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ライス・ライフ〜女の子に食べられた僕は獣に目覚めました〜  作者: 空超未来一
第5部【モノカラーの神編】 - 第5章 月夜だった斬首
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終わりの続き(3)

 気づけば。

 僕は始まりの洞窟の中で横たわっていた。

 ピチョンっと鼻を刺すような激臭の水滴が天井から滴る。


「…………あ、れ?」


 何がなんだか、状況が飲み込めない。

 とにかく僕は壁にそって出口の方へと向かった。

 外の景色は、僕の見知ったものだった。いいや、見知ったどころではない。

 何一つ変わっちゃいない。雲の形、枯葉の舞い方、太陽の位置。

 当然ながら鮮明に覚えている訳では無い。けれど、全体を俯瞰してみるとまったく同じ光景だ。


「夢だった……のかな?」


 それも馬鹿な話だ。

 あの『熱』の生々しさは今もこの手にこびりついている。


「…………」


 夢の通りならば、この先でケツ丸出しのレンゲがくたばっているはずだ。とにかく今は手探りで確かめる他にない。


「もし、あの夢が現実になるとしたら……」


 大蜘蛛を攻略するところまではいい。

 問題はその後。

 原因不明の何かによって、イッちゃんの首が切り落とされる。

 この先にレンゲがいたときは、夢とは違う行動を起こしてイッちゃんを守らないといけないということになる。


「ぉ……おぱんつ……」


 彼がいた。

 奇しくも余計なところまで一言一句同じであった。


「…………」


 レンゲと出会い、ともに旅に出ることに。

 そこからの言動、出来事。すべてが僕の知る未来だった。

 コーカサスオオカブトの獣人と戦い、そして、


「それでもオレは行きたい。悪いな」


 大男を説得することも叶わなかった。

 やはり大蜘蛛との戦闘は避けられない。

 何もかもが夢の通り。

 僕が描く理想の未来を掴み取るためにはこの定められた道のりを変えなければならないと確信を得た。


「目を覚まして、イッちゃん」


 結晶がはじける。

 虹色の雨が降り注ぐ中、僕は慌ててイッちゃんを抱きかかえた。腕の中で眠る彼女の寝顔を見て、ぐっとこらえる。

 もしもの話だ。

 仮に僕が運命を変えられなかったとするならば、イッちゃんは再び…………、


「そんなことはさせない」


 あの悲劇には何らかのトリックがあるはずだ。

 僕が気づかなかっただけで、大蜘蛛が仕掛けた罠があったとか。たとえば目には見えない蜘蛛の糸が張られていたり。

 大いに有りうる。


「今度こそ、二人とも救ってみせるッ‼」

「キシャァァァァァァッ!」


 大蜘蛛との再戦。

 やつの行動パターンはこれまでと何も変わりない。目の色が変われば攻撃の性質が変化する合図だ。それだけ注意していれば問題はない。

 僕が気をつけなきゃいけないのは目の色よりも、


「蜘蛛の糸が張られているかどうか……」


 厄介なのは目には見えないということ。

 首が切り落とされた原因が蜘蛛の糸でないにしろ、目には見えない攻撃を受けたのはたしかだ。

 こんなときリュウの『タカの眼』があれば便利だが、僕にそんな力はない。

 力はないが、戦う術ならいくらでもある。

 目に見えないなら――――見えるようにすればいい。


氷陣(ひょうじん)の術!」


 パキパキ……ッ


 手で触れた部分から洞窟全体が薄い氷の膜で覆われていく。雪原の中心なのでもともと気温は低いが、熱はさらに奪われた。


「うおおおおおい、ウシオななななんのつもりだァッ‼ 凍え死んじゃうだろうがああああああ‼(超高速ガタガタシバリングとともに)」

「死にたくなかったら我慢しろ!」

「我慢するから死ぬんだってえ‼」


 アホは放っておくとして。

 さあ、正体不明の暗殺器はいったいどこに……。


「ウシオ、上だっ!」


 レンゲが天に向かって指を差す。そこにはいつの間にか大きな蜘蛛の巣が張られていた。凝固した大気中の水分が付着して輝いている。


「あれがイッちゃんの首を斬り落とした正体……?」


 見た限りでは幾何学模様に蜘蛛の巣が張られているだけだ。

いや、もしかするとセンサーのような機能があって、動いたものを切り裂くとか、そういうことなのだろうか。

 とにかく怪しい要素は排除する。

 印を組み、


氷竜ひょうりゅうの術っ!」


 召喚された氷の竜が天井へと昇りゆき、蜘蛛の巣をけちらす。

 竜はそのまま、


 ゴオオオオオオアアアアアアアアアアアッ‼


 大蜘蛛をまるごと飲みこんだ。

 数秒も経たないうちに氷竜が内側から砕け散る。残ったのは関節を主として、所々が凍り付いて動けなくなった大蜘蛛だ。


「ギ、ギ、ギィ……っ」


 恐れるものはもうない。油断だってするもんか。ここから先、最期の反撃がこようともイッちゃんを守り抜いてみせる。


「ハイネっ、お願いっ!」

「任せてっ!」


 颯爽と僕を横切り、大蜘蛛の胴体へともぐりこむイッちゃん。お馴染みの大きな矢を手に、一歩深く踏み込んだ。


 ブスリっ


 鈍くどこか安心感をもたらす音がした。矢を突き刺された大蜘蛛が光に包まれ、その巨体が小さく収まっていく。

 決着はついた。

 大男を無事救うことができた。

 イッちゃんの命を脅かす蜘蛛の巣も排除した。何者かがイッちゃんを暗殺しようとも僕が注意していれば必ず魔の手から守ることできる。

 ひとまずはこの洞窟から街へと向かうことから始めよう。


「救われたよ」


 僕のもとと歩み寄ってくれたイッちゃんが声をかけてくれる。


「あなたが勇気を出してくれたから、この人は救われたのっ」

「ううん、僕のおかげじゃない。イッちゃんがいてくれたからだよ」


 それは偽りのない正直な気持ちだった。

 僕はただ大蜘蛛に薬を打ち込めるよう場を整えただけにすぎない。イッちゃんがいなければそもそも助けるという選択肢すらなかったのだ。

 けれど、彼女は首を横に振る。


「わたしはお願いされたことをしたまでだよっ。というか、矢を刺しただけだし」

「でもそれはイッちゃんにしかできないわけで僕なんか!」

「ううん、わたしなんかっ!」

「イチャイチャ警察だ。そこまでにしろ」


 僕とイッちゃんの間にレンゲが割って入ったことで少し頭が冷えた。ほんとイッちゃんって生まれ変わる前から頑固なとこあるよね。

 僕は呆れて大きくため息をつく。

 そういえば、と次に口を開いたのはレンゲだった。


「お前、天使さんと初対面なのにイッちゃん呼びしてたよな」

「あ、やっぱりわたしのことだったのっ?」

「え? いやその! ハイネって呼ぶほうがなんだか慣れ慣れしいから、まずはイッちゃんって愛称って呼んでみたほうが仲良くなれそうでみんなハッピーだなって、だからイッちゃん呼びで!」

「……わたし、まだ自分の名前言ってないよっ?」


 しまった。今のはまるで冷蔵庫の高そうなプリンをこっそり食べて後で姉に「あんたわたしの食べたでしょ?」「プリンなんて食べてませんけど!」「わたし、まだプリンって一言も言っていないけど」って問い詰められたときと同じくらい取り返しがつかないやつだ。今のたとえいる?

 額から汗が滝のように噴き出す。

 と、イッちゃんが突然吹き出して笑った。


「ふふふっ、なんだかあなたとは初対面じゃないみたいっ」


 ころころと子猫のように無邪気に笑う。

 まあ、初めてじゃないんだけどねと心の中で呟くが、彼女の笑顔を見るとすべてがもうどうでもよくなって――――、


 ころんっ


 前触れはなかった。

 笑い声がピタッとやんだと思ったら――――イッちゃんの首が地面に転がっていった。


 ビシャアアアアアアアアアッ


 視界一面が真っ赤に変貌する。

 僕の身体が彼女の血で染めあがるのに十秒もいらなかった。


「な、ん……で…………」


 何者かに攻撃されたわけでは決してない。大蜘蛛の仕掛け罠が発動したわけでも。

 何も、何もなかったはずだ。

 なのに。

 目の前で広がる惨劇はいったいなんだ?


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