紅と蒼の竜(1)
ウシオとリュウ。
二人が一つとなった今、オレに敵はいない。かつてこのオレに敗れた記憶を持つ現在の王がオレを殺すようににらみつける。
「リュウシオ……テメエ……ッ」
「まあまあ、そう怒りなさんな。誰もがハッピーな演幕を迎えたいならさ」
「我が王・シロ! ここは私にお任せください。あなたのお手を煩わせるわけにはいきません」
シオンもといシロと呼ばれた王の片眉がつり上がる。オレたちの間に割って入ったのは黒執事のギンだった。
真似するわけでもないが、オレも眉をひそめる。
「お前はそっち側についたんだな、ギン」
「……すみません、ウシオさんにリュウさん。私にも捨てられない矜持というものがありますので」
「そうかい。アンタが決めたことなら何も言わねえよ」
「ありがとうございます、そして――――消えてください」
ザッ!!
ギンの瞳が蒼く変化し日本刀を構えて飛び出してきた。遠距離戦ではなにかと不利だと判断したんだろう。たしかに、それは一理あるが、
「アンタの剣じゃオレに届かねえぞ」
「試してみなければわからないこともあります!」
ギンッ!!!
鈍い音が王宮の庭に反響する。
火花を散らしたのはギン、と――――、
「おまたせしました、ウシオさん!」
「……ちぃっ、隠兵ですか!」
ウシオと共に王宮を目指したローエだった。
トランサーの能力を持つ彼は、生身の体とはいえ、刃を受け止めきれるほどに肉体強化がほどこされている。
至近距離でにらみ合うギンとローエ。邂逅はこれが初めてだ。
「悪いですけど、あなたの相手はこの僕です。色々あって遅れた分、ここから役に立たないとついてきた意味がないので!」
「ぐっ、トランサー系統の能力ですか。厄介なものをお持ちで!」
「ウシオさん! ……かどうかは分からないんですけど、今のうちに敵の頭をやっつけちゃってください!」
リュウシオとなったオレの扱いに困っているローエの姿はどこか愛嬌があって笑ってしまった。メキメキと成長しているとはいえ、やはりまだ子供の部分が残っている。オレも人のことをいえた義理ではないけどな。
立ち塞がるギンを遠ざけるように誘導してくれたローエに感謝しつつ、オレは再びシロの瞳を貫いた。
「ってなわけだ、邪魔者はもういないぜ。そこのお二人さんを除いてな」
「安心しろ。クロとリンにはオレから言ってあるからよ」
「…………」
ウシオが斬首塔で戦った、瓜一つの容姿を持つクロ。そして、ハナの姉でありメイドの長としてウシオたちと斬首塔へ向かったリン。
やはり、ここに戻っていた。
シオンをシロとして復活させるのが目的だったのだろうが、彼らの思惑はそれだけには留まらない節がいくつかある。
なぜ、王の復活のために斬首塔に足を運ぶ必要があったのか。
なぜ、イネが天使であることを知っていたのか。
そして、どうしてイネの隻翼を切り落とす必要があったのか。
彼らには聞き出さなければいけないことが山ほどある。
そのためには、まず。
「この佳境を乗り越えなくちゃいけないよな」
「ハッ、テメエにゃ二度も負けねェよ」
「言ってろ」
――――ッ!!!
力と力が波動をまき散らす。
シロは基本『影を操る能力』で事の対処にあたるが、一方で身体能力も並みはずれている。ウシオとリュウが混ざり合ったオレに劣るどころか、下手をすればそれ以上の筋力と俊敏さを兼ね備えていた。
だが、それで負けるオレではない。
「よっと!」
「……チィッ、ちょこまか動きやがって」
「悪いね、オレは忍者に囚人、それに暗さ……ああ、数えるのもめんどくせえな」
ガッ!!
腰をひねって遠心力最大の回し蹴りをお見舞いしてやる。勢いを殺しきれなかったのか、シロは体勢を崩したまま地面へと転がり込んだ。
「げほげほっ……。さすがに以前のオレに勝っただけのことはあるってか」
「さてどうかな。今のオマエさんでも敵わない気がするが?」
「ほざいて、ろッ!」
ズォア……ッ!!
シロの周囲から解析不能な影がうごめきだし触手のようにオレを襲った。まったく芸のないことだが、この攻撃手段は戦略的かつ狡猾的だ。
少しでも触れればオレの身体は『破壊』されてしまうのだろう。どのような結果を迎えることで『破壊』とするのかは定かではない。触れぬに越したことはないのは確かだ。
「氷炎陣の術!」
即座に印を組み、防御の体勢に入る。
オレを中心として辺り一面が氷雪の世界へと生まれ変わる。メラメラと燃え滾る豪炎をともなってだ。まるで氷を油のように燃焼する炎の光景は神秘さえ感じさせた。
いかなる侵略をも許さない絶対防御の領域。
しかし、
バギンッ!!
『破壊』を伴う影の前にはなすすべもなかった。
氷と炎の世界が跡形もなく消え去ってしまう。
「……あーあ、やっぱりダメか」
「オレの前ではいかなる抵抗も無力だ」
影の本数がさらに増す。
大方、これで決定打に落とし込むつもりなのだろう。
「あっけなく死ね」
ズオオオオオオッ!!!
それはまるで津波のように目の前の人間を圧倒して飲みこむかのような絶望だった。ウシオであれリュウであれ、この絶望を前にすれば必ず屈服したことだろう。
だが、彼女は違う。
ハナは凛として立ち向かったではないか。
この絶望の権化を前にしても、立ちすくまなかった。
立ちすくむことなく、前へ突き進もうとした。
ならば、オレがとるべき行動は一つしかない。
最初から分かりきっていたことだ。
「たとえ絶望が世界を覆い尽くそうともな」
「……ア?」
「オレは、その絶望を、オレのモノにしてやるさ」
――――蒼紅竜鎧の術
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!
二対の竜が、それぞれの幾何学模様の中心から召喚される。
一対は氷を従えた蒼き竜。
一対は炎を支配する紅の竜。
二対の竜は互いの縄張りを侵し、立ち昇り、そうして――――オレを喰らった。
「ぐッ!? なんのつもりだ、リュウシオ……ッ!!」
莫大なエネルギーの余波が草木をなぎ倒す。
それはもはや災害とも呼べたのかもしれない。
そうして、そうして。
――――蒼紅の竜の力を身に纏ったオレが、姿を現す。
炎を支配した右手を上に。
氷を従えた左手を下に。
円を描くように上下に構え、ヤツを捉える。
「おまたせしたな」
「こいつがオレの本気ってやつだ」




