昨日の敵は今日の何者(1)
無限に湧いてくる触手を切り裂きながら先へと進む。
出っ歯の触手はそれほど手強わけではなかった。無駄な動きが多く、噛みつく精度も正確でない。
やっかいなのは殺傷性だ。かすりでもすればジャガイモの皮をむくように俺たちの皮膚をもっていく。
「……こいつら、いちいち鬱陶しいな!」
「一つ一つが別の意思を持ってるみたい。目がないからヘビみたいに熱センサーでもついてるのかな?」
ナツミの言うように触手の意思は単一のようには思えなかった。大元である本体が操っているのではなく、それぞれの触手が自動的に動いているのだろう。
「……本体をたたきゃそれで終わりだな」
「リュウ、あれじゃない?」
「……おいおい。こいつは前衛的すぎるんじゃねえか?」
俺たちが目にしたのはまさしく生ゴミの塊だった。
鳥の骨、腐った木々、刺激臭を放つ肉片が肉団子のように固まっている。それも縦横ともに三メートル以上はあるだろう。
ゴミの雪だるまのような『それ』は不思議なことに生きているようだ。腹部がかすかに浮き沈みし酸素を取り込んでいる。
『モモモモモモ~~~~~』
鳴き声かなにかわからない音をあげ、身体から無数の触手を伸ばした。
しかし、ここはナツミが食い止める。鋼のように強固で絹のようにしなやかな網を生み出し、前方から襲い来る触手をまるごと包み込む。
「――――『蜘蛛の糸』、いくら鋭い歯であろうとこの網からは抜け出せないよ」
『モモモ……』
敵意すらないのか。
捕縛されたのにもかかわらず、デカブツは意味の分からない音を上げ続ける。
「……あとはこいつをどう処理するかだな」
「燃やせば一発でしょ?」
「……なるほど。“可燃ごみ”か」
「あんまりうまくないよ?」
「……うるせえ……っ!」
ゴオオオ
可燃ごみを処理するべく、掌に炎を灯す。
「まるでリュウの羞恥を表すみたいだね」
「……まずお前から燃やされたいのか?」
「いっけえリュウ! ウェルダンはゆるさないよ!」
「……ったく、調子のいいやつめ!」
手のひらに灯る炎をさらに燃焼させる。
周りの木々が燃えない程度に調整し、
「……きたねえ土に還れ。炎波の術!」
炎を放った。
「――――ダメです! そいつに火を与えては!」
どこからともなく聞こえたきた忠告の声。男か女かわからない中性的な声質から考えると、きっと子供のものだ。
いいや。
この瞬間、声の主が誰か問題ではなかった。
『火を与えてはいけない』
疑問だったのだ。
マグマのような炎を得意とするフリーダが、なぜあそこまで重傷だったのか。
その一言ですべての合点がいく。
「……ナツ――――」
――――最後まで声を届けることができなかった。
――――――――ッ
次の瞬間。
あたり一面、白い光に覆われた。
爆風が乱れ散る。
………………。
…………。
……。
……あれ?
意識が、ある?
「ひい、ギリギリだったあ~‼」
「……ナツミ?」
「へっへーん。どうよ、私の鉄壁の守りは」
茫然とする俺をよそに、ナツミが鼻をこすって得意そうにする。続けざま、俺は大きな影に覆われていることに気がついた。
まさしく『鉄壁』という言葉がふさわしい。
大きな影の正体はナツミが生み出したドーム状の壁だった。光沢のある金属でできた厚い壁が俺たちを爆風から守ってくれたのだ。
一瞬の出来事だった。
俺は何もできなかったのに。
「……ナツミ……お前ってやつは」
「どう、すごいでしょ? これで生ごみさんを覆って爆発を封じ込めたってわけ。逆シェルターだよね~」
「……」
さすがシャバーニが認めるだけのことはある。
ナツミは生ゴミ野郎が爆発することを察知し、即座にシェルターを生成した。それも爆風を一切もらさない強固なものをだ。
判断力といい、能力といい……。
こいつには一生敵わない思う。
「それにしてもさっきの声は誰だったんだろうね~?」
「お姉さん、すごいですね!」
「ん?」
先ほどと同じ声がナツミの背後からする。
振り向いた先で鮮やかな髪色をした少年が喜々としてナツミを見つめていた。虹色のしっぽを振って。
「あんたがはしゃぐなんて珍しいね、ルル」
「だってすごいんだよ、ララ! このお姉さんの神対応といったら」
「うざったいからやめて」
少年とともに現れたのはこれまた同い年くらいの少女だった。彼女にもしっぽが生えているが、少年とは違って銀色だ。顔立ちがそっくりなところを見るに姉弟か双子なようだが、こいつらはいったい……。
「この子たち、迷子なのかな?」
「……いやいや、生ゴミ野郎に火はダメだと知ってるんだぞ。迷子なわけあるか」
「あ~、たしかに」
昔からそうだ。こういう何気ないところだとナツミはポンコツを発揮する。さっきの慧眼はどこにいったのやら。
モモモ……
「……っ!」
音がした。生理的に悪寒を感じる悪臭も徐々に漂ってきている気がする。どうやらヤツの息の根はまだ止まっていないらしい。
俺は少女たちの前に出た。
「……どういう理由でヤツのことを知っているのかは知らんが下がってな。ここは俺たちが片付ける」
「えらく上から目線なのね? 逆よ、むしろあんたたち下がってなさい」
「……なんだと?」
「なに? 文句でもあるの?」
銀髪の少女と視線を交える。
つり目が放つ眼光は子供らしからぬ異彩を宿していた。
「……いいだろう。乗ってやるよ」
「最初からそうすればいいの」
「力が強まった……⁉ みんな、気を付けて!」
ガゴンンンンッ‼
ヤツを封じ込めていたシェルターが砕け散る。
出てきたのはまるで違う存在だった。




