百戦錬磨の子供と大人(4)
おれに立ちはだかるのは、おれと年端も変わらないエアラという黒の少年だった。黒の少年とは上手く言ったもので、前髪で隠れた眠そうな瞳に、静寂を従えたいで立ちは黒のイメージが溢れている。
「…………」
おれたちの戦を邪魔する者はいない。本当はナツミのねえちゃんやヒナタ、リコと共闘するべきところだ。
けれど、エアラを一目見たときから感じるものがあるのだ。
こいつとは何かがつながっている、と。
「本当に大丈夫なの!?」
「ああ、まかせとけって!」
おれを心配してくれたらしいナツミのねえちゃんが後方から声をかけてくれる。ナツミのねえちゃんたちにはシャバーニのおっさんのバックアップにあたってもらった。
とはいえ、あちらの闘いは介入する隙がないほどの激闘で、ナツミのねえちゃんたちは戸惑っているようだが。……まあ、じきに向こうの決着がつくから時間の問題だ。
「……君はだれ?」
「おれか? おれはライってんだ」
「ライ。どうしてボクに一人で挑んでくるの? さすがに無謀じゃないかな」
「さあて、どうだかな。少なくとも、おれはお前に何かを感じるぜ」
「……?」
この様子から察するに、向こうさんはなんのことやらといった感じか。
まあ、いいさ。
一つ刃を交えれば、目の色を変えるはず。
今のおれは――――アレが使えるんだからな。
「…………」
「…………」
一対一の決闘。
阻む者はおらず、また逃げることもない。
これはおれから望んだことだ。
勝たなくて、どうする。
――――ッ
合図はなかった。
足腰に力をこめることもなく、石ころをつま先でこづくかのような軽やかさで、おれは前へと飛び出した。全身をこわばらせることなく、意表をついた形でエアラへ急接近する。
使い慣れたチャクラムを容赦なく振りかざした。
ギンッッ
しかし、そこはエアラ。
おれの不意打ちに焦りもせず小刀一つで冷静に対処した。金属同士の甲高い音が響き、耳を覆いたくなるような嫌な音があとを追って続く。
刃越しにおれとエアラの視線がぶつかった。
前髪に隠れた瞳は、吸い込まれそうなくらい深く感じたが、ほのかにルビーのような赤色を見て取れる。
「お前の目、死んでるな」
「どうでもいいよ」
「もっと楽しく生きられないもんか?」
「タノシイ、ってわからない」
――――っ
途端にチャクラムに込める力が行き場を失った。
エアラが突然として姿を消したのだ。
今しがたの力の均衡から逃れるには少なくともおれの剣を切り返さなくちゃならなかったはずだ。けれど、それといった行動があったわけではない。
「どこいった!?」
「――――」
背後から微弱な殺気を感じる。
おれは慌ててチャクラムの持ち手を変え、
ガインッ!
チャクラムを盾にしたことが功を奏することとなる。おれの気づかぬ間に背後へと回ったエアラが小刀を突き刺してきたのだ。
しかし、次の瞬間にはおれはエアラの姿を逃していた。
「何かの能力か、これ……ッ!?」
「ライくん! 言いそびれたけど、その子には『影から影へと移動する能力』があるから気をつけてね!」
「言うの遅いってナツミのねえちゃん!」
まあおれが無茶言ってエアラの相手を買って出たんだから自業自得なんだけどさ。
いやしかし、エアラには『影から影へと移動する能力』があるときた。要するに瞬間移動するってわけだ。
これは……、
「――――おれの能力と似てるのか」
「ライくん後ろ……ッ!」
ナツミのねえちゃんの悲鳴ともとれる叫び声が聞こえたときにはもう遅かった。エアラの小刀の先がおれの腹部の肉をえぐり取る。……が、エアラが不意にくることはわかりきっていたことだ。なにせ、不意打ちを先に仕掛けたのはおれのほうだからな。
――――おれはとっくの昔に数メートル離れた小石のそばに移動している。
「…………?」
とどめを確信していたらしいエアラは思ってもみなかった不可解な現象に首をかしげた。ついでにナツミのねえちゃんも目を丸くしている。
そういう反応されると、なんかテンションあがるな。
「悪いなエアラ。お前はもうおれに触れられやしねえよ」
「…………完全にとらえたはずだった。どうして」
「ああ、とらえたはずだった――――ろうよ」
「え?」
次の瞬間にはおれはエアラの背後に立っていた。
さすがのエアラも感知できなかったようだ。まあ、光の速さを知覚できるようなやつなんていないだろう。
少し遅れて気づいたエアラが小刀を逆手にとって突き刺してくるが、おれは再び瞬間移動した。やつの攻撃は当たらない。
――――ッ、ッ、ッッッ、ッッッッッ!!!
いくら刀を振るおうが、刃先が俺の血を吸えることはなかった。
すべてをかわす。
そうしているうちに、おれの身体に変化が訪れる。
皮膚からは蜃気楼のような熱が生じはじめ、髪は風圧と熱が絡み合ってか逆立つようになった。
ここにきて、ナツミのねえちゃんが疑問を呈した。
「ライくんって能力に目覚めてたっけ……? 『武器使い』ってどこかで聞いたことがあったんだけど、でも、違うっぽいよね……?」
「あたしも知らないです……」
おれと付き合いの長いリコでさえ首を傾げている。
無理もない。
この能力はユウのやつに鍛えられた末、手に入れたものだ。……いや、完全に我が物にしたわけではないんだけど……。
なにせ、とんでもない熱量のせいで身体に負荷がかかっちまう。
「ライくんの能力っていったい……」
「敵の前でわざわざ公表するわけにもいかないけど。能力の名だけを口にするとしたら、そうだな……『光となりし者』ってあたりか」
「…………」
光となりし者。
ライズ・ライフ。
その名の通り、光と一体になる能力。
工夫によっちゃ色々な使い方ができるらしいが現段階でおれが使えるのは高速移動、いわば瞬間移動だ。
とある対象物を認識することで、その場所へ光となって移動する。たとえるなら避雷針に導かれる雷って感じだ。これまでエアラの攻撃を回避できたのも、小石やエアラ自身を避雷針とすることで移動していたから。
ただし使い勝手の良い能力にはそれなりのリスクがあるものだ。
欠点が二つ。速度が速すぎて、移動中のことは自分でも知覚できないこと。そして、もう一つが莫大な熱量が発生して長時間使い続けられないということだ。
この二つを克服できていないのでユウのやつからは使用を禁止されていたけど、ウシオを王宮まで連れてやるために仕方なく許可された。おれに触れてさえいれば同じく光の粒子へと変換することができる。
しゅう……っ
まあ一応、戦う許可ももらってるから使っているが、おれの身体はそろそろ限界に近い。まだまだ修行が足りないってことだろう。
……ちょっと悔しい。
「ソレ、長くもたないんだね」
「まあな」
「じゃあはやくヤろうよ」
ぞくりと背筋に嫌な感覚が走った。
どうにもエアラの様子が先ほどからおかしい。おれが能力を使い始めたあたりから、少しずつ剣の軌跡が荒くなってるというか……どこか興奮しているように見えた。
なら、これで決着をつけてやる。
――――ッ
音はない。
風もない。
あるのは光だけだ。
ギンッッ!
「へえ、この一撃を防ぐとはな。勘ってやつか?」
「…………」
直後、均衡していた力のバランスが崩れる。エアラは自身の能力を発動して影から影へと瞬間移動したのだろう。
この時点でおれの背後にやつがいる。
が。
「――――そう思った時点でおれはお前を追い越しているぞ」
「……ッ」
想定外の速さだったらしい。
おれの腕に沿って煌めく鎌のようなチャクラムがエアラの柔肌を切り裂いた。ライズ形態にともなって変形したチャクラムはもはや別物だ。
再びエアラの姿が消える。
おれは見逃さずやつを追った。
消えては追って、消えては追って。
過ぎていく時間はそれは短いものだったと思う。
刹那の時を重ねたところで、それは数秒の出来事に過ぎない。
しかし、おれたちの戦は着実に終盤へと向かっていた。
エアラの傷がどんどん増えていく。
傷は増えていく一方…………なのに。
「お前……ッ」
彼は、笑っていた。
形容しがたい悪寒がおれの筋肉を硬直させる。
次の瞬間、やつの背後へと瞬間移動したおれの攻撃がはじかれてしまった。
信じられない。信じられるはずがない。
光となったおれをやつは完全にとらえた。
それはつまり、エアラは光の次元へたどりついたということを意味する。
「……っ! なんだ、それ……」
攻撃を中断したおれが目にしたエアラの姿。
それはもはや、人の形を逸脱しかけていた。
青年とは呼べない未発達な身体の輪郭がところどころに薄れている。そうして、黒煙のように大気と同化していた。
ユウの使う『神号気』も似たような形態へと変身するが、ユウが発するオーラとはまたどこか異なる。
エアラの場合、存在そのものが煙や影のように溶け込んでいるような……。
なにはともあれこのまま傍観しているわけにはいかない。
光となり、一か八かエアラに特攻をしかけようとした。
そのときだった。
ブッッワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!
強烈な光で目がくらんだと思ったら、直後に大木をもなぎ倒す爆風がこの場を襲う。身体能力が向上しているにも関わらず、耐えしのぐことで精いっぱいだ。
「ぐ……ッ!!」
最初はエアラの仕業かと思った。
しかし、それはすぐに違うのだと悟る。
おれから見て、左遠方。
ウシオのにいちゃんたちがいる、この戦いの最大の渦中。
光や風の発生源はそこからだった。
嵐がやみ、再び現実に戻される。どうやらリコやナツミのねえちゃんたちも無事なようだ。よくあの風圧に耐えられたものだ。獣人の力のおかげだろうか。
だが、驚いたのはそれだけではない。
エアラの狂気がいつの間にか消えている。
彼は茫然と光の発生源を眺めていた。……いいや、リコたちを含めたこの場の全員が、その光景に目を奪われている。
「…………」
この戦いの――――革命の、終幕に。




