紅と蒼の竜(2)
「こいつがオレの本気、だと……?」
蒼紅竜鎧の術。
ウシオとリュウが混じったオレだからこそできる唯一の合体奥義。たとえリュウのコピー能力であろうと最高峰の魔法使いであろうと使用することはできない。
氷竜鎧と炎竜鎧の二つの能力を単純に足したのではなく掛け算のごとき能力値を誇る。そもそもオレ自身が二人の身体能力を兼ね備えているため、負ける要素が一つも見当たらない。
しかし、シロは一蹴した。
「ハッ、ちっぽけな鎧を身に纏っただけで図に乗るんじゃねェよ。たかが能力の一端にすぎねェんだろ。だったら、オレが『破壊』してやる」
「…………」
オレはただシロを見つめ返すだけだ。
できるものならやってみろといわんばかりに。
ズオオッ
「ちゃっちゃと終わらせちまうか」
シロの影が再びうごめき出す。四方八方、逃げ場を奪いながら傘を開くように影の触手が展開される。
対してオレは、
「よっとっ!」
「げぼァ……ッ!?」
軽く足踏みしただけだった。
ただそれだけの行動で触手の雨をすり抜け、シロの傍らへと到達する。そうして、軽く横腹に蹴りを入れてやった。
影の自動防御が働いたおかげかシロは数メートル横に吹き飛ばされただけで済み、意識を失うことはなかったようだ。ひどくせき込んで息を整えている。
「やれやれだな。オレの鎧を『破壊』するんじゃなかったのか?」
「……ざけンな。テメエ、どれだけの力を隠し持っていやがった! 以前戦った時は合体を維持するだけでも精いっぱいだったろうが……ッ!」
「あの頃のオレと一緒だと思うか?」
「なっ……」
「強くなったんだよ、オレは。あのときに守れなかったもの守りたくて、血をにじむような努力をして、力を勝ち取ったんだ。不安で押しつぶされそうなときもあった。恐怖で狂いそうになったときもあった。けどな、オレは乗り越えた。いや、オレたちはオレたちなりに戦い続けてきたんだ。たかが復活しただけのオマエに、オレを倒せると思うなよ?」
「……ふざけやがって、ふざけやがってふざけやがってえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!! テメエはオレの手で必ず殺してやるよォッ!!!」
「やってみろ、王座でふんぞり返ってるだけの王サマが」
ギッ!!!
今までとは比べ物にならないほどの質量をした影の波が現れる。いや、それはもはや闇と形容しても過言ではないかもしれない。
オレやハナを飲みこもうとした絶望が今再び立ちはだかる。
「アハハハハッ!!! これだけの規模じゃさすがに避けきれないだろ!!! それにお前はこの波から逃れられない理由を背負ってる!!」
「何だと?」
「そこに倒れてるハナだよ!! アールが守ってるからとはいえ、ハナを抱えたままこの波から逃れることはできるかなァッ!!?」
下卑た笑いをもらすシロの視線の先には、気を失ったままのハナとそれを抱きかかえるアールがその場から離れようとしていた。
彼女は王宮に仕えるメイドであるものの決して戦闘に長けているわけではない。一人の人間を抱えて走るなどそもそも無理な話なのだ。
それでもなお、アールはハナを抱えて何とか逃げ延びようとしている。
ハナのことを置き去りすることもなく。
二人で助かることを諦めない。
だったら手を伸ばしたくなるのが人間の性ってやつだ。
「さあ、どうする! この波には『破壊』も込められている。テメエが能力を使ったところで一瞬で『破壊』されちまうけど――――よ?」
やつが何かを言い終わるまでに、すべては過ぎ去った後だった。
闇の波はすでにオレが分解済みだ。
「なんだとッ!!?」
影の波はオレやアールたちを飲みこむことなく、まるで何事もなかったかのように宙へと消えていった。
うるさいのはヤツのほうだ。
「テメエ、何しやがった!!」
「なにって……ただ斬り刻んでやっただけだけど」
そう言って、両手を前に見せてやる。ヤツが目にしたものは半透明な氷の剣と煌めきを放つ炎の剣だった。
いっそうシロの剣幕が悪味を帯びる。
「そンなはずねェ! あの波には『破壊』を込めていたはずだ。お前のその剣は能力で作られている。なら、波に触れた時点で『破壊』されなきゃおかしいンだ!」
「あれ、言ってなかったか?」
「……ア?」
「オレの片方は神さまのもとで修行してンだよ。一瞬だけなら『破壊』にも耐えられる『神の力』を持ってんだ」
リュウが駆けつけたとき、似たような現象が起きた。
ハナを貫かんとした影の刃をリュウが食い止めた。本来なら影に触れた炎竜鎧は一瞬にして砕け散ってしまうが、そうはならなかったのだ。
ウシオとリュウが合体してオレになった理由も、そのため。
シロを打倒するにはまず『破壊』の対策が必要だった。ウシオは持っていないものの、リュウは『破壊』への耐性を持つ『神の力』の一部を有している。
だからこそリュウシオとなって、『破壊』への耐性を身につけた。
「オレの思惑通りだったみたいだな。この鎧はお前への耐性がある。多少触れたところで『破壊』されやしない。他の術もたぶんそうなんだろうな」
「……くそが、くそが、くそがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
「テメエの『絶対』は崩れ去った。代わりに敗北をプレゼントしてやる」
バッ
バッ
バッ
印を一つ組むたびに、幾何学模様が空間に生まれていく。
これは古の竜を召喚するためのものではなく。
これは鎮魂歌ですらない。
ただ、ただ、ただ。
相手を打ち負かすための、力である。
術式を組み終えた今。
「終わりだぜ、黒き王よ」
――――敗北の歴史を刻んでやろう。
「――□□□――の術ッ!!!!」
今ここで。
長き因縁に決着をつける。
――――実感がなかった。
実感とは何を意味するか。
そんなもの決まっている。
勝ったという実感がどこにもないのだ。
いつもの戦ならこれで勝利は確実だった。
口では説明しづらいが、これまで経験から肌身で感じとれるものがある。オレは間違いなく勝利したはずだった。
しかし。
ヤツの姿は今、荒れた砂塵の包まれて確認できない。
いや、オレには見えた。
見えてしまった。
常人の瞳には映らない現実も、蒼きタカの眼を持つオレになら見えてしまう。
ヤツがそこにいる。
「そろそろクサい芝居にも飽きたな。王であるオレに道化は似合わねえ」
やはり。
やはりやはりやはり。
ヤツはまだ立っている。
オレの必殺術式を使ってもなお、ヤツはそこに立っていた。
晴れた砂塵から現れたのは、一人の騎士だ。
中世の鎧を極力削りとったかのようなラインに、全身にくまなくエネルギーを送るためのパイプが淡い緑のデザインを鎧の表面に描く。
漆黒にして最凶の騎士。
緑の目の悪魔。
なんて戦場で呼ばれるのだろう。
皮肉にも、装着しているのは守られるはずの王だ。
そしてオレは、ソレを知っている。
こいつとは一度戦ったことがある。
銀髪の青年がまだシオンと呼ばれていたときのこと。
ウシオとリュウシオ、それぞれ含めて二回手合わせしたことがある。
術の名は、影零式。
影の竜の鎧をまとった彼に。
オレたちは一度も勝てた試しがない。
「さて、ここからはおふざけなしだ」
「……っ!」
「王を満足させろよ、旅人」




