夕焼けに咲くひまわり(3)
「私が選ばれた……?」
何を言われているのか、かみくだくのに少々時間がかかりました。わたくしが選ばれる理由に心当たりがないのですから。
とはいえ、ガイア様が冗談を言っているようにも思えません。
「最近の者はどうしてこうも現実を受けいれようとしないのじゃ」
「別に、受けいれようとしないわけじゃないよ」
「ならば受けいれるのじゃ。お主はもう選ばれてしまったのじゃから」
「…………」
ガイア様の言葉がおもりのようにのしかかってきました。
けれど、どうにもひっかかりを覚えます。
「さっきから選ばれたっていうけどさ、選ばれたからってどうなるの?」
「よう聞いた!」
喜々たる表情で近づかれたものですからビクリと強張ってしまいました。
ガイア様は立て板に水のごとくお話しされます。
「この大地に選ばれたわけはじゃな、次なる神の候補なのじゃよ。もちろん『大地の神』じゃな!」
……ようはこれが言いたかっただけなのでしょう。紅潮した頬が物語っています。ガイア様ったら、なんと子供っぽいのですか。
なんだか肩から力が抜けたわたくしは冷静にことを返しました。
「神さま候補だなんてそれこそ現実離れしすぎてるよ。それに神さまってなにするの? そもそも神さまっていたんだね」
「いるじゃろうがい目の前によぉう!!」
「そ、そうでしたね……っ」
……それほど大声で怒鳴ることだったのでしょうか……? ガイア様の琴線がわかりません。本当に不思議なお方です。
律儀にも、ガイア様はぷりぷりしながらわたくしの質問に返答してくださいます。
「神さまとはいっても『大地の神』じゃ。仕事といえばこの世界の大地を維持するのが基本じゃな」
「たとえば?」
「まわりを見渡してみい。誰かが何をするわけでもなくこの森は美しいままに存命しておるじゃろう」
「自然ってそういうものじゃないの?」
「お主たちが認識している『そういうもの』こそが神の仕事なのじゃよ」
「………………」
スケールの大きい話の割には、すとんとわたくしの胸に落ちました。
人より自然に触れる機会が多かったからでしょう。目に見えない部分のことは肌身で感じていたのだと思います。
そんなわたくしだからこそ――――、
「選ばれたってわけね」
「ざっつらいとじゃよ」
心を見透かすようにガイア様はむふふっと胸を張ります。
「選ばれし者はそれから修行に入ってもらう。自然をコントロールするにも力が必要じゃからな」
「自然を、コントロール……」
「とはいっても選ばれた時点で身体に変化が起こるはずじゃ。お主も薄々気づいておろう?」
「………………」
身に覚えはありました。
当時は妙に力がわいてむしろ活力を消費するために外に出ていたくらいです。わたくしの歩んだ軌跡に新芽が咲いたのも、何百もの花を咲かせたのも、その力のせいだったのです。
わたくしは手の中にある瑞々しい一葉を見つめました。
「ワシの修行はちと厳しいがの。なあに、世界を見る目が百八十度変わると面白いものじゃよ」
「…………」
「さあ、いくぞ」
ガイア様がこちらに手を差し伸べてきます。
手元の葉とガイア様の手を交互に一瞥して、それから、
「お断りします☆」
丁重に、舌をちびりとだして、拒絶しましたわ。
「ぬぁっ!?」
この時のガイア様といったら、ご立派なお顔をされていましたわね。今のわたくしからすれば申し訳ない気持ちでいっぱいです。……まあ、してやったりって気もしますが。
調子乗りのわたくしは王宮に向かって猛ダッシュしました。
「ごめんなさいガイアちゃん! 私、そういうのに興味ないんだよねー!」
「興味がないって、そんな理由じゃと……っ!」
「というか神さまなんて退屈そうだし、私はただお花を育てて誰かに笑ってもらえるだけでいいんだもんねーっ!!」
「おおい、またんかああああああああああぁーいっ!!」
むなしいかな。
ガイア様の声はどんどん遠ざかっていきます。
それ以上ガイア様はわたくしを追いかけてきませんでした。
王宮の裏口に戻ってきたわたくしは息を整えながらも、
「神さまなんかにならなくても、誰かを幸せにはできるんだもんね」
そこある花壇に目をやってふと笑みをこぼしました。




