常軌を逸した獣人(1)
イッちゃんの思わぬ一撃でなんとか赤鬼を倒した僕たちは、みんなと合流しようと戦闘音がする方向にむかって走っていた。ちなみに倒れた赤鬼は、引きずるような形で運ばれている。
走りながら、イッちゃんが不安げな表情で僕に話しかけてきた。
「みなさん、無事でしょうかっ?」
「心配いらないよ。リュウとシオンは相当強いし、きっと大丈夫さ!」
「だといいんですけど……」
イッちゃんの表情は晴れない。確かに相手も強いけど、僕も含めて野郎はみんな強くなったんだ。
そうそうのことでやられはしない。さっきはイッちゃんに見せ場をとられちゃったけど……。僕のかっくいいいいところ、見せたかったなあ。
僕が大きなため息を心の中でこぼしていると、木々が並んだ狭い道が突然開いた。
その地形に僕は心当たりがある。
「ねえ、イッちゃん。ここって僕たちの隠れ家に近い場所かな?」
「そうですね。リコちゃんたちがいた街の入り口付近からかなり戻ってきましたからっ」
やっぱりそうだよね。
ここは僕やリュウやシオンが闘ったところなんだ。
もしかすると、リュウやシオンもここを訪れるかもしれない。
そう思ったとき、不意に聞き慣れた男の声が耳に入ってきた。
「……おっ、ウシオたちじゃねえか。……この赤鬼連れてきたのか?」
「あっ、リュウ! えっと、この鬼がいないとなんの情報も得られないかなって」
「……なるほどな」
「おっす~!」
「ナツミちゃんっ、よかったあっ」
「あっ! コ~さ~ま~っ!! あいとーございました!(ダキッ)」
「うわっ!? ってハナちゃん! それにシオンも!」
「きいいいいいっ!」
僕たちがこの広い草原に出たすぐあと、続くようにリュウとナツミちゃんのペア、そしてシオンとハナちゃんのペアが姿をあらわした。
僕を見つけ即時に抱きついたハナちゃんを眺めながら、その悔しさを紛らわすかのように、シオンがハンカチを噛んでぐぬぬっしていた。どこから取り出したんだそのハンカチは。
ともあれ、みんな無事でなによりだ。
「あとはライオネルたちだけだね」
「……そうだな。戦闘音が聞こえるから、今も戦っているんだろう」
「だな。早く助けに行かないと。ハナたちはまだ走れる?」
「大丈夫だよ~! ね~、みんな~!」
「はいっ!」
「ええ、もちろんですわ。でもシオン、わたくしの名前を気やすく呼ばないで」
「ええ……?」
「……シオン、なんかしたの?」
この短時間でシオンとハナになにがあったかは知らないが、この二人の関係はどうなっているのだろう。……まあ、いつも通りといえばいつも通りなんだけど。
とにかくみんな走れるようで良かった。
今すぐにでも必死に闘っているライオネルとイーグルを助けたい。
「よし。じゃあみんな、行こう!」
こうして僕たちは戦闘音の方向へと走り出した。
しかし、走り出してすぐ戦闘音が止んでしまった。
「……決着がついたようだな。あいつらが勝っていればいいが……」
「そうだね。急ごう!」
僕たちはスピードを上げ、煙が上がっている方向を目指した。
*
煙のあがっている場所にたどり着くと、そこには倒れている青鬼と、戦い終えたライオネルとイーグルの姿があった。今のライオネルはネコ科特有のひげを生やし、髪の毛はライオンのようにボサボサだ。
一方で、イーグルの目は異様にも鋭く、冷たい。また背中から小さな翼が生えており、いかにも鳥人間といった感じだ。
二人とも所々が獣人化している。
きっと戦い終えたすぐ後だからだろう。
息を整えた二人は僕たちに気づいたらしく、くるっとこちらに振り向いた。
「おう、お前ら無事だったか! ……ってそいつ、この青鬼の片割れじゃねえか!」
「うん。こいつがいないとなんの情報も得られないかなと思って」
「でかした! さすが俺の見込んだ男だな!」
そのセリフ、前にも聞いたような。
がははっと大笑いするライオネルに、少し苦笑いしてしまう。
僕が連れてきた赤鬼を、倒れている青鬼とセットにして、ナツミちゃんが頑丈な手錠で動きを奪った。これで安全に情報を引き出せる。
拷問のような状況に、少し心が痛んだが、そんなこと気にしてられなかった。
「おい、赤鬼。てめえには聞きたいことが山ほどある」
「……教えることなんてなにもねえよ」
イッちゃん特製のしびれがとれてきた赤鬼が口を開く。イッちゃん曰くあと数時間しびれているはずなのに、もう口を動かせるなんてすごい生命力だ。
「仕方ない……。ここは力づくで――――」
「まあまあ、暴力的なことはよさないかね」
「ッ!?」
僕らの前方、闇の奥から聞こえてきた声に僕たちの意識は集中した。
闇の影から、黒い装束をまとった男が再び僕たちの目の前に現れる。
「てめえ! のこのこと出てきてどういうつもりだッ!」
「いやはや、特に意味はないよ。ただ、気の赴くままに立ち寄っただけさ」
「なんだ……と……ッ!? ふざけやがって!!」
ブンッ
憤ったライオネルはその大きく固い拳をぶつけようとする。
しかし男は瞬く間に姿を消し、ライオネルの攻撃をかわした。
「どこへ行ったッ!?」
「ははは、ここだよ」
黒装束の男は一瞬で、拘束された赤鬼のもとへ移動していた。
まるでテレポーテーションだ。
瞬間移動した男は、赤鬼になにか丸い薬のようなものを口に含ませる。
「なっ、なにをしたの!?」
「ふふ、知らなくていいさ。じき分かる。あっ、そうそう銀髪の君」
「……?」
突然、指をさされながら名前を呼ばれたシオンは、びくっとして身構えた。
黒装束の男は、手首を回しコキコキと骨の音を鳴らして、シオンに告げる。
「小僧、君はここから逃げられない」
「ッッッ!!!!?」
その言葉を聞いた僕たちはまるで理解できなかった。
けれど。
シオンは違った。
「はあッ、はあッ……!!」
「ど、どうしたのシオン!? いきなり震え出して!」
ガタガタと肩をふるわせ、呼吸を荒げるシオン。
自分の身体を抱きしめながら、表情をこわばらせる。次第にふるえは大きくなっていき、ついには膝を崩して、何かから必死に隠れるかのように頭を手で覆った。
「……尋常じゃないな。おいテメエ、シオンに何をした?」
「さあねえ? それより、君たちも気をつけないと……」
「……はあ? 何を言ってやが――――」
バキンッ
リュウの質問の最中に何かが壊れる音がした。
まるで金属が無理やり壊されたかのような。
僕たちの目の前でぐったりとうなだれていた赤鬼がゾンビのように立ち上がる。そして青鬼を吸収したかと思うと、赤鬼の身体に異変が生じた。
グチュグチュバキバキッ
生々しく吐き気をもよおす音が聞こえる。
「……なっ、こいつ。バケモノか……ッ!?」
「キエエエエエエエエエエエエッ!!」
背中からは二本の腕を生やし、額から生えている角はうねりを増している。
さらに、赤色の身体はどす黒い血液のような色へと変色していた。
その姿はさながらバケモノだ。
それをそばで満足そうに眺めた黒装束の男は、もといた場所に瞬間移動しこちらに別れを告げる。
「それでは諸君、楽しんでくれたまえ」
「おい! 待て!」
ライオネルの言葉を無視し、男は闇の中へと消えていった。ここで逃がすと一生手がかりをつかめないかもしれないと感じたライオネルは僕たちにむかって大声で叫んだ。
「ウシオッ! 本当に申し訳ないんだが、ここはお前たちに任せてもいいかッ!? オレたちはあいつを追いかける!!」
「わかった! 任せて!!」
「恩に着る! よし、いくぞイーグル!」
「……うん」
ライオネルとイーグルは黒い男を追って姿を消した。
残った僕は目の前のバケモノを一瞥して、一歩退く。
「キエエエエエエエエエエエエッ!!」
「……あっちゃあ。任せてなんてカッコつけすぎちゃったなあ……。いやだなあ……。戦いたくないなあ……」
「……バカ。俺たちが戦わなくてどーすんだよ」
「……デスヨネ」
僕は背後で震えているシオンと、その周りにいる女の子たちをちらっと見て覚悟を決める。
「仕方ない、戦うか」
「……そうだな。おい、ナツミ。シオンのことは頼むぞ」
「えっ? 私たちも戦うよ!」
「そうですわっ! コーさまのお役に立ちたいです!」
「そうですっ! わたしたちだって戦えるんですから!」
僕とは違い女の子たちは闘志に満ちていた。
いやあ、すごかです。
――――でも、ここを譲ることはできない。
「みんなの気持ちはありがたいんだけど、今回はシオンのことをお願いできないかな?」
「で、でもっ!」
「大丈夫。ねっ、リュウ」
「……ああ」
「……わかった。みんな、安全なところまで移動しよ?」
「……そうですわね。行きましょう」
「……コーくん、無茶しないでくださいね?」
どんな気持ちで受け止めてくれたのか。女の子たちは僕たちの願いを受け入れ、シオンを連れて安全な場所まで避難してくれた。
……さて。
「ねえ、リュウ。僕、この戦いが終わったら女湯を覗くんだ」
「……それがお前の遺言ってことでいいんだな?」
「いやいや、別に死ぬ気じゃないから! リュウ、次こそはナツミちゃんのバスタオル姿を見ても逃げないようにね?」
「……なッ! こんなときに変なこと言ってんじゃねえよ、このバカ!」
「なんだとこのヘタレ!」
「……バーカ!!」
「ヘタレー!!」
「キエエエエエエエエエエエエッ!!」
「……来るぞッ!」
「おっけーッ!!」




