そうして、ひまわりは朝を迎える(2)
「さあて、一緒におどりましょう」
わたくしは数本の木を触手のように操りコクメを襲いました。彼はこれを巧みに回避し、わたくしのほうへと駆けてきます。身のこなしが非常に軽い。まるで忍者のようです。
「それでも私には及ばないわ!」
「く……っ」
さらに樹木をコントロールし千本もの槍の雨を降らせました。いくらスピードが速くてもさばき切れなければ意味がありません。
コクメはより加速して降り注ぐ槍の雨を避け続けましたが、
「っ!」
次第にかすり傷が増えます。
「そろそろまずいかなッ」
「どうしたの。あのときのあなたはもっと強かったでしょうに」
「そりゃどうも……っ!」
瞬間、コクメの姿が消えました。単純にスピードをあげたわけではなさそうです。
わたくしには心当たりがありました。
「瞬間移動ね……」
「ご明察」
「っ」
すぐ後ろから彼の声がしました。わたくしは振り返ることなく触手を操って対処にあたります。鋭利なナイフのように尖らせた木の根っこがコクメの鼻先をかすめました。
「うおっと。いい反射神経をお持ちで」
「これでも神さま見習いだから」
「そいつはすごいや」
わたくしが触手を振るうと彼はいつの間にか手にしていた透明な剣で防ぎました。火花の代わりに木くずが飛び散ります。
「はあ……っ!」
ザシュバババババババババババッ
数十本もの触手がコクメに牙をむきました。
彼はたった一本の剣で対応します。
「はあっ、はあっ」
こちらが有利であるはずなのに息を切っているのはわたくしのほうでした。なるほど、移動速度だけではなく剣さばきも一流ときましたか。
「息があがってるみたいだね」
「そう言うあなたも汗が流れてるけど?」
「お互いさまってことさ!」
わたくしが劣勢とはいえコクメのほうだって体力を消費しているのは事実です。
勝負に出るなら後半がいい。
「これでどうですかッ!」
「ぐぬっ!?」
渾身をこめた一撃を放ちますがコクメは耐えきりました。反動で二人の間に距離が生まれます。
「やるね……。まさかここまで苦労するとは思わなかったよ」
「甘く見られたものですわね。わたくしに喰われるときがすぐ目の前に迫っているというのに……」
静寂が訪れました。視線だけがぶつかり合います。
声を発したのは彼のほうでした。
「君にいったい何があったの?」
「…………何を言っているのですか?」
「僕は君の名前だって知らない赤の他人さ。でもこれだけは分かる。君は心の優しい人だった。それこそ名前の知らない女の子を救おうとしていたから」
きっと以前に出会ったときの、赤髪の少女のことを言っているのでしょう。
わたくしにも分からない感情が胸の奥で渦巻いている、これが正直な気持ちでした。認められて嬉しいのか、わたくし自身を否定されて戸惑っているのか。
目に見えない感情の渦は、行き場を失い。
怒声となって、顕現しました。
「あなたには何もわからない。わかるはずもない! だからもう、私にはどうすることもできないの。唯一の救いが破壊。わたくしの心をたぎらせる最後の希望!」
命を奪う者は、命を奪われる覚悟が必要となる。
わたくしにはもう、それしか生きている実感が湧かない。
わたくしの心が死んだのは、一度や二度じゃないのですから。
「三度目はもうないの」
「………………そうか」
対する彼の反応は、たった一言だけでした。
そうして、付け加えるように、
「だったら僕が別の未来に連れていくって約束する」
「…………」
……何を言われているのか理解することができませんでした。
けれど、歯の奥から嫌な音がしたのは覚えています。
「知ったような口を利くなッ!!!」
ズオオオオオオオオッ!!!
大地が響き、数千もの木の葉が舞いました。
わたくしの背後から、まるで千手観音のように、先端をとがらせた触手があらわれます。
「もう……もうあなたは死んでくださいッッ!!!!」
「……っ!?」
触手は舞い散る枯れ葉をすべて貫き、コクメのほうへと襲いかかりました。




