終わりの続き(5)
僕は再び、ハイネが眠る洞窟へとたどり着いた。
結局、僕は彼を止めることができなかった。足りなかった一歩を踏み出しても届かない。あと何歩、前に進めば届くのか。
そして、彼が言い残したあの言葉。
感謝されるようなことを僕はまだ成し遂げていない。彼の想いを受け止めるためにも、僕は必ず救ってみせる。
「これで三度目だね、イッちゃん……」
「……え?」
「ごめん、今のは気にしないで」
ハイネを眠りから覚まし、大蜘蛛との決戦に備える。
イッちゃんに大蜘蛛を救うべく手筈を伝えると彼女は寸分の間もなく首を縦に振った。
「わたしにできることなら、わたしは手を差し伸べるよ」
いつ、どんな状況だってイッちゃんはそう答えるのだろう。ハイネと呼ばれていた時代も、イネとして転生したその後も、彼女は変わらない。
ザシュ……ッ
今でも耳にこびりつく肉と骨を断ち切る音。
嫌な光景が脳裏をよぎる。
大丈夫、問題ない。
この世界は幻想であり、必ず抜け道が存在するはずだ。
イッちゃんを守り、大蜘蛛を助ける。
これは決して変わらない。
そう、決めたのだ。
「……来たッ‼」
「キイイイイイイイイイイイイイイイイッ‼‼」
甲高い雄叫びをあげて、穴の奥から大蜘蛛がその姿を現す。これは彼の心からの叫びだ。彼を絶望の淵まで追い詰めた、何か。
それが何であるのか、僕は知らないしこの先ずっとわからないこともあるだろう。
それでいい。
命があれば、いつか必ず救われる日が来るから。
「ううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」
氷竜鎧を纏い、大蜘蛛と対峙する。
彼はこんな姿になるまで一人で耐えてきた。獣人になってからは、それまで以上につらい日々を過ごしてきたのだと思う。
様々な月日を越え、そして、雪の中で一人になることを選んだ。最後には自我を失い、今こうして僕たちを襲っている。
この忌々しい世界はどれだけ冷たく、そして悲劇を愛しているのだろう。
「キイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ‼‼」
彼が望んだ最期とはいかなかった。
地獄のような苦しみは今もなお続く。
世界へと向けた咆哮がそれを物語っている。
「うおおおおおおおっ‼ 氷竜の術――――ッ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼‼
対抗するかのように氷竜が天へと吠え、大蜘蛛をくらわんとする。大蜘蛛は上体をそらし氷竜に飲みこまれんと抗った。
喰うか、喰われるか。
一進一退の攻防は均衡状態に陥った。
そこを見逃す僕ではない。
「……っ!」
大蜘蛛の頭部に向かって地を力強く蹴った。
ぐんっと距離が一気に縮まる。
この氷の柄で叩き込めば意識を奪えるだろう。そこまでいけば、あとはイッちゃんに任せて、もとの姿に戻るのを待つだけ。
――――ザシュ……ッ
あの音だ。
もしもこの柄で気を失わせたとして、その後にイッちゃんのことを守れなければ最初からやり直し。
やり直すことはいい。何度だって立ち向かう。
問題はそこではなく。
イッちゃんの、あの姿はもう。
「うう……ッ」
ここまで来て、僕はまだ迷っているのか。
二人とも助けると、そう心に決めていたではないか。
運命を変えられないなら、変えられるだけの努力をするだけ。
勇気を振り絞れ。
戦え。
ここまで踏ん張りどころだ。
もう一歩。
柄を握りなおし、
そして、
――――ありがとう――――
大蜘蛛と目が合った瞬間。
なぜか、そう言われた気がした。
「――――ッッッ、ぅううううあああああァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼‼‼」
柄をさらに握りなおし、
そして、
大蜘蛛の首を斬り落とした。
*
それが正しい選択だったのか。
答えは暗闇の中一人ですすり泣きしているけれど、イッちゃんの身に何一つ変わりはなく、今も目の前で首をかしげている。
「あの……大丈夫っ?」
「……うん。僕は大丈夫だから」
「変なやつだよな。あの怪物を倒して助かったって言うのにさ」
「…………」
たしかに僕たちは助かった。
時が巻き戻ることもなく、その先の未来へと進んでいる。
僕は、虚無へと消えていく光たちを最後まで見送ってから、別の一歩を踏み出した。




