ついに来た、温泉街!(4)
「というか、どうしてリュウがここにいるのさ⁉」
サイゼルの突進を回避しながら僕は声を張り上げた。リュウは火炎でサイゼルをけん制しつつ、答える。
「……今日の晩飯を狩りにきたんだよ。ちょうど食糧が尽きっちまってな」
「晩飯の狩り⁉」
「……臭みはあるが、上手く加工すればうまいぞこいつら」
「ひい⁉」
僕たちは食事をとる必要がなかった。精神エネルギーを生み出すことができる僕らに外部からの栄養はいらないからだ。
革命が成された今、世界のルールは変わってしまった。
この世界に食べるという行為が生まれる。今も空腹を感じているのがいい証拠だ。
受肉といえば、言い得て妙だろう。
「……くそが。皮膚が厚くて炎が通じねえ」
炎系の術を得意とするリュウはサイゼルを仕留めるのに手を焼いていた。火力を強くして焼き殺せれば簡単なんだろうけど、やりすぎると炭になっちゃうし……。
僕もなにか手を貸せれば。
……ってそうだ!
「リュウ! なんでかわからないけど僕、術が使えなくなってるんだ。さっき影分身しようとしてもできなくてさ!」
「……そりゃ俺たちの『核』が『破壊』されたんだからしょうがねえだろうが」
「――――はい?」
「……詳しい説明はあとだ! とりあえず、お前も手伝いやが――ぐおっ⁉」
サイゼルたちの興奮はますます激しさを増していた。あの勢い、リュウが苦戦するのも当然だ。
僕も戦いに入りたいのは山々だけど、術が使えないんじゃ……。
「コーくんっ。きっと氷系の術なら使えるよっ」
「へ、それってどういうことイッちゃん?」
――――と、呑気に聞いている場合ではなかった。
イッちゃんの背後から一頭のサイゼルが迫りつつあったからだ。僕は血相を変えてイッちゃんの間に割って入った。
ここで術を発動できなければ二人とも串刺しになって死ぬ。
ババババッ
だけど、やるしかない!
「千本氷柱の術ッ‼」
ジュザザザザザッ‼
肉を引き裂く音とともに、血しぶきが一面に咲き散った。
僕の足元から生じた氷の膜がサイゼルのもとへと広がってゆき、次の瞬間には茨のように鋭い氷柱がサイゼルを串刺しにする。
白目をむくこともなく、サイゼルはそのまま倒れ込んだ。
「……はあ、はあっ。……できた。術が使えた!」
「さすがだね、コーくんっ」
「…………」
イッちゃんはまるで背後からサイゼルが迫っていたことを知っていたかのようなそぶりだった。それも、僕が守ってくれると分かり切っていたかのように。
『生』の天使として目覚めたイッちゃんは、やはり僕の知っているイッちゃんとは違うじゃないだろうか。
……ううん、今それを考えるのはやめておこう。
「とにかく、リュウを助けなくちゃ」
僕はその場をあとにしようとした。
ふと目に入ったのはサイゼルの死体だ。
ところどころから臓物が飛び出していて、目は見開いたまま死んでいる。
これまでやってきたことと何も変わらない。目の前に立ちふさがる敵に立ち向かうだけ。
違うのは光となって消えないこと。
肉塊が残っているだけのこと。
ただ、それだけの違いなのに……どうしてこんなにも胸が苦しいんだろう。
きっと、これが生きるということだ。
「……あとで美味しくいただきます」
そっと胸の前に手を添えて、リュウのもとへと駆けつけた。
*
ジュワワアっ
音で期待感をあおり、香りで幸せを先行体験。
僕の口の中はわっしょいわっしょいしていた。
「よし、焼けたわよ」
「「「いただきまーすっ‼」」」
赤髪メイド・アールちゃんの合図を皮切りに目をぎらつかせた獣たちが動き出す。とりあえず、リコちゃんたちから取らせてあげるとして、勝負はそのあとだ。
「「うおおおおおおおお」」
戦いで腹をすかせた僕とリュウは血眼になってくらいつく。子供たちの食べっぷりに頬を緩ませているシャバーニは眼中にないとして、意外なのは女の子の面々だ。
ナツミちゃんとローエくんは一つの肉を巡って攻防を繰り広げているし、イッちゃんとハナちゃんに至ってはにこやかな笑みを浮かべながらも、ちゃっかり確保していた。
「んまい……ッ‼」
生きていてよかった。
その一言に尽きる。
「ご飯を食べるってこんなにも幸せなことだったんだね……」
「……米を食うってお前、共食いじゃね?」
リュウの戯言にも耳を貸さず、僕は破裂するんじゃないかってくらいに喰らい尽くした。
食事の時間もあっという間にすぎ。
満たされた空気が漂い始める。
「ふう、もう食べられないよ」
「……三日分の食料がなくなったからな。食い過ぎだっつーの」
「まあまあ。また明日狩りにいけばいいじゃない」
ふんと鼻を鳴らすリュウをナツミちゃんがなだめてくれる。
シーシーとつまようじなるものでいじいじしていた僕だが、ふと思い返して姿勢を正した。
そう、忍術のことについてだ。
「ねえ、イッちゃん。僕が影分身できなかったとき何か思い当たるような顔をしてたけど、もしかして何か知ってるの?」
「そっか。コーくんにはまだその話をしてなかったもんねっ」
「その話?」
「うんっ」
「コーくんはもう『忍者』じゃないって話」
「――――……へ?」
目が点になった。




