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ライス・ライフ〜女の子に食べられた僕は獣に目覚めました〜  作者: 空超未来一
第4部【斬首塔編】 - 第2章 斬首塔での悲劇
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復活の―(4)

 とある男は戸惑いを隠せなかった。

 一度別れを告げたはずの愛が目の前で蘇ったのだ。手のなかにおさめたい。宝箱に隠して鍵をしめたい。それだけの想いが胸中を交錯する。

 一方で彼を救った男の子を最後まで守り抜いてみせると決めていた。

 そうだ。

 すでに答えは出ている。


「俺はお前との別れに踏ん切りをつけた。他でもないショーンのおかげで……ッ!」

「ガルル」


 それでも。

 反撃の糸口は見つからない。

 いや、ただ彼女を傷つけることができないだけだ。

 最愛の人との別れを認めたところで、その人に刃をむけられるのかといわれれば、話は別だ。生きていても死んでいても、大切なことに変わりはないのだから。

 青年は受け身になりながら考えることをやめなかった。


(……どうすればいい。もう一度完全に獣人化すれば俺の意識を飛ばせるか? そうすればシャルラを倒せる…………無理だ。いくら意識がないからってシャルラを傷つけるなんて考えられない)


 結局、思考の先は行き止まり。

 悩めば悩むほど心身ともにダメージが蓄積されていく。


「俺は……」



 *



 とある青年が拳をゆるめることはなかった。

 何度も何度も固く握りかえして闘う。


「はあ、はあっ」

「どうした。お前の限界ってのはそんなもんなのか?」


 不死鳥の獣人はその名を冠するにふさわしい回復力だった。

 青年の体力は限りなく限界に等しい。逆をいえばトランサーの力を持つ彼の攻撃力は凄まじい。空手割りの要領で地面をたたけば半径百メートル以上のクレーターが瞬時に生まれるレベルだ。

 圧倒的な力。

 相手が悪かった。


「いくら攻撃しても効いてる素振りがない、なんて……」

「本音をもらせば痛いんだぜ? 文字通り死ぬほど痛え。それでも俺の心の痛みにくらべりゃあずいぶんと生ぬるい痛みだぜ、ローエさんよお!」

「ぐっ!?」


 回復力に優れた獣人だったが、それに劣らず基礎的な身体能力もバカにならない。トランサーの能力で肉体を強化していなければ一瞬で肉塊に変わり果てていたことだろう。


(……このままじゃラチがあかない。何か弱点はないのか……?)


 怒涛の攻防が数分にわたって繰り返され続ける。

 パワーは互角か青年が少し有利。

 ただし、体力面では天と地ほどの差があるのが事実だ。

 残り一分。


(そこで決める)


 全身の毛穴がひろがる。

 全神経に通じるよう精神を集中させ、力を一気に爆発させた。


「いくぞッ!!」

「いいぜ、来いよ!!」


 六対の翼が炎をまき散らし、青年をむかえた。

 彼はエネルギーを込めた両手を重ね、ぐっと手前に引く。胸の中から七色の光が鏡で乱射したレーザー光線のように夜闇を照らした。


「カァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」



 ――――ッ!!!



 もはや音で表現することはできなかった。

 心の臓を揺さぶるような波動が拡がる。

 青年の一撃は獣人の胸部を貫いていた。衝撃のためか、貫いた腕に似合わない大きな穴がぽっかりと空いている。


「か、は……っ」

「どうやらこの一撃だけは回復できなかったらしいね……」


 ずるりと手を抜き、一歩下がる。

 口元から赤い液体を垂れ流す親友を見た。

 どうにもならない感情が渦をなして言葉をかたどる。


「……どうしてこうならなくちゃいけなかったんだ。僕たちは、本当に、どこまでも旅を続けられたはずなのに」


 いくら未来予想図を拡げたところで何も変わらない。

 現実は甘くないのだから。

 しかし、事態は思わぬ方向へと傾いた。


「どうしてだろうなあ?」

「っ!!」


 反応のあった直後。

 彼の視界は暗転し、気づけば冷たい土が青年の頬にふれていた。

 痙攣しながらも頭上を見上げる。

 そこにいるのは胸の穴がふさがった不死鳥の獣人だ。

 すべてを悟ってしまった。


「まったく、俺を侮ってんじゃねえぞ。いくらお前の一撃がでかいとはいえ、そんなもんで死にやしないんだよ。主人公を気取りすぎてるからこうなるんだ」


 もはや息をしている感覚すらなかった。

 いっそのこと死んでいるのではないかと思えるほどに。


「なあローエ」

「…………」

「お前はよくがんばった。そんなにボロボロになってまで。だからここで楽にしてやるからさ。安心してあの世に行きな」


 獣人の左翼の一対が、まるでナイフのようにとがった。

 一思いに貫かんとして。


(ああ、僕はここで死ぬんだ)


 案外あっけないものなんだと、彼は彼らしくもない思いにかられた。

 まぶたをゆっくり閉じていく。

 そのときを待って。

 …………。

 ……。

 不思議なことに。

 いくらたっても意識が遠のいていくことはなかった。死ぬってつまりそういうことなのかなとも悟って見みるが、一瞬の痛みすら感じない。

 青年は再びまぶたをあげた。

 瞳にうつるのは変わらず不死鳥の獣人だ。


「……アイツ、何をしでかすつもりだ?」

「…………?」


 彼の意識は斬首塔方面に傾ているようだ。アイツとはいったい誰のことだろう。

 不思議に思って視線の先を追う。



 首が。


 あどけない少女の首が。


 それも、見知った、あのナユタの首が。



 斬首塔の頂点から、まるでガリレオの行った実験のように、鉛直方向に落ちていた。

 つまりは。



 ナユタが処刑された。



 これは現実か?

 いいや、きっと夢を見ているに違いない。カーリーとの戦闘中に気を失ったのだ。その夢が、目の前で起きている惨劇。



 違う。



 これが現実だ。



「アアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっっ!!!??」


 不死鳥の赤い羽根が、夕方なのかと錯覚させるほどに、あたり一面を真っ赤に燃やした。

 意識を飛ばせばどれだけ楽だったろう。

 無力な青年は、ただただ落ちゆく生首を眺めることしかできなかった。



 *



 とある男は愛する者と再会し。


 とある青年は大切な者を失った。



 ――――同時に。

 彼女が目を覚ました。


 これらの惨劇を目の当たりにして。


 すべての過去を呼び起こす。



 ――――わたしも、あの処刑台で死んだのだと。



「コクメ」


 彼女は愛しい者の名をなぞった。


 そして。

 そうして。



 イネと呼ばれる彼女は。

 大きく、穢れのない、純白な想いを胸に。



 隻翼せきよくを羽ばたかせる。


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