白銀の王の目覚め(3)
「いいな、この風呂。めちゃくちゃでけえし、豪華なつくりだしな!」
「でしょう? ここは世界で一番の温泉なんです」
奇怪な食事(食事といっていいかもわからないが)を終えたオレは、銀髪執事のギンと王宮内にあるお風呂に来ていた。そこがなんともまあ立派なところで、温泉とは思えないほどの広さと美しさを誇っている。
パールのような少し虹がかった白をベースとしたタイルを基本に造られているのだが、毎日ピッカピカに掃除されているからか、パール色のタイルに張り付いた水滴が光に反射して、まさに真珠のように美しく輝いていた。
それになんといっても、小学校グランドの半分くらいの広さはあるので、もう解放感マックスだ。女湯と合わせたらほんとうにグランド一面くらいはあるだろう。
残念なところなど一つも見当たらないのだが、強いてあげるなら露天風呂がないということだけだ。
まあ、王宮内にあるのだから仕方がない。
……それはそうと。
「ひやっほおおおおおおおおおい!!」
「ちょっ、王よ!」
こんなにでっかいんだから走らなきゃもったいないよね! しかも二人っきりなんだし、さ!
……別にこんな男と二人っきりでも嬉しくないな、うん。
と・に・か・く!
「あそぶぜえぇぇぇぇぇぇぇえ!!」
たぁっんのしいいいいいいいいいいいいいいいっ!! この空間がオレだけのものって考えただけでも、胸がきゅうってなって、わくわくしてくるぜ!
「王よ! ここで走ると滑りますので危険ですよ!」
と、ギンはオレに警告してくるのだが、ガン無視。
そのまま、走り続けてやったさ!
子供ならまだしも、オレがコケるわけ(トゥルンっ)ぐわああああああああああああああああああああああっ!(ゴチンッ)
「うへへへ~っ、キレイだなぁ~」
「王よ、しっかりしてください!」
「……ハッ!?」
ギンの呼びかけでようやっと我に返った。
あっぶなあっ!?
リアルでまぶたの裏に星が見えたぞ!
「まったく、王は子供ですね。王子様といったところでしょうか」
「……ギン、なにいって」
「やれやれ、とんだ王子様だこと。かわいいですね……」
「キエエエエエエエエエエ!!」
こいつホントにそっちの気あるんじゃねえの!?
心身ともに大きなダメージをうけたオレは、ふらふらとした足取りでシャワーを浴びてから、湯船に足をつけた。そのまま、ゆっくりと腰をおろす。
チャポンっ
「あぁぁぁぁあぁぁあ、きぃんもちぃぃぃぃぃ」
「ちょっと、その言い方はさすがにひかえてください、困ります」
「え、お、おう。ごめん」
「……まったく」
なんでこんなマジトーンを出したのかはわからないが……一つだけ言わせてほしい。
股間を隠すようにして言うのはやめろ。意味深すぎるわ。
まあ、ともかく。
今はそんなこと忘れてじっくり癒されたい。
「……ふうっ、このまま寝ちゃいたいくらいだなぁ」
「大丈夫ですよ。……私がベッドまで、運んで差し上げますから」
気のせいかもしれないが、こいつぶっ飛ばしすぎだろ。裸の付き合いで、なにも隠さずさらけ出しているからなのか、うん?
はぁっ、こいつさえいなければなぁと思ったそのとき、
「――――っ」
「はっ、女の子の声!?」
そこに存在することはありえないはずの、そう女の子の声が聞こえたのだ。
それも一つではなく、複数ッ! さあ、どこにいやがるんだっ!?
オレはキョロキョロと首をふり、探し始める。
それを見たギンがひとこと。
「女の子の声ならそっちの女湯からじゃないですか? ほら、その壁のほうが空間になってる」
「待ってろッ! いますぐそっちに向かうからなッ!」
「おい早まるな、バカやろう! 女湯を覗こうとしたら死ぬぞ!」
んなもん、こわくねえよ! オレは自分の命を――――覗きに捧げてやるさ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「王よ!」
ヒマラヤ山脈の頂上よりも素晴らしい景色が待っている、まさに人生の山を登ろうと雄叫びをあげる。壁に触れ、いざ登頂! と思った次の瞬間だった。
ビリビリビリビリッッッ!!
「しいいいびいいいいいいいいいいいえええええるううううううううううううううううッッ!?」
全裸のオレに、さばきの鉄槌が下った。
それはもう、本当に神の裁きなんだと思ったさ。
「その壁に触れると雷撃が襲ってくるんです。先人がほどこしたようですね」
「グフゥッ……」
先人よ、なんて迷惑なものを残してくれたんだ。
ピクピクと痙攣して倒れているオレを見てギンは、
「……ふふっ、いいじゃありませんか。女の子たちよりも、私と楽しいこと……しましょう?」
「ブワアアアアア……ッ!!」
その時の鳥肌といえば、もうすさまじかったね。ドミノ倒しを想像してくれたらわかりやすいんだろうけど、シャアアッっと倒れていくドミノを逆再生してみた感じかな?
「さあ、お湯に浸かりなおしましょうか(ズルズル)」
「……アバっ」
きゃはははっと黄色い笑い声を聞きながら、オレは地獄へと引きずり込まれた。
*
そんなことがあった翌日。
王様のオレはいつもの王宮にはおらず、一般人の恰好をして民衆たちが暮らす街にきていた。今のオレは旅人が着るような白い服を着ている。
もともと肌が白く銀髪でもあるため、全身真っ白で奇妙な外見だったと思う。だけどオレは、妙にこのかっこうが気に入ってしまった。汚れがない感じでなんか、いいよね。
「いらっしゃいませ~」
「今日はいいのが入ってるよッ!」
「あ、お兄さん。これください」
「リコ、さっさといくぞ~」
「はいです!」
布団屋のお姉さんや、赤髪メイドのアールがつくったような液体が入ったボトルを売るお兄さんがいたり、仲のよさそうな金髪の子供たちがいたりと。
この街は盛んに賑わっている。
その光景を眺めてしみじみに思う。
ここに来てよかったと。
*
時は戻ること一時間前。
銀髪の執事ギンと赤青緑の髪色をしたメイドさんがいる王様専用部屋であくびをかいていたオレは、突然ひゅっと言葉を発した。
「オレ、家出するわ」
「「「はあっ!?」」」
その場にいた全員の声が重なった。というか表情まで一緒だったような……。
もちろん、すぐに反論の声がとんできた。
「なに言ってるんですかこのバカは! あなたは仮にもこの国の王なんですよ!?」
「そうよっ! あんたみたいなバカでも王様なんだから自覚しなさいよっ!」
「いいたいことは色々あるけど、まずお前らオレをバカにしすぎだろうッ!?」
いったいこのオレをなんだと思ってるんだか! オレはこの国の偉い……王さ、……まなんだよな?
自分で言っててわからなくなってきたあたり、これはそうとう深刻な問題だ。
「と、とにかくっ! オレは街の人たちがどんな生活をしているのか知りたいだけなんだ!」
「気持ちはわかりますが、外は危険です!」
「そうよっ! あんたになにかあったらわたしたちが……こ、困るのっ!」
「そうだね、アールちゃんのいうとおり」
「わたしは賛成ですわ」
「「「――――っ!?」」」
発言した緑髪のリンのほうを同時にむく我ら。毎回思うんだけど、息ぴったりすぎだろ。
……かくいうオレもその一人なんだけどさ。
「っていうか、オレの要望に賛同してくれるの?」
「はい、王さまのしたいことに尽くして差し上げるのがわたしたちメイドの役割ですから。すでに用意もしておりますわ」
準備良すぎだろ、リンさんやい。
だがこれはこれで好都合だ。引きとめられる前に、ここから逃げ出してやる。
オレはリンさんのところまで近づいていき、
「こちらが変装用の衣服です。そしてこっちのほうがアール特製”ドリンク”ですわ」
「っ! サンキューな!」
「いえいえ」
よし、これさえあれば余裕だぜ!
オレはその場で、アール特製ドリンクを一気飲みし、
「よっしゃあああああああああああああああああッ!! いくぜえええええええええええええッ!!」
「ちょっ」
「あんた、いったいどこから…っ!?」
「あーっばよ……ッ!」
パリーンッと、窓を豪快に割って外に飛び出した。
この王様専用部屋はビルでいう七階くらいの高さがあるので、
ビュウウウウウウウウウウウウウウッ!?
「お、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
ものすごい重力が、オレを押し付けてきた。
ど、ど、ど、どうしよう!? あのドリンクさ飲めばなんとかなると思ったのが間違いだったかなっ!?
強烈な列風を感じながらも、ふと。
アールの”料理”、けっこう美味しくなってたな、そういえば。
なんて思ってしまった。いやいやいやいや、そんなこと考えてる暇はないでしょっ!?
地面に激突するまでもう、ほんとにすぐだ。
……うううううううッ!!
「とまりやがれええええええええええええええええええええええええええッッ!!!」
バッと腕を地面にむかって突き出し、渾身の叫び声をあげ、力をこめた。
すると、不思議なことにすごい浮遊感がおそってきた。
それはオレの死へのカウントダウンをゆるめるかのように、だんだんと落下スピードを殺していく。
ストンっ
ついには無事に足を地につけることができた。
「ぶっふううううううううう……っ」
安堵と疲れの波がドッと押し寄せてきたが、ひとまずはどうにかなってよかった。
……数回、深く深呼吸してから、
「よし、いくか!」
ワイワイとにぎやかな場所へと、足を動かし始めた。
そうして、今に至る。
「う~ん、そろそろ帰るとするかなぁ。暗くなってきたし」
……申し訳ないが、ここで帰らさせてもらおう。だって十分に満足したもの。
ググッと背を伸ばし身体をほぐしながらつぶやき、王宮のある方向へふりかえったときだった。
「きゃ~~~~っ!!」
「逃げろぉぉぉおッ!!」
「みんな離れるんだぁぁぁッ!!」
「”獣人”がでたァ!」
後ろのほうから突然、悲鳴や叫び声がいくつも飛び交い、人の群れがこちらに押し寄せてきた。
なっ、なんだなんだッ!? こんな平和な街でいったい何があったんだ!?
オレの足は不思議なことに、プルプルと生まれたての小鹿のようにふるえながらも、なぜか浮足立っていた。 ちょっ、これって逃げなきゃいけないよねッ!? け、警察の人とかこの街にいるのかなッ!?
で、でもその前に誰かが――――。
「あ……っ」
オレは懐にいれていた一本の小瓶を出して見た。
アールがつくった特製”ドリンク”。
これを飲めば一瞬だけなら、オレはそこらへんの人よりかは強くなるだろう。
……。
”死”。
この一文字がオレの脳裏にこびりついて仕方がなかった。
みんなこんなに必死の形相で逃げているのだ。下手をしたら死んでしまうようなことなのかもしれない。
……だけど、このオレの力で誰かの命が救えるとしたら?
逆にここ逃げてしまったとしたら?
答えなんか一つしかなかった。
「待ってろッ! 誰だか知らないがオレが助けてやる! この国の”バカな王様”をなめんなよ!」
見ず知らないオレのことを待っている誰かのために、足を一歩前へと踏み出し、走り出した。




