ひまわりは夜に出会う(2)
ガイア様のもとで修業をはじめて半年。
わたくしは見違えるほどに成長しました。……いいえ、もともとお花を育てるくらいの能力しかなかったものですから、変わったといえば当然でしょう。
この半年間、わたくしは王宮に帰らずにいました。
リンお姉さまにはさぞかし心配をかけたことでしょう。しかし、ガイア様が帰ることを許さなかったのです。それにわたくしの意地もあったと思います。
そして今日は久しぶりに王宮へ戻ることを許された一日でした。
「お姉ちゃん、びっくりしてたまげるだろうなぁ」
きっと、わたくしが死んだものだと思い込んでいるでしょう。お姉さまには本当に迷惑をかけたと思います。謝ってすむ話ではないこともわかっています。それでもわたくしには強くならなければならない理由がありました。
……それに、いつもクールで気品のあるお姉さまが度肝をぬかす姿を想像すると自然にほおがゆるんでしまいました。
「あっ、やっと出られる」
森の奥底から歩いてようやく出口が見えてきました。ひらけた先には大広場が視界一面にひろがっています。
「あれ……?」
わたくしは混乱しました。
そこは本来、森の出口である場所です。王宮の裏口に出たはずでした。
目に映るのは森の中にひらけた大きな空間とそこに咲く花々です。
もしかしてとわたくしは推測しました。ガイア様から聞いたことがあります。この世界はまるで宇宙のように今も拡がり続けているのだと。この森も例外ではないのでした。
「そっか……じゃあ王宮まではもう少しあるんだね」
舞い上がっていた気持ちが少ししぼんだ感じがします。それでもわたくしの歩みはとどまりません。王宮ではお姉さまが待っているのですから。
――――直後のことでした。
あのときと同じ悪寒がわたくしを襲いました。
ガイア様のもとで修業した成果もあってかわたくしの本能や第六感といった部分は非凡と化しています。悪寒のするその先へと顔を向けました。
忌まわしき怪物がそこにいました。
並外れた大きさの図体と覆われた体毛。欠けた片方のツノが同一であることを示しています。
すぐそばで一人の女の子が足をかばっておびえていました。わたくしより少し年下の子でしょうか。逃げようとしてつまづいたのかもしれません。強気な赤い髪までもがふるえているようです。
「……た、たすけて」
「――――」
これこそが運命というものでしょう。
わたくしの人生を変えたバケモノが今こうして同じ状況でたちはだかっています。あのときの罪をつぐなうチャンスが巡ってきたのです。
「…………???」
不思議に思いました。
憎きアイツが目の前にいるのに。
神さまのもとで修行して強くなったのに。
過去と決別する、そのときなのに。
……足が動かないのです。
「……どうして。ねえ、どうしてなのッ!」
今のわたくしなら必ずあのバケモノを倒せるはずです。絶対に負けはしません。あの赤髪の女の子だってきっと救えるはずです。
「なのに……なんでなんでなのよッ!!」
てんで動こうとしない自らの足を叩きます。それでも変わりません。
いっこうに膝の震えが増すばかりです。
「ブルゥゥゥオ」
「あ……っ」
ウシの獣人の声を聞いた瞬間に肩がビクリとはねました。呼吸も心拍数も乱れていくのを感じます。
わたくしは気づいてしまいました。
この半年間何を思ってつらい修行に耐えてきたのかを。
何を願って強さを求めたのかを。
わたくしはユリちゃんを救えなかった後悔から歯を食いしばってきたのだと思い込んでいました。
そんなものは所詮幻想にすぎなかったのです。
結局は怖かっただけ。
恐怖から逃げようとしていただけ。
――――自分のことを守りたかったから。
「だからわたくしは強くなろうとしてたんだ」
嫌なものが背筋を這いあがっていくような感覚がしました。同時に積みあげてきたものが崩れ去る音が聞こえます。
「ブルウウウウ……」
ウシの悪鬼がその腕を振り上げました。獲物となった女の子はおびえるばかりで身体をちぢこめます。
奇しくも、あのときと何一つ変わりません。
わたくしは誰も助けられない。
「――――違う」
ぽつりとつぶやいていました。
意識したわけではありません。
魔法のような言葉でした。
「私は私のまま」
臆病な心だって変わっていません。
それでも、今のわたくしには力があります。
今のわたくしは一歩を踏み出せる勇気を持っている。
あのときにはなかったものがここにある。
……乗り越えられない壁があるのなら。
「ブルオオオオオ!!」
ウシの獣人が雄叫びをあげ、その剛腕をふりおろしました。赤髪の少女がぎゅっと目をとじ身体をこわばらせます。
…………ドッッ!!!
「乗り越えられない壁があるのなら、ぶち壊すだけ……ッ!」
「ブルオッ!?」
わたくしはウシの獣人の攻撃を食い止めました。
過去の壁を粉砕し、あの悪夢を乗り越えてみせるために。




