忌まわしき儀式の場(2)
月光と火花が暗闇に散る。
僕たちはウシオさんからそう遠くないところで戦いを繰り広げていた。ここからでも斬首塔の頂点が見える。艶めかしく反射する首切り台は吐き気を催す雰囲気をまとっていた。
ぶつかり合う拳と剣の越しから僕はカーリーにむかって叫んだ。
「ナユタまでさらうなんて、どうしてこんなことをしでかしたんだッ!?」
「…………」
カーリーは何一つ言葉を発しない。
それがまた僕の神経を刺激する。
「なんとか言ったらどうなのさッ!!」
拳にさらなるエネルギーをこめる。
エネルギーには色々な使い道がある。これはユウ師匠から学んだことだ。カーリーの剣を生身の拳で受け止められているのも放出したエネルギーを鎧のように身に纏っているから。
拳のエネルギーが成人男性の顔のサイズにまで肥大する。
「うおおおおおおおおッ!!」
僕の一撃はカーリーの剣先を砕き、カーリー自身を吹き飛ばした。
僕の怒りがおさまる気配はない。
飛んでいくカーリーを追撃し天高くに突きあげてやる。
「僕は、信じてたんだ」
大地を蹴り、宙に舞うカーリーへ連撃を加えた。ハンマーを振り下ろすように力いっぱい拳でたたき伏せる。
「君たちとならどこまでもやっていける。不条理に満ちたこの世界をきっと正していけるって」
地面にたたきつけられ、クレーターの中心で倒れ込むカーリーに向かい急降下する。めいっぱいの力を込めた。拳の光が激しさを増し、夜の森を乱走する。
「なのに、どうしてなんだよ…………カアアアアアアアアアアリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!」
ドンンンンンッッッ!!!!
凄まじいエネルギーの塊が四方を駆け巡り、クレーターをさらに増大させた。
「…………」
「はあっ、はあっ」
僕の拳はカーリーをとらえてはいなかった。顔のすぐ真横をえぐりとっている。
「僕は信じてたんだ……」
「…………」
カーリーの頬の上に一粒の水滴がこぼれる。
僕の内に秘められたものはすべてぶつけたつもりだ。
これを彼がどう受け止めるか。
「…………」
――――答えはなかった。
……そうか。そういうことなんだね。
僕の頬を流れる涙をぐっとふき取る。
やはり残された方法は一つしかない。
こいつをぶん殴ってやり直してみせる。
「――――っ」
「…………え?」
最初は聞き間違いなんじゃないかと思った。
けれど、カーリーの唇が微かに動いたのを見たのだ。
それは確信へと昇華する。
「――――俺だってこんな情けないことはしたくなかった」
「……カーリー?」
「でもよ、どうにもならねんだ。いくら修行してもレベルは上がらない、お前との差はひらいていくばかり。お前の何倍も……何十倍も努力したところで結局追いつくことなんてできやしない」
「そ、そんなことはない! カーリーは前よりもずっと――――」
「ずっと強くなったってか? ふざけんじゃねえよッ!!! 俺の力じゃあのヘビの野郎だって倒せなかった。それどころかナユタまで危険な目にさらしちまって……ッ!!!」
結局のところ、僕とカーリーは同じなのだろう。
大切な人を守れない苦しみ、不安、怒り。それらが胸を圧迫して、最後には押しつぶされてしまう。
僕は必死になって否定した。カーリーにはそれを乗り越えられるだけの力があるんだと。
ダメだった。
「ふざけるんじゃねえよ、主人公。俺はお前みたいに諦めない執念がないんだ。しょせんは出来損ないの通行人Aなんだよ」
言葉が見つからない。
返す言葉がないのではない。
彼を救うための言葉が見つからなかった。……いいや、救うなんて言ってる時点でもうダメなのかもしれないが。
「それでも僕は君を連れ戻すよ」
「…………」
「君を待っている人がいる。これだけで十分な理由になると思うから」
「…………俺を待つやつなんかもういねえよ」
ドッ!!
「なッ……!?」
彼を包むように烈風が生じた。至近距離にいた僕はいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。そのまま地面へところがった。
いったい何が起こった……?
素早く姿勢を立て直してカーリーのほうへ視線をやる。
――――その先にカーリーの姿はなかった。
人間のものとは思えないゴム質のような赤い肌。ところどころは尾びれのように鋭く突起しており、羽の形状には眼のような模様が描かれている。
オレンジ色を基調とした化け物はまるでクジャクを擬人化したようだった。
「俺は強くなる」
カーリーの声をしたクジャクの獣人は僕を指さし、宣言した。
「まずはお前を超えなくちゃなあッッッ!!!」




