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そうだ、プールをつくろう(1)

 これは、僕が修行をはじめた頃に起こったお話だ。

 僕はいつものように、森の中の隠れ家を出発して、修行に来ていた。

 いやあ、それにしても……。


「あちいい……。今日、めちゃくちゃ暑いよ……」


 修行しに来たはずの僕は、さっそく木陰に入ってぐったりとしている。

 だって、あついんだもの……。


「昨日までは春のような気候だったんだけどなあ。どうしてだろう……?」


 うーんと知恵熱を出して、さらに体温をあげてしまう。

 やる気スイッチはパチンと音をたて、オフになった。


「やるきでな~~~~い。ねむくもな~~~~い。あ~~~~、アイス食べながら漫画よみた~~~~~~~~~い」


 まるで、夏休みをむかえた受験生そのものだ。

 やらなきゃいけないことがあるけど、暑いからやる気が出ない。

 これって仕方がないことだよね、うん。

 まったく筋のとおってない言い訳を、自分のこころに言い聞かせ、ダラダラとした時間を過ごす。

 しかし、しばらくすると遠くのほうから突然。


 バッッシャアアアアアアアアアアンッ


 聞いただけでも涼しくなるような、大きな水しぶきが上がる音を耳にした。なんだなんだと思って、重い身体を起こし、音のしたほうへと近づいていく。

 すると、森のなかにある大きくひらいた広場の真ん中で、二人の男女が何かしている姿を目にした。

 二人の近くには、まるで学校にあるプールのようなものがあった。その中に、足首まで浸かるくらいの水が溜まっている。

 僕は、そのそばに立っている男女のもとへと駆けよっていった。

 その男女とは、まっ白な忍者服のシオンと、いつもはお嬢様のようなドレスを着ているハナちゃんだった。

 しかし今のハナちゃんは、爽やかな黄色のワンピースを着て、麦わら帽子までかぶっている。まさに、夏の澄みきった青空の下、さわやかな風に吹かれている、華やかな少女だ。

 なんていうか……綺麗だなあ。

 ハナちゃんに見惚れ、我を忘れてボーッと立っている僕にシオンが気づいたようで、こちらに声をかけてきた。


「ゲホッ、お、おおッウシオ! ちょうどいいところに、グフッ、来てくれた! ……ガハアアア……ッ!!!」


 ……ッ、やべえええ!! こいつは嫌なにおいがプンプンしやがるぜッ!!


 明らかにおかしすぎるシオンの様子を目の当たりにして、嫌な予感をビンビンに感じた僕は、即座に逃走できるような体勢をとる。

 しかし、彼の右手はすでに僕の右肩をとらえていた。

 逃げようとする僕の力と、逃がさまいとする彼の力が均衡し、プルプルと身体をふるわせ合う。

 そんな中、シオンは笑顔で、人とはこんな笑顔を作ることができるのかと恐れおののくほどの笑顔で、僕に微笑みかけてきた。


「や、やあウシオッ!! 君にいいお話があるんだが……ッ!(ググッ)」

「……ッ!!ググッ)」

「ま、待てウシオッ! なんでオレに背を向けるんだ……ッ!?(ググッ)」

「君の笑顔が笑顔じゃないからだッ!!(ググッ)」

「いやいや、よく見ろよ。これほどニコやかな笑顔はないぜ……?(ニゴオオッ)」

「効果音がにごってる笑顔なんて、そんなもの、笑顔なんかじゃないッ!!(バッ)」


 なんとか右手をふり払い、全力疾走し始める僕。

 だが、つめが甘かった。


「絶対に逃がさないぞ、オレの命がかかってるんだッ!! 雷槍らいそうの術!!」

「グフッ!!?(グサッ)」

「フフフッ、トラエタゾ……」


 くそっ、こいつの執念の深さがこれほどまでとは……あなどった……ッ!

 雷のやりに貫かれ、しびれながら地面に倒れた僕は、バケモノのようなシオンのひとみを見た。その目に、光はやどっていなかった。まるで、死んだ魚のようだ。

 いったいなにが純白だった彼をここまでに狂わせたのだろう。

 シオンは僕の足首をつかみ、ずるずるとひきずりながらハナちゃんのもとへと戻っていく。

 足首が浸かるまで水が溜まっている、プールのようなものの近くに立っているハナちゃんが話しかけてきた。


「あらコーさま、ごきげんよう!」

「う、うん……。えっと、ハナちゃん。いったいなにをしているのかな……?」


 プールのようなものを指さしながら、ハナちゃんに質問した。

 彼女は、よくぞ聞いてくれたといった表情で答えてくれる。


「本日はとても暑いですわ……。そこでプールを作ることにしましたの!」

「プール……? いったいどうやって?」

「わたくしがプールとなる外郭がいかくを木でつくりまして、そこにシオンの忍術で水を入れてもらいますの」

「なるほど……。それはいい案だね!」


 この木製の大きなものはハナちゃんの能力でつくったプールの入れ物。足首が浸かるくらいまで入っている水は、シオンの忍術か。

 なるほど、と僕は納得した。

 同時に、プールにすごく入りたい気分になる。

 こんな炎天下のなか、目の前に、キンキンに冷えたプールがあったら誰でも入りたくなるよね!


「ねえハナちゃん、よければ僕も入っていいかな?」

「もち――――」

「もちろん歓迎だぜ!! さあ、一緒に楽しもうじゃないか!!」


 ハナちゃんの言葉をさえぎり、シオンがすごい勢いで賛成してきた。

 どうしたんだ……。なにか裏があるように思えてならない。

 僕がいぶかしんでいると、ハナちゃんがパンっと手のひらを叩いて、その場の雰囲気を変えた。

 ……そう、まるで休憩していた作業員たちが、仕事に移るときのように。


「さて、それでは続きを始めましょうか!」

「え……? 続きってなんの?」

「それはもちろん、プールづくりに決まっていますわ! コーさまとシオンには水を入れてーー」

「さらばッ!!!」

「逃がすかッ!!!」


 気がついたときにはもう遅かった。

 僕は完全に、シオンに拘束されてしまう。

 くそおおおおおっ!! そういうことだったのか!!

 どうしてこいつがあんなにも死にそうな様子だったのか。それに、どうしてシオンがあんなにも爽快な笑顔で、僕を受け入れてくれたのか。

 その意味がやっと分かった。

 こいつはハナちゃんにプールの水を頼まれて、忍術を使った。

 でもプールには、僕たちが思ってる以上の水が必要なんだ。

 それを知っていなかったシオンの結末がこれだ。忍術の使い過ぎで、バテバテになっている。にもかかわらず、足首が浸かるくらいの量しか入っていない。

 このプール、相当大きいんだ。

 それに気がついて絶望していたシオンのもとに僕が現れた。こいつは最初から、僕にもこの地獄のような作業をさせるつもりだったんだ!


「さあ、一緒に地獄へオチヨウ?」

「イヤアアアアアアアアアっ!!」


 悪魔のささやきが、僕の鼓膜を震わせた。



 *



 バッシャアアアアアアン


 プールに溜まった冷たい水が、波をたててユラユラしている。

 僕たちの意識はもうろうとしていて、すでに限界だった。

 熱中症?

 いえ、これは過労です。

 僕たちが持つエネルギーはもう少しで底がつきそうだ。

 しかしプールの水は、身長百七十センチの僕の腰でさえ満たしていない。


「シオン、モウムリダヨ……」

「アキラメルナ。……あれ?」

「……どうしたよ?」

「……ハハッ、雨が降ってきやがった! バンザーイ! これで自然に水がたまるぞ!!」

「……」

「オレたちはもう働かなくてすむんだ!!」

「……シオン」

「どうしたよ? ウシオも喜べよ! 雨が降ってきたんだ! 天の恵みだ!!」

「……シオン、それはお前の涙なんだ……」

「あっ……?」

「残念だけど雨は降ってない……。雨だと思ったそれは、シオンの涙なんだ……」

「……ウワアアアアアアアアアアアアッ!!」

「シオオオオオオオオオオン!!」

「はあ、いったい何をしてますのやら……」


 僕たちの悲劇のドラマを横から眺め、ため息をつくハナちゃん。

 そのとき、彼女は森の奥を見て、何かに気がついた。


「あっ、あれはイネやナツミたちではありませんか?」

「「……え?」」


 おいおいおいと泣きながら、互いに慰め合っていた僕たちは、ハナちゃんが見つめる方向に顔をむけた。そこには夏用ナース服を着たイッちゃんと、同じく夏用の警官服を着たナツミちゃん、さらには囚人服のリュウと暑そうなバスガイド服を着たリコちゃんがいる。

 僕は大きな声でみんなを呼んだ。


「みんなーー! こっちだよーー!」

「あっ、コーくん!」


 おーいっと、イッちゃんたちが笑顔で手をふりながら、こちらにやってきた。

 ああ、疲れ切った心が癒されるよ……。

 こちらにやってきたみんなが、このプールのようなものを見て首を傾げる。


「お花のお姉ちゃん、こんなところでなにしてるんですか?」

「本日は炎天下ですので、プールでも作って涼もうかと思いまして」

「えっ、プールですかっ? すごく楽しそうですねっ!」

「イッちゃんたちは、どうしてここに?」

「えっとっ、家でのんびりとしていたらすごい水の音が聞こえたものですからっ」

「そうなの~! なにかあったのかな~と思ってね!」

「……それでお前たちはなんでそんなに疲れ切ってるんだ? 夏バテか?」

「いやあ、それには深い事情が……」

「ハッ!!」

「どったの、シオン?」


 突然、なにか思いついたような表情を浮かべたシオン。

 シオンは僕の耳元に近づき、小声で話しかけてくる。


「ーーーー」

「……まさか、そんな手があったとは……」

「そう。これしかオレたちに残された道はない」

「そうだね。よくぞ思いついたシオンよ」

「ありがたき幸せ」

「「「……?」」」


 僕たちの不思議な行動に首をかしげるみんな。

 そんなことも気にせず、僕はシオンの思いついた作戦を実行する。


「いや~、今日は暑いよね~!」

「……突然なんだ?」

「せっかく集まったんだしさ、みんなでプールを楽しまない?」

「それはいい案ですわ、コーさま!」

「そうだね! みんなではいろ~よ!」

「賛成ですっ!」

「わ~い! プールなんて久しぶりです!!」

「……」


 僕の提案に、その場の全員がこころよく賛成した。

 唯一、リュウだけは僕たちを疑いのまなざしで見ていたが……。


「じゃあ、みんな少しだけ待っててくれる?」

「どうしてですか?」

「まだプールが完成してないんだ。僕たちの忍術で水を作ってるんだけど」

「なるほど……。頑張ってくださいです!」

「うん、ありがとリコちゃん。……ところでナツミちゃん」

「ん?」


 ちらっと、さりげなくナツミちゃんを呼びかける僕。

 このときの僕の表情といったら、なんと悪意に満ちていただろうか。


「こんな炎天下のなか、そう長い間、待っていたくないよね?」

「そうだね~。あんまり待ちたくはないかな~」

「……だってさ、リュウ」

「……は?」

「だから、ナツミちゃんが早く入りたいんだってさ」

「……それがどうしたんだよ」

「……君、人の技をパクれるんだってね?」

「……」

「僕たちの術をパクって、手伝ってよ」


 ジーッとにらみ合う僕ら。


「ナツミちゃんからも言ってやってくれないかな?」

「……おいっ!」

「う~ん。リュウ、お願いできる?」

「……くそっ! ウシオにシオン、あとで覚えてろよ!!」


 やはりナツミちゃんには弱いらしく、簡単に折れた。

 そんなこんなで、残りの作業は男三人で頑張ることとなった。

 僕とシオンは、悪魔のような、なにかに憑りつかれたかのような表情で、リュウに声をかけた。


「「ウェルカム、トゥ、ジゴク」」

「……ッ!!」


 バッシャアアアアアアン


 地獄のような作業が再び始まり、僕たちの命は波にさらわれるのだった。



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