常軌を逸した獣人(2)
黒装束の男を追って森を出たライオネルとイーグルは白い街に来ていた。
男は白い街にある王宮を目指しているらしい。
「はあはあ。あいつめ、体力底なしのバケモンかよ」
「……まあ僕たちが戦いの後で疲れてるってこともあるんじゃない?」
「確かにな。あの青鬼は強敵だったぜ!」
街中を走りながら、ライオネルはがははっと豪快に笑う。
「……っ! ライオネル、あいつ王宮の裏手に回ったみたいだ。急ごう」
「おうよっ!」
黒装束の男を見失わないため、彼らはさらに速度を上げ疾走する。
王宮の正門とは反対の位置にある外壁にたどり着いた黒装束の男。ライオネルとイーグルはその姿を物陰からこっそりと覗いていた。
「おい、あいつ壁をすり抜けやがったぞ! 幽霊かよ!」
「……よく見てライオネル。あの壁、回転して中に入れるようになってるんだ」
「あ、ほんとうだな。まるで忍者みてえだ。ウシオたちと一緒だな!」
「……そうだね……。よしライオネル、行こう」
「おうっ!」
物陰から出た二人は男が消えた壁に近づき、手で押してみる。
すると、壁はガタっという音を立てて回転した。
「うわっ、マジですげえな!」
「……いいから、先を急ごう」
「わ、わかった……」
いつもとどこか違うイーグルの様子に、ライオネルは違和感を覚える。
外壁の内側に入った二人は、王宮の中に続く裏口らしき扉が開いていることに気づいた。
「……どうする? これってあの男が仕掛けた罠なんじゃ……?」
「でも、ここ以外から入れる場所なんてなさそうだしな……」
「……行く?」
「そうだな。進もうか」
意を決して裏口の扉をくぐり抜け、二人は暗い王宮の中に侵入する。ヒュウっと、どこからともなく入ってきた風がその場の静けさを強調させる。
「暗いな。何も見えねえ」
「……僕に任せて。目だけ獣人化するよ」
「お前のタカの能力か。暗闇でも遠くまで見渡せるとは、さすがだな」
イーグルは目を閉じ集中し、ギンっと見開いた。
彼の目の色は青色に変色し、鋭さを増す。
「……いた。ここから数十メートル先で立ち止まってる。あっ、床が開いてその中に入っていった」
「よし。オレたちも続くぞ」
「……うん」
二人は注意深くその床へと近づいていき、黒装束の男が消えた階段を下っていった。
「なんなんだここは……。まるで牢獄じゃねえか」
「……」
王宮の地下らしきフロアに広がっている世界。
それはまるで囚人を収容する牢獄のような場所であり、どこか廃病院にも似た雰囲気だった。
「牢屋の中には誰もいないみたいだな。なあイーグル、どう思う?」
「……」
「おい、イーグル」
「……」
応答のないイーグルを不思議に思い、様子をうかがう。
するとライオネルは、汗をタラタラと垂れ流し息を上げているイーグルに気がついた。
「……はあっ。はあっ」
「おい、どうしたイーグ」
ライオネルの言葉をさえぎり、イーグルは突然走り出した。
「ちょっ! どうしたんだよイーグル!」
わけのわからない事態に戸惑いながらも、ライオネルはイーグルを追いかける。
地下とは思えないほど広いフロアをどのくらい走っただろうか。気の狂ったように走り出したイーグルは、ある鉄製の扉の前で静止した。
「ハアッ、ハアッ。おいイーグル、いったいどうしたんだよ!!」
「……僕にも分からない。ただ身体が勝手に……」
「……何か身に覚えがあるのか?」
「……たぶん。僕はここを知っている気がするんだ。この鉄の扉の向こうにあるものを見たら……すべてを思い出す気がする」
イーグルは小刻みに震えていた。
「お前は、知りたいと思うのか?」
「……うん」
「よし、なら開けようぜ!」
どんっとイーグルの背中をたたき、元気づけるライオネル。
彼の言動に、イーグルはこわばった表情を少しゆるめた。
「……ありがとうライオネル。君は僕の親友だ」
「おうっ! オレもそう思ってるぜ!」
「……ふ。……じゃあいこう」
「そうだな!」
イーグルはドアノブを握り、重たい重たい扉を開く。
ギギギッっとさびついた扉の音が地下に響いた。
*
イッちゃんたち女の子を避難させた僕とリュウは共同で、修羅と化した赤鬼に立ち向かっている。
……のだが。
「豪火の術!」
「……爆水の術!」
ジュウウウウ
僕たちの相性の悪さの表れなのか、互いに繰り出す術で打ち消し合っていた。
「ちょっとリュウ! 僕が火の術を使っているのに、なんで水の術を使うのさ!」
「……それはこっちのセリフだ! 火と水で相殺しちまったじゃねえか!」
「リュウが僕に合わせてよ!」
「……どうして俺がお前みたいなバカに合わせなきゃいけねえんだ」
「バカとはなんだバカとは!」
「……バカはバカだよ、このバカ!」
僕たちが見るに堪えないみにくい争いをしているのを、修羅の赤鬼はじっと眺めている。
すると突然、赤鬼が口から大きな火の玉を繰り出した。
「「……うわっ!? 爆水の術!!」」
バッシャアアアアアアアン
ジュウウウウウウウウ
僕とリュウは自らの身のことだけを考えて術を発動する。
「っておい! なんでこういうときだけは息が合うの!?」
「……知らねえよ! 俺は自分の身さえ助かればそれでいい。お前のことなんて知らねえ」
「この変態のキザ野郎め!」
「……なっ!? うるせえ!」
赤鬼からの攻撃を受けてもなお、言い合いを繰り返す僕とリュウ。
しびれを切らしたのか、赤鬼が猛スピードで襲いかかってきた。
「キエエエエエエエエエエエエッ!」
「……おい来たぞ! お前、俺の足手まといにだけはなるなよ! 炎追の術!」
「それは僕のセリフだよ! 氷鎧の術!」
ゴオオオオオッ
ピキピキピキッ
リュウは取り出した双剣に炎をまとわせ、僕は中世の騎士のような氷の鎧を身に付ける。
僕たちは近接格闘戦へと突入する。
キンキンッ
ガッガッ
「キエエエエエエエエエエエエ!」
「……くっ、こいつ想像以上に速いぞ!」
「僕の鈍い攻撃じゃ一撃も入らない!」
「オマエラヨワイ」
「……なっ!?」
互いに距離をとり、すさまじい攻防が一度止む。
「オマエラヨワイ……。ダカラコロシテヤル」
「こ、こわっ! あんなにふざけた性格だったのに、正気を失ってる!」
「……黒い男がこいつに食わせた何かが原因だろうな」
「それってなんだろう?」
「……さあな。少なくとも良いものではなさそうだ」
「コロシテヤル。コロシテヤル」
「ホ、ホラー映画じゃないか……」
「……バカなこと言うな。とにかく俺たちが協力するほかにこいつを倒す方法はねえな」
「くっ! リュウと協力なんてまっぴら――――」
「ミンナミンナコロシテヤル。オマエラモ、アノギンパツモ。オンナタチモ」
「「……っ!」」
赤鬼の発言に動きがとまる僕とリュウ。
……はあ、しかたない。
みんなを守るためだ。
このピュアピュアなキザ野郎と協力してやるとするか。
「やれやれ、君と違って僕は大人だからね。大人の僕が協力してあげるとするよ」
「……俺が本気を出せば、お前の力なんて必要ないんがな。だって俺、お前みたいに忍術にしか能がないバカじゃないから」
「なっ!?」
「……でも仕方ない。俺が大人だから、お前と協力してやるよ」
こいつってやつはほんとに……っ!?
「……ふっ。じゃあそろそろ本気出すとしますか、リュウくん」
「……ああそうだな、ウシオくん」
「キエエエエエエエエエエエエッ!!」
「……いくぞ!」
「うんっ!」
「…炎鎧の術!」
「氷竜の術!!」「炎竜の術!!」
ゴオオオオオオアアアアアアアアアアアゴオオオオオオアアアアアアアアアアアッ!!
二体の相反する竜が出現し、僕たち二人を飲み込んでいく。そしてそのまま、二体の竜が赤鬼に襲いかかる。赤鬼は正面から受けとめ押し返そうとするが、あっけなく吹き飛ばされてしまった。
竜が消えた後、ふらふらと立ち上がった赤鬼は、月に照らされた二つの人の形をした竜に気がつく。
紅蓮の炎を纏った竜が、蒼白の氷を纏った竜に呼びかける。
「……おいっ! 準備はいいか!!」
「ああ……。いつでもいける……」
「キエエエエエエエエエエエエッ!!」
三匹の伝説の化け物が、火花を散らし合う。




