女湯での死闘(2)
カポーンっ
バシャバシャッ
「それー!」
「あ~、やったなリコちゃ~ん! おかえしだ~! こちょこちょこちょ~!」
「あ、ははははっ!? 警察のおねえちゃん、くすぐったいですー!」
……。
「アミちゃんのお肌、すべすべだねっ! うらやましいよっ!」
「イネさんこそ、おっぱいおっきすぎですよ……。ごくり……っ!」
……も、もう。
「あなた、誰かに似ている気がしますわ? すごく身近な存在のような……」
「気のせいだぜ……よ」
「……ぜよ?」
……もう、我慢できるかああああああああああッ!! なにこの所業!? 僕もう耐えられないんだけど!?
なんとも居心地が悪く、ストレスで死ぬ寸前だ。
僕は今、女湯に入っている。それもイッちゃんたちと一緒に、だ。
いつからそんな仲になったんだよと思う方もいるかもしれないが、勘違いしないでほしい。僕は変化の術を使い、女の子になっているのだ。
男のまま女湯に入れるわけないよ。真面目な話、殺されます。
黒髪ショートの色気むんむんボインなお姉さん。イッちゃんたちから見た僕の姿はこんな感じだろう。
ちなみにハナちゃんとしゃべっている銀髪ロングヘアーの綺麗な女の子は、シオンだ。あいつ、混乱しちゃって男言葉と女言葉がまぜこぜになってる。勢いあまってぜよとか言っちゃるよ。
ついさっき知り合ったアミちゃんと喋っていたら、イネちゃんたちがやってきた。そしたらなぜか一緒におしゃべりしませんかということになり……。
「どうやったらそんな大きなおっぱいになるんですか!? むふむふっ!」
「え、ええっとっ……。あ、ははっ……」
「あたしも負けませんよー! こちょこちょー!」
「ちょっ! あ、ははっ! わきばらはダメだよ~!?」
「じーっ」
「シ、シオコさん、どうしてわたくしをそんなに見つめるのですか……?」
――――このあり様である。
いや、ね……? 確かに、僕が憧れていたきゃっきゃうふふの状況だよ、うん。僕と入れ代わりたいと思う男なんて、もう、ごまんといるだろうさ。
でも、正直なところ、ちょ~~~~~~~~~~~帰りたいわけなんです!
なんでかって?
……僕の儚い夢の一つが壊れちゃう気がするからさ!
夢は叶わないから夢なんだ。
手に入らないからこその夢なんだ!
……え? なに遠回しに言ってるんだ、って?
わかったよ、白状する……。
――――鼻血でるうううううううううううううううううううううううううううううううううっ!! ダメダメダメ、これダメでしょ!?
女の子の水着姿だけでも鼻血出しかけてたのに、こんな刺激的な姿なんて見てられないよ! 大量出血で死ぬ自信があるね、うん。
と、僕がこころの中で発狂していると、横から、
「あのっ、大丈夫ですかっ?(ぼいんっぼいんっ)」
「ーーーーッ!!?」
イッちゃああああああああああああああん!? なんて無防備な姿してるの! 男の前でそんな格好とっちゃあダメでしょ!? ……あっ、今の僕は女の子か……。
魔性の母性の力で、鉄バットでなぐられたような感覚を覚えた。
このままだとほんとうに死んでまう。
そう思ったワイは、この場から去る決意をしたんや。
私は立ち上がり、血眼になりながらハナさんをガン見しているシオコに、声をかけたわ。
「シオコ。そろそろ上がりましょう? 私、のぼせてしまいそうだわ」
「……(ジーッ)」
「シ、シオコ? ハナさんを見つめるのはやめなさい」
「……(ジーッ)」
こ、こいつ!? あくまでハナちゃんの裸体を脳に焼き付けようって寸法だな?
いや、待てよ。そんなことしようとしたら、鼻血が出るはずじゃ……?
本来なら今頃、鼻血で温泉が真っ赤に染まっているはずなのに、そうなっていないことに疑問をいだく。
と、そこでハナちゃんが教えてくれた。
「たぶんですけれど……。シオコさんの意識はもうありませんわ」
そんな……。バカ野郎! そうまでしてハナちゃんと温泉に浸かりたかったのかよ!?
それに、意識を失ってまで、ハナちゃんの姿を格好を眺めているなんて……。あんた漢だよ。尊敬するぜ……っ!
うっうっと涙を流す僕の姿を見て、どうも勘違いしたらしいハナちゃんがなだめてくれる。
「大丈夫です、きっとのぼせただけですわ。わたくし、先ほどから彼女をどうにかして涼しいところまで運ぼうとしたのですけれど、なかなか持ち上がらなくて……。手伝っていただけますか?」
「あっ、そうだったんだ」
これは都合がいい。
シオンをかついでとっととズラかることにしようかな。
「じゃあ、私が脱衣所まで連れていくわ」
「で、でも。一人で大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。あなたは温泉を楽しみなさい?」
「あっ、ありがとうございますわ。お優しいのですね、あなたさまは。まるで誰かさんのよう……」
「いやいや、たいしたことじゃないよ」
僕たちは覗きどころか、女湯に侵入しちゃってるからね。それで興奮して気絶するなんて自業自得過ぎる。当然の報いだよ。
「じゃあ、僕たちはこれで!」
「……僕たち?」
「い、いえ! それでは!」
あっぶなああああああ!? ついつい僕って言っちゃったよ!
なんとか逃げ出せたからよかったけど!
はあ、なんだかもったいないよなあ。目の前に一糸まとわぬ女の子たちがはしゃいでいるのに。僕たちは一緒に遊ぶどころか、直視することだってできやしない。
その果てに敗走なんて、なんて無様なんだろう。
あははっと自嘲気味に笑いながら、脱衣所に戻ろうとシオンをかついで歩いていると、後ろのほうから妙にはっきりとした女の子たちの会話が耳に入ってきた。
「ねえ、みんな。もしかしたら今、ウシオ君たちが私たちのこと覗いてるかもよ~? な~んてね!」
「でもありえそうです!」
「そうですわねえ。コーさまならともかく、シオンなら許せませんわ!」
みんな言いたいように言ってくれるなあ。
僕たちは目の前にいるのに、覗きなんてするわけないじゃん!
なんて……。
……めんごめんご☆
僕は(^_-)-☆←こんな風に胸のうちでウインクをきめた。
さあって帰ろう帰ろう。
このテンションもそろそろ鬱陶しくなってきたころだ。
そう思ったところで、イッちゃんがイタズラっぽくみんなに提案する。
「じゃあっ、今回はわたしたちがコーくんたちを覗きませんかっ?」
………………What?
ワタシ、ナニイッタカゼンゼンワカリマセーン。
「ええ~……? さすがにそれはどうなのかな~?」
「わたくしは大賛成ですわ~! コーさま、待っていてください!」
「ちょっとハナ~! すごい乗り気じゃん」
「だって好きな人の入浴シーンですわよ? それはハートが高ぶるってもんです!」
「す、好きな人……」
ナツミちゃんはお昼のときに見た誰かさんの水着姿を思い出しているのか。どうやら覗くことに心の天秤が傾いてきているようだ。
あらら、ナツミちゃん。仮にも警察官なんだから、僕は信じてるよ……?
「し、仕方ないよね、いっつも色んなことされてるんだし……。きょ、今日くらいはいいよ、ね?」
おい!
「リコちゃんはどうかなっ?」
「なんだかイタズラするみたいで楽しそうです!」
おいおい!
「アミちゃんもどうっ?」
「おっぱいお姉さんがやるなら私もやるヨ!」
おいおいおい!
「じゃあっ、みんなで男湯をのぞこーっ!」
「「「おおー!」」」
ちょっと待って!? その流れはおかしすぎる!
ふつう男がのぞくもんだよね!? なんで女の子たちが覗くんだよ!
そんなに僕のヌードが見たいならいくらでも見せてあげるのに! こう、シャワーを浴びながら髪をかき上げるしぐさとかさ!
「じゃあさっそくっ、覗き穴を探しましょうかっ!」
ちょ、そんなこと言ってる場合じゃなかった! これは非常にまずい事態だ!
なにがまずいって、もし仮にみんなが覗いたとして、僕たちがいないと知ったらきっと不審に思うはずだ。そしてなんだかんだで、僕たちが女湯に入っていたことがバレるんだ! 知ってるぞ!
それだけは絶対に避けたい!
幸いなことに、イッちゃんたちはまだ覗き穴を探している段階だ。
だからその間に男湯に戻れさえすれば――――
「あっ、お姉ちゃんたち! のぞき穴あったです!」
はえぇよ!
なんでリコちゃんそんなに見つけるのうまいの!?
「じゃあっ、えっと……。誰から覗きますか……っ?」
「わ、私はあとで……っ!」
「あたしは別に覗かないでいいです!」
「私もいいですヨー!」
「じゃ、じゃあっ……わた」
「わたくしが行きますわ! コーさまのお姿、一番乗り!」
イッちゃんがぼそっと言おうとしたところに、ハナちゃんが大きな声で前に出た。
ハナちゃん、いないんだ。その穴の先に、僕の姿はないんだよ。
っていうか、ほんとにまずい……っ!
ハナちゃんが身体をかがませ、いざ覗こうとしたタイミングで、
「ごっめーん! 私が一番乗りー!!」
「あら、ウシコさん」
僕はハナちゃんと覗き穴のあいだに入り込んだ。
ギリギリセーフ!
「というわけで、私が先にのぞかせてもらうねー?」
「うう、ずるいですわー!」
がっくりと肩を落とすハナちゃんをよそに、僕は見たくもない男湯をのぞいた。くそう、なんで僕がこんな目に……っ!
ううっと涙をこぼす僕の視界に入ってきたのは、素晴らしい肉体をもったリュウが他の男としゃべっているところだった。
長めの銀髪に、すっと通った鼻。これほど美男子という言葉が似合う人はそういないだろう。それに加え、どこか気品のある雰囲気なので、執事のような印象をうけた。
「この人は、リュウの新しい友達なのかな?」
そう首をかしげて、あっと気づいた。新しいお友達のアミちゃんはリュウを探しているんだ。もし、この覗き穴をアミちゃんが見たとしたら……。
――――終わる。
ダメだ! ただでさえ切羽詰まった状況なのに、これ以上問題が発生したんじゃ、やってられないよ!
「あ、あのっ! どんな感じですかっ?」
「えっ? えっ!?」
イッちゃんが胸に手をあてながら、僕に男湯の感想を求めてきた。
ど、どんな感じと言われても……。
「う、うーんと。イケメンふたりが仲良く話してる……かな?」
「「「それってーーっ!?」」」
ん?
みんなそんなに息をのんでどうしたんだろう?
顔も真っ赤だし。
すると女の子たちは円になって、
「ウシコさんが見たのってっ……」
「つまり……」
「そういうことですわね……」
「これは見逃しちゃいけないですネ……」
「おねえちゃんたち、どーしたです?」
こそこそと、なにやら内緒話を始めた。
リコちゃんだけ、ついていけずにいる。
話にひとまず区切りがついたようで、円が崩れた。
と、思った瞬間。
「つ、次はわたしが見ますっ!」
「やっ、次は私がいい!」
「わたくしが一番ですわー!」
「私ですー!」
「わ、わ……っ!」
すごい勢いで女の子たちが迫ってきた。
ち、近いって! いろいろ当たっちゃうよ!
後ずさりして、ガッと壁にもたれる。まずい。逃げ道がない……!
……だけど、ここは譲れないところなんだ!
「ご、ごめんね! まだ見ていたいかな!」
「こ、交代してください!」
「いいじゃないですか~!」
ザッ
うっ、は、迫力がすごい……。
だんだんと壁に接触する力が強くなる。
「はやく代わってくださらない?」
「チェンジしてくださーい!」
「う、ううっ……!」
ザザッ
やっべえ、女の子怖すぎでしょ……。
ぐうっと、女の子たちから離れるように男湯と女湯を隔てる壁によりそう。
うう、誰か助けてえ……っ!
――――そのとき。
僕の願いが通じたのか。
奇跡が起こった。
ガガッ
ヒューンバタアーンッ!!
――――男と女の垣根となる壁が、倒れた。
「「……」」
「「「ーーーッ」」」
見つめあう男と女。
そして…………、
「「うわあああああああああああああああああああああああああああっ!!」」
「「「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」」」
見事なハーモニーがフォルテッシモした。
*
結局、あのあと僕たちはバッと逃げ出すように脱衣所へと戻っていった。その隙に、僕は気絶していたシオンを担ぎ、男湯の脱衣所へと入った。もちろん、変化の術を解いてからね。
はあっと安堵の息をついたのも束の間、そこで決定的なミスを犯していたことに気がついた。
「着替えが、女湯の脱衣所に置いたまんまだ……」
脱いだ服はもちろん、忍者服さ。
証拠十分。
「ふっ。いい人生だった」
自らの死期を悟る。
その後、僕とシオンはバスタオル一丁の格好で女湯の脱衣所に赴き、それから――――。
いや、これ以上は言えない。
まあ、なんとか生き抜くことに成功した僕たちは、女の子たちの許しを(主にリュウのヌード姿に変化し、それを見せることで)得ることができた。
はあ、何のために温泉にきたんだか……。
それでもなんだかんだで、みんなと過ごした思い出が一つ増えたんだし。
……うん!
――――あついあつい夏のような日に起こった出来事でした。




