大切な人とはいったい何者か(4)
私は、古くから王家に仕える一族の子として生を受けました。
本家でなく分家で育ったものですから両親の期待はあまりにも重かった。さらには長男というレッテルが私にのしかかっていました。
だから、でしょうか。
私は自然と『性別が変わる能力』を開花しました。
男である私は剣や斧といった近接型の刃物を生成し、女である私はハンドガンやマシンガンのような銃器を生み出すことができます。
性別の概念を超越した私は長男というしがらみから解放された気がしました。
それからはトントン拍子のように私の道は切り開かれていきました。分家から本家へと籍を移し、十五になる頃には王宮に仕える身として任命されました。
目指していた世界は、なんとも広く、私を虜にしました。
周りの方々すべてが一流です。
王宮に選ばれて三年仕える一般市民の方もいましたが彼らとは次元が違いました。……いいえ、町の人々も目を見張るほどの成長を見せてくれます。
私の窮屈な世界は果てしなく広がった。
そうして、あの方と出会いを果たしました。
「アハハ、もっと楽しんで働けよ!」
「…………」
王は私が思う『王』ではありませんでした。
玉座でふんぞりかえることなく、度々お目付け役の目を盗んでは王宮内を回り、使用人だけでなく一般市民方々にも気軽に接していました。
もはや王ではなかった。
王でありながら一人の人間。
私には理解できなかった。
小さな頃から長男としての期待に応えようと寝る間も惜しまず努力し、本家に移ったあとも遅れを取らないようにとひたすら剣の技を磨き、そうして使用人になったあとも一流の方々に劣らないよう経験を積む毎日。
私はひたすら上を目指して生きてきました。
だからこそ、頂点にいる彼の振る舞いが理解できなかった。
王直属の執事に就任した、私は思い切って言葉を投げかけてみました。
「なぜ王であるあなたが市民と同じように振る舞うのですか?」
「すべては民のためだよ」
王は私に目線を合わせ、そう答えてくださいました。
彼は語ります。
「オレは生まれついての王だ。でもさ、逆に言えばオレには何もないんだよ。オレから王を抜いたら何も残らない」
「いいえ、王から王を抜き取ることはできません」
「だろうなァ。だからオレは王としてできる最善のことをする」
「それが民を想うということですか?」
「だいたいそういうことだ。民がいなければ王は存在できない。民が支えてくれるからこそ王として機能できる。まあ……オレの言動は王らしくないんだけどな」
王はそうおっしゃいましたが、私には分かるような気がしました。
市民と同じように振る舞うのは彼らと同じ目線で物事を考えられるようにするため。今もこうやって私と同じ目線に合わせて話しかけてくれているように。
王は私に新たな世界を与えてくれた。
上を目指す生き方ではなく、誰かのためを想い尽くすという生き方。私が王に仕えていたのは、王のためではなく、自らのためだった。
私はようやっと私を手に入れられた実感が湧きました。そして、献身的に生きるようになりました。
王のためだけではなく、すべての人のために。
ビイやハナ、アールが王直属のメイドとしてやってきたときは手を焼きましたが悪い気はしませんでした。
これが誰かのために生きる喜びだったのですから。
そうして――――転生の時が来ました。
王は最後まで笑っていた。
「…………」
新たな王となった彼はスケベでした。
女湯を覗こうとしたり、鼻血をよく出したり、時々奇行に走ったりと前回の王とはまったく人が違った。
私は寂しく思いました。
ああ、私の王はもうどこにもいないのだと。
けれど――――王はやはり王だった。
私たちの制止を振り切り一人で街へと降り立ったとき、私は胸の中が熱くなりました。
私の仕えた王は今もこうやって生きていると。
王が行方をくらませたと聞いたときには世界から色が消えたようでした。真相はクロさん率いる革命軍の仕業でしたが、それを知ったのは後のことです。
私は暇をもらう決意をしました。
私の人生そのものと言っても過言ではない職務を放り出し、王を探す旅へとでかけました。
その道中でアミと出会い――――そうして、ウシオさんたちと邂逅を果たした。
新たな王として生まれ変わった今。
私にくれた答えは変わらないものだった。
「すべては民のために」
王は何度生まれ変わっても同じだ。
私に光をくれた存在。
私が仕えるのはあのときから変わらない王だけだ。
「王よ。私は再び王に忠誠を誓います」
*
「ちょっとギン! あんたどういうつもりよ!?」
弾幕の雨をなんとか凌いだわたくしが目にしたのは、シロに向かってひざまずくギンさんの姿でした。その姿はまるで中世の騎士が王に忠誠を誓うワンシーンのようにも思えました。
いいえ。言葉のままに彼はシオンに忠誠を誓い直したのでしょう。
つまりは、
「革命軍につくつもり、なのですね」
「その通りです」
ドドドドドドドドッッ!!!
ギンさんは躊躇することなくわたくしたちをマシンガンでぶちまかしました。わたくしは植物の盾を生成し、わたくしとアールの身を保護します。
アールは混乱しているようでした。
「なんでよギン! 私たちに銃口を向けるなんて……そんなの、本当に裏切ったじゃないの……!」
「あなたたちは王をあだなす者なのでしょう? でしたら私の敵で間違いない」
それはもはや一流の精神と評するべきでしょうか。彼の目はわたくしたちを映していません。
わたくしは……構いませんでした。
「やめなさいアール。彼はもう革命軍の人間ですわ」
「ハナまで何言ってるの!? ついさっきまで笑いながらお茶してた友達がちょっとしたことで命を狙うようになるなんて……おかしいに決まってるじゃない!」
……アールの言い分もわからないことはありません。
わたくしたちはたしかに友人でした。
理由は違えど同じ人間を愛し、語り合い、ともに時を過ごした。それがたった数分で命を奪い合うような関係になってしまうなんて信じられるはずもありません。
わたくしだって混乱しています。
けれど、彼の信念を垣間見ました。
それだけで十分です。
わたくしに止められるはずもないのですから。
「命までは取りませんよ、アール。王はあなたたちを所望している」
「ふざけないで! あんな王様なんか王様じゃないわよ!」
「はあ……メイドとしては一人前になりましたが、いつまで経っても言葉遣いだけは直りませんね、あなたは」
ギンさんはあくまで冷静にわたくしたちを貫かんとトリガーを引き続けます。さすがは王直属の執事といったところでしょう。
ドドドドッドドドドドッ!!!
マシンガンにショットガンなど、ギンさんの攻撃の手数は豊富でしたが、一つ一つに目を見張るような破壊力はありませんでした。
わたくしには、まだ盾を生成しながら攻撃を同時並行できる余裕があります。
「はぁ……っ!!」
集中力を増し、樹木を操る精度を高めます。
シュルルルル……っ
わたくしの攻撃に対してギンさんはサーベル一本で対処しました。性別を変換して『剣を生成する能力』に変えたのでしょう。体つきもどこか男らしくなっています。
彼は襲い来る蔓をまるで庭師のようにあざやかに切刻みました。
……けれど、
「防御に専念した反面、攻撃まで手が回っていませんわよ!」
シュルルルッ!!
この好機を逃すわけにはいきません。
わたくしは少し無理をして植物の数を増やしました。くらげの触手のように数え切れないほどの蔓がギンさんを囲います。
「くっ!?」
さすがの彼でもこの数を見て渋い顔を浮かべました。
わたくしはギンさんを傷つけるつもりはありません。
エネルギーを奪う特殊な蔓を巻き付けてしまえばギンさんの機動力を奪うことができます。その間に王との決着をつける。
自分でも少し甘い算段だとはわかっていました。
それでも、わたくしはシロとの時間が欲しい。
「さあ、行きなさい!!」
シュルルルッ!!
植物たちは勢いをつけ、ギンさんを四方から襲います。対処しきれない数に彼は身動きが取れずにいました。
推測通り。
これでギンさんの動きを奪えば――――、
「オイオイ。オレを忘れんなよな」
シュパパパパパッ!!
わたくしの蔓がまさにギンさんをからめとろうとした直前。
ナイフ状の細長い影が出現し、瞬く間にわたくしの蔓をさばいてしまいました。
ギリィと、奥の歯から嫌な音が聞こえます。
「あなた……っ!!」
「そんな怖い顔すンなよ。美人が台無しだぜ、ハナ?」
「ありがとうございます、王よ。助かりました」
「お前もでしゃばりすぎンなっての」
「……申し訳ない」
危機を免れたギンさんがわたくしから距離を取り体勢を整えなおします。
それに伴って、
――――ズドンッ!
ついに、シロが地上へと降り立ちました。
ギンさんの隣に並んでは、わたくしにこう問いかけてきます。
「なァ、ハナ。考え直すつもりはないか?」
「……何をですか」
「オレたちの仲間になることを、だよ」
「……転生してもしつこい性格は変わらないのですね、あなたは」
「そうよ! 誰があんたの仲間になんかなるもんですか!」
べーっと、アールが舌を出してはシオンを挑発します。思いがけない言動にわたくしは思わず苦笑がこぼれました。
シロは夜空を見上げます。
「……そうか。オレたちのもとに来る気はないんだな」
「ええ。代わりにシオンには戻ってきてもらいますけどね」
「ケドね!」
「…………」
わたくしと王の眼光がぶつかり合います。
彼の瞳は冷たかった。
冷たいけれど……どこか、懐かしく、温かい。
張り詰めた空気が肌を刺します。
そうして。
そして。
死を纏った悪寒が走りました。
「――――ッ」
気配は背後から。
振り返りざま、嫌な汗が飛び散りました。
視界の隅に入ってきたのは、今まさにわたくしを襲おうとしている鋭利な影でした。
シロはすでに攻撃を仕掛けていたのです。
油断していた。
気づいた時にはもう間に合わなかった。
自動防御が働いたとしても神の力が込められていない盾では一瞬で『破壊』されてしまう。
「――――」
わたくしは目をつむっていました。
人はどうしようもない現実と直面したとき目をそらそうとする。
このときも同じ。
わたくしは敗北を悟りました。
……。
……。
「…………?」
どれくらいの時間が経ったのでしょう。
痛みも、熱も、わたくしは何も感じませんでした。
小さな不審がわたくしのまぶたを上げさせました。
「……ギリギリすぎんだろ、ったく……ッ」
影はわたくしの数センチ手前で静止していました。
炎を発する手が影をつかんでいたからです。
わたくしを窮地から救ってくれたのは、
「……間に合ったようだな」
「リュウ……っ!」
紅蓮を身に纏ったリュウでした。




