サバイバルケイドロ(6)
――――――――ッ
――――ッ―――――――ッ!!
「…………速い」
リコちゃんたちと追いかけっこしていたときより断然スピードが違った。相手がこどもだから手を抜き遊んであげていたのだろうか。リュウにしてはこれまた珍しい。
「…………ッ!!」
「……どうしたウシオ」
こいつ、これだけ身軽で軽快な動きができたのか……っ!?
外で闘うときと比べてもやはり速い。
屋内だからだということを僕は勘づいていた。置いてある物を回避する囚人らしい立ち回りは大きなアドバンテージになる。
忍者×暗殺者の僕では敵わない芸当だ。
でも、僕だってそれだけじゃない。
「…………? 速くなってる……だと?」
次第にうまる僕たちの距離間にリュウはいぶかしんだ。
ふふん、僕の本領はこれからさ!
「風加の術!」
シュルルル……っ
風を身に纏ってさらに速度を上げていく。
これを見たリュウは鼻で笑った。
「……バカな奴だ。術で加速したら物にぶつかっちまうリスクを増やすだけだろうが」
リュウが忍術を使わないのもそれが理由だった。
このけいどろには特別なルールが存在する。
物を壊してはいけない。
僕の目標は同一の環境下でリュウに勝ること。
つまり物を壊さずにリュウを捕まえられれば僕の勝ち。
僕は加速する。
すぐ目の前に丸テーブルが差しかかった。
「……ぶつかって自滅しやがれ」
「――――――――」
今からブレーキをかけたところで間に合わない。
ここにいる誰もがそう思った。
しかし、
スル……っ
「残念、当たりませんでした」
僕の身体はまるで磁石の同極が反発し合うように丸テーブルをわきへと流れていった。そのままリュウの背中に手を伸ばす。
「……なんだと……ッ!?」
「僕はヘビなもんでね、華麗にさけられるのさ!」
「……くそったれ……ッ!!」
「チェックメイトだよリュウ!!」
勝利を確信しその手におさめようとした。
だけど、僕の手がつかんだのは空だった。
「なんで……っ!?」
「……残念だったな。俺にも秘策があるんだよ」
くぐもった例の声。『奪盗』を利用して、リコちゃんの『すり抜けられる能力』を発動したのだ。
「やっかいだね、まったく……ッ!」
「……お互いさまだろ」
勝利を逃した僕は相手の動向を観察するために一旦距離をとった。
「ガンバレですウシオお兄ちゃんっ!!」
「でもリッちゃん、わたしたちは『泥棒』だよ……? 応援するならリュウお兄ちゃん」
「これが盲点というやつですか……っ! ガンバレリュウお兄ちゃん!!」
混乱状態から回復したリコちゃんとヒナタちゃんがどっちつかずな応援をしてくれる。
「この勝負、なおさら負けられないね……っ!」
「……だからお互いさまだっての……ッ!!」
後攻は先にリュウが動き出した。
こちらに背中をむけることなく僕から離れ遠ざかっていく。
隙のない逃走だ。
でも逃がすつもりはない。
リュウはすり抜けられる能力を使うだろう。
ならば物理的なアプローチは不可能。
「……ってことは……」
僕の十八番を披露するしかないようだね。
幸いにもリュウは僕に注意をむけたままだし。
シュババババババッ!!
「括目せよ!! これこそが僕の必殺、いや悩殺技!!」
「……テ、テメエまさか……っ!!」
今さら驚いたところでもう遅いよっ!
「女体化の――――」
――――ガシャン……ッ
「へ?」
「……は?」
リュウを一撃で仕留める秘技が発動しかかったところで、僕の手元が急に重みを増した。付随して身体から力が抜けていく。
ど、どういうこと……?
リュウも同じようで膝から崩れ落ちていた。
その手には頑丈な手錠がはめこまれている。
……まさか。
「やりーっ! ナイスコントロールだよ私っ!!」
「ナツミちゃん……! どうしてっ!?」
「どうしてって……私も『警察』なんだから捕まえて当然でしょ?」
「それはそうなんだけど……」
なんというか、突然のこと過ぎて頭が追いつかない。
突如姿をあらわしたナツミちゃんの後続にはイッちゃんおよびその他の『泥棒』がお縄についている。
すぐそばではルンくんがめそめそとすすり泣いていた。
もしかして……全部ナツミちゃんが捕まえちゃったの?
「ひゃっ! ナツミお姉ちゃんがきたですよ!」
「逃げなくちゃ!」
実はいまだに捕まってなかったらしいリコちゃんたちが現実にもどって逃走をはかろうとするが、
ガシャンッ
「「あーっ!!」」
「百発百中! リコちゃんとヒナタちゃん、ゲットだぜ!!」
ナツミちゃんの白い牙がきらりと光った。
*
結局のところ、ナツミちゃんのお手柄によって『警察側』の勝利で幕を閉じた。急展開な感じだったけど、みんな満足したらしく、メイドさんの部屋へと戻っていく。
帰り際、リュウがナツミちゃんに尋ねた。
「……手錠がかかったとき、お前の気配がまるっきり感じられなかった」
「まあ~ね。私ってすごいでしょ?」
「……すごいというか、普通じゃありえない」
「それが『探偵』の能力だもん」
……探偵の能力?
それってナツミちゃんの持つ『警察』じゃない『探偵』のってことかな?
「ナツミちゃん、『探偵』の能力って?」
「いくつかあるんだけどね、そのうちの一つが『気配を完全に消す』なの」
「だから僕たちがつかまる直前もナツミちゃんの気配がなかったわけか!」
「……やっかいな能力だな」
「そこは素直にほめてよね~、リュウ」
「……ふん」
ナツミちゃん、これでもリュウは精一杯ほめてるつもりだよ?
ただツンデレをわずらってるだけで。
……ほら顔真っ赤だし。
「いいなー二人は、ラブラブしちゃってさ。夫婦かって」
「「(……ボフっ!!)」」
「……あっ、やばっ」
ついつい口に出しちゃったよ僕のバカ!
二人は今アミちゃんをふくめた三角関係のど真ん中にいるってのに、もう!! いらぬことで二人の間をぎこちなくするのは避けたい。ここはさりげないフォローが必要不可欠だ……っ!!
「ええっと、その、ほら!! 今のはその比喩的な話でさ! 二人の仲が夫婦くらい良いって言おうとしただけで……っ!」
「……ウシオくん、それフォローになってない…………っ」
しまった!
これじゃあ傷口に塩を塗ってるようなものじゃないか……!
「あれだよあれ!! ほら、あのさ……っ!!」
耳を朱に染めてうつむく二人をどうフォローすればいいか慌てふためているとき、
「コーさま」
「…………え?」
何日ぶりかわからない彼女の声を聞いた。
「…………」
「……ハナ、ちゃん?」
メイド服姿ではない、出会った頃と同じオレンジ色のドレスに身をつつんだハナちゃんの姿が、そこにあった。
隣の二人も照れることをやめて唖然としている。
ここ数週間――正確にはシオンの死があってから――ずっと塞ぎ込んでいた。
軽い挨拶はするものの、会話までには発展しない。
とりわけ僕に対しては避けているようにも思えた。
そんな彼女が、今、目の前にいる。
瞳の奥に勇気を灯して。
「コーさま。お話ししたいことがあります」




