冷たい生の誕生(3)
私は一度、自由を失った。
お母さんお父さんと大自然の中で自由にのびのびと暮らしていた。もうずいぶんと昔の記憶だ。本当に私の記憶か実感がないくらいには。
死にたいと思った。
いいや、死にたいとすら思っていなかったかもしれない。生きる意味がないから自然と死ぬことを選択していたのだ。
生きたいと願ったのは彼のおかげ。
彼が私に希望をくれたから、この先も不自由な世界の中で生きていたいと願うようになった。
希望といえばキラキラなイメージがあるけれど、彼のくれた希望は色味一つない、黒一色の花だった。
彼は黒い花を綺麗だと言った。
私も素直に綺麗だと思えた。
そして彼はこの黒い花は私だと言ってくれた。
今思うと、なんだか馬鹿みたいに思える。
けれど、あの頃の私にとっては『希望』だった。
「……それが誰かから盗んだ『希望』だってことも分かってた」
空腹で口から唾液を垂らすアミに向かって語りかける。目の前の彼女はきっと理解していないだろう。
だからこそ、もとの彼女を取り戻して、ちゃんと謝りたい。
ちゃんと言葉を交わしたい。
「あなたからもらった『希望』を返すときが来たの。遅くなってごめんね」
「――――」
「いくよ、アミ」
バッ――――
アミのもとへ向けて直線的に駆け出す。
「何考えてンだテメエ! あいつの近くに寄れねエことは分かり切ってんだろうが!」
檻の中のフリーダが叫んでいる。
たしかに彼の言う通りだ。
『生』の神となったアミの身体には絶対零度の冷気が漂っている。彼女には触れるどころか、近づくだけで私の身体は凍ってしまうだろう。
けれど、これでいい。
「……ナツミも馬鹿じゃない。何か考えがあってのことだろう」
「なめんじゃねェ。あの野郎の力を侮り過ぎだッ!」
「…………クソっ。今の俺にはナツミを信じることしか……」
私を信じる、ね。
そういえば、リュウにはこれまで何度助けられてきただろうか。数えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいには多いんだろうな。
逆に、私はリュウを助けたことが何回あるんだろう。何かフォローしても結局彼の迷惑をかけるばかりの私。それこそ考えるのは馬鹿馬鹿しい。
シュルルルル……っ
アミの背後から数本の触手が伸びてくる。
大地の神見習いのハナも触手を操るけれど、神さまって触手が好きなのかな。なんて変な考えが頭をよぎる。
「斜陽・蜘蛛の糸っ」
ズオオ……っ
触手を相手取るのはお手のもの。ラフレシアの怪物も触手を使ってきたが、この『斜陽・蜘蛛の糸』ですべて絡めとった。
これで触手は封殺した。
……と、思ったのも束の間、
「網が凍り始めてやがる……ッ」
「……気をつけろナツミ! その触手にも冷気が纏わりついてるぞ」
彼らの言うように、触手との接触部分が白い霜に侵食されつつあった。
なるほど……これは思ったよりも手ごわそうだ。
「……距離を取れナツミ! 網が壊されるぞ!」
「新たな触手は出さねェ……。一度に操れる本数には限界があるのか」
「……ナツミ! 触手の本数には限界がある! もっと強力な術式で動きを封じれば自由に仕掛けられるぞ!」
「テメエ、俺様の言ったことをまるパクリするんじゃねェ!」
「……お前の声が小さいんだろうが!」
……それにしても、外野がうるさすぎる。
力づくで檻の中から出ようとしてないところをみると、私のことを信じてくれているのが分かる。本人たちは否定するだろうけど。
なんだか不思議な気分だ。
二人には『感謝』の気持ちでいっぱいだ。
できるものならありがとうと伝えたいけれど・
覚悟を決めた今、それを言うなら無粋というものだろう。
「…………ナツミ?」
リュウが何かを勘付いたのか、私のほうを様子をうかがっている。
まったく……普段は鈍感のくせして、こういうときだけ鋭いんだから。
バギィ……ンッ
凍り付いた蜘蛛の糸が砕け、再び触手が放たれる。
だが、もう遅い。
そろそろ頃合いだ。
ズズズズズ……っ
「……この音はいったいなにかしら……?」
大地の中で蠢くような不気味な気配。
異変に気づいたのはデスパイアだった。はじめて怪訝な顔に変わった。
「昔、ハナちゃんに聞いたことがあるんだよね。神クラスの強敵が現れたら、どう戦えばいいのかなって」
「……あなた、何を言って……」
「ハナちゃんは言った。神さまに勝てるのは神さまだけだって。でも勝つ方法にもいくつか種類があってさ、その一つに力を封じて込めるってのがあるらしいんだけど」
「まさか――ッ」
「私、成長すると神さまを『封印』できる『巫女』になれるらしいよ」
ガギンっ、ガギンっ、ガギン――――っ‼
デスパイアが動き出す、直前で。
地中から朱色の柱が飛び出しアミの両方の羽を突き刺した。二つの柱はお互いを求めあうように垂直の柱を生み出す。
それはまるで神さまをまつる鳥居だった。




