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ライス・ライフ〜女の子に食べられた僕は獣に目覚めました〜  作者: 空超未来一
第5部【モノカラーの神編】 - 第5章 月夜だった斬首
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終わりの続き(4)

 そこは始まりの洞窟だった。

 外に出ても同じ景色、匂い、風邪のざわめき。何一つ変わりないこの感覚はこれで三度目だ。


「……夢じゃなかった」


 勘の鈍い僕でも、これまでの出来事がすべて夢だったの一言で済まないのはわかる。悪夢のほうがよっぽどマシだっただろう。

 そもそもだ。

 少し冷静になって考えてみれば、僕は今コクメと呼ばれていた生前の出来事を体験している。感情的になっていたから認識できなかったけれど、これはタイムリープしたとかそんなものではない。


『それがお前の大罪だ』


 この世界・・で目を覚ます直前に聞こえた声。


『コクメ――――いや、ウシオと言ったか。お前には贖罪の機会を与えてやる』


『果たして、何回前で壊れるか見物だね』


 そうだ。

 この不思議な出来事は正体不明の第三者の思惑が絡んでいる。

 僕の大罪。

 贖罪の機会。

 彼(仮に黒幕と呼ぶことにする)の言うことが何を指すか、僕には見当がつかない。けれど、何者かのということがわかれば、今後の方針に目途が立つ。


「この世界からの脱出……」


 黒幕は贖罪の機会を与えると言った。

 僕が過去を追体験している状況を鑑みるに、コクメだった時代に犯した罪を償うことで、この悪夢を終わらせることができるかもしれない。

 もしくはコクメとして命を終えるその最期を迎えることで夢から覚める可能性だってありえる。

 ありえるのだが……、僕は正しい結末を迎えられるのだろうか。

 正規の過去を辿るということは、つまり――――大蜘蛛の獣人を倒すことになる。大男と言葉を交わす未来を捨てることになるのだ。

 受け入れてたまるものか。

 ここは現実世界ではない。黒幕の思惑の外側に必ず抜け道が存在するはずだ。

 失敗すれば今までみたいに最初からやり直しなのだろう。

 逆説的にいえば、何度だってやり直せるのだ。

 …………。


「……本当にやり直せるのかな?」


 僕が懸念しているのは、やり直しの回数に上限があるとか些末なことではなくて。

 これまでのやり直しの直前に起こった、不測の事態。

 いいや、それは約束された結末なのか……?

 

 ハイネの斬首。


 空間が歪み、時間がさかのぼる直前には必ずイッちゃんの首が斬り落とされた。大蜘蛛の仕業かと思い込んでいたが、本当はそうでなかったとしたら。

 正しい歴史とは異なる選択をとった罰とするならば。

 いいや、断定するのはまだ早いだろう。

 実際に起こったのは二度だけだ。

 偶然が重なっただけかもしれないし、大蜘蛛の能力だはない確証が持っていないこともたしかだ。そもそも彼女の首が斬り落とされる意味がわからない。

 僕の贖罪というのなら、僕の首を落とせばいいものを。

 僕にとっても、そのほうがありがたい――――大切な人が命を落とす姿はなによりも耐え難いものだ。


「なんだお前さん。全裸の人間を見て驚かないなんてな」

「……誰だって嫌なものを見せられたら言葉を失うでしょ?」

「だからってそんな世界の終わりみたいな顔にはならんだろ」


 レンゲとのやりとりもこれで三度目。そろそろ面倒になってきたので、適当にあしらいマントをやる。


「うん、悪くない着心地。むしろ懐かしい気持ちになるくらいだわ」

「けっ、そんなこと断じてないよ」

「オレたち――――何回目の出会いだ?」

「どこかで会ってたら忘れるはずないでしょこのドへ――――」


 最後まで言いかけて、思考が止まる。

 レンゲの言い回しに違和感を覚えた。

 最初に出会ったときも二度目に出会ったときも同じ台詞を口にしていた。そりゃ同様の歴史を繰り返しているのだから当然と言えば当然だ。


『何回目の出会い』


 常識的に考えれば、初めての出会いは一度きり。

 問いに答えるとするなら、三度目。

 もし、こいつが意図をもって問いかけているのなら――――、


「…………」

「なんだ。急に黙り込んで」

「…………――――三回」

「は?」

「君との出会いは、三回目……だと思う」


 少し言い淀んでしまったけれど口にした。まさか返答されるとは思ってもみなかったのか、レンゲの眉が微かにつり上がる。

 ここでレンゲが何かを知っているのなら状況は一変する。

 この世界がなんなのか、黒幕の正体は何者なのか。

 彼は、ややあって、言葉を紡いだ。


「きもちわる」

「なっ⁉」

「お前みたいにきもいやつと三回も会ってんなら、さすがに忘れねえよ」

「それはこっちの台詞だボケぇ……っ‼」


 物語が一気に進みそうな、あの期待感を返してほしい。

 それからレンゲとの会話を続けてみたが、彼は何かを知っていそうなそぶりを一つも見せなかった。いつも通りゴミカスみたいなやつだった。


「んだよ、ウシオ。オレの顔にゴミでもついてるのか?」

「いや、ゴミみたいな顔だなって」

「お前みたいに生ゴミじゃない分、まだ救いようがあるよな」


 意味がわからない。

 こんなやつでも、コクメとしての最期のときにはかけがえのない存在だった。それこそイッちゃんに負けないくらい。下手をすると、それ以上の。

 今のレンゲはあのとき――――最期に背中を押してくれたあのレンゲではない。

 この世界が仮初の世界だったら、目の前にいるレンゲも役割を与えられたただの人形なのだろう。

 それでも、ならば……、


「ねえ、レンゲ。たとえば、君にとって大切な人が二人いるとするじゃん」

「オレは孤独の一匹オオカ」

「その二人が崖っぷちに立たされていて、どちらか一人しか助けられないとする」

「おい、話を聞けよ。オレはオ」

「そんなとき、君ならどうする?」

「一人しか救えないのなら一人を選ぶしかないだろ」


 彼は迷うことなく、当たり前だといわんばかりにそう答えた。


「いくら大事にしてようが、そうなっちまったんならどうしようもない。悪いのはそんな状況にさせちまったお前自身だ。そんなやつが両方を助けたいだなんて甘えた話だと思うがな」


 それは厳しく、冷たい言葉のように思えた。

 しかし彼の言うことは至極まっとうだ。

 のうのうと生きてきた無能な人間に未来などない。何一つ努力を重ねてこなかった者が駄々をこねる姿は怒りを通り越して滑稽にさえ感じる。

 運命に抗うことはできない。

 彼はそう言うが。

 僕は素直に頷くことができなかった。


 *


 運命を変えられない。

 それは運命を変えられるだけの努力をしていないからに過ぎない。運命を変えられるほどの努力・勇気さえあれば、あるいは。

 雪原にて大男に出会う。

 これで三度目。

 一度目も、二度目も止めることはできなかった。


「お前さんたちには関係ねえだろ」

「あるよ‼ 僕たちは今この瞬間、あなたに助けられたじゃないか!」


 何度だって想いをぶつける。

 人は情熱がなければ迫りくる脅威に立ち向かうことができない。無限にそびえ立つ壁を乗り越えていくことができない。だから途中で立ち止まり、情熱を取り戻したとき、また戦うことができる。

 僕のこの想いは簡単に消えたりなんかしない。


「…………参ったな。まさか初めましてのやつにここまで言われるとは思ってもみなかった」


「それでもオレは行きたい。悪いな」


 この言葉に含まれる彼の人生の重みに、僕は二度敗北した。

 命を救われた恩人だろうが……いいや、だからこそ、彼の想いを尊重したいと思ってしまい立ち止まってしまった。

 でも、それじゃ何も変わらない。

 本当に彼のことを救おうとするなら。

 もう一歩踏み出さないと。


「行かせない」


 去りゆく大男の手を、掴む。

 その手は大きく、吹雪に凍えながらも、熱をおびていた。


「行かせるもんか。この先に行けば、あんたはもう帰ってこれなくなる!」

「……離せよ。オレが帰ってくるかどうかはお前さんには関係ない」

「僕と話をしてほしい」

「したくねえ。その手を離せ」

「そんなに震えた手を、どうして離すのさ!」

「……っ」


 見ただけではわからない、微かな震え。彼の手はその大きな見た目に相反して、小さく、小刻みに震えていた。


「少しは頭を使え。この氷点下の中じゃ、震えててもおかしくないだろう」

「なら、どうしてあんたから手を離さないのさ」

「な、何を言って……っ」

「あんたがどういう人生を送ってきたかなんて知らない。でも、この手を握ってわかった。本当は寂しいんだよね。こんなふうに手を握られて、笑っていたかったんだよね」

「わかったような口でオレを語るんじゃねえ‼」

「だったら、この手を離してみなよッ‼」

「――――ッ」


 大男は固く結ばれた自らの手を険しい顔で見つめた。握力だけでいえば、僕の手なんて簡単にほどけるだろう。

 手の震えは次第に大きくなり、しまいには腕までにも伝播した。

 必死にあらがっているのだろうか。

 だが、いくら時間が経っても――――その手が離れることはなかった。

 そうして。

 ぽつりと。



「――――ありがとう」



 予想もしなかった一言に、僕は言葉を失った。

 力が抜け落ち、手から熱が離れていく。

 大男はそれ以上何も言わず、僕たちに背を向けた。

 その後を、僕は追いかける気にならなかった。



 *


 微かな意識の中で、多くを語ることはできない。

 ただ、一つだけ。

 後悔はないはずだった。

 なのに、この胸のわだかまりはなんだというのだ。

 いいや、それ以上に。

 温かい。

 純真無垢な、誰かを思う気持ち。

 それは家族の中でしか存在しないものだと思っていた。

 だから、家族のいない自分には一生手に入れられないものだと。

 まったく、人生というものは不思議なもんで。

 あれだけ心から切望していた本物を最後の最後で触れられるなんて。

 まあ、いいか。

 仮に生きながらえたとしても、彼らにはきっと迷惑をかけるだろう。

 自分ができる最大限の恩返し。


 それは、きっと――――、



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