいひーろー……なの?」
悪いヒーローってなんだ。温かいアイスみたいだ。
ボクが善か悪で問えば……、そうだな。
「たしかにボクは悪いヒーローだ」
「ぼくわかった! つかまえてるのにおなわしてないから、わるいひーろーはちゅうとはんぱなヤロウなんだね!」
「…………」
いい子何だか悪い子何だか。
こいつの親の顔が見てみたいね。
……っと、言ってるそばからやってきた。親じゃないだろうが、あれは……、
「カケスの獣人か」
後ろからは小さな影が一つ、獣人の後を追っている。ボクと同じ忍者の称号を持つ、氷の竜を従える男。
なにもかもが初見で対応できなかったが、次こそはそうはいかない。あいつを倒して、さらなる高みへと昇ってやるさ。
「さあ、来なよ。人間対獣人の戦争を始めよう」




