ミッションインポッシブル(4)
「猛火の術!!」
「効かねえな! まるでサウナにいるみてえだ」
「くっ!」
僕とイッちゃんは今、以前のレベルとは段違いの強さを持つ、進化した赤鬼と対峙していた。
もう一体の青鬼はライオネルとイーグルが別の場所で相手をしている。
「おいおいどうした! 進化したオレの前じゃ手も足も出ないか?」
「お前だけじゃない! 僕たちだって強くなったんだ!」
「はっ、じゃあその強さを証明してみやがれ!」
「っ!?」
ガキンッ
赤鬼はセリフを吐き捨てると同時に、急速なスピードで迫ってきた。
刀を振りかざされた僕は、クナイでなんとか攻撃を防ぐ。
ガキンズバガキンッ
何度も刃をぶつけあうが、刀がまれにクナイをすり抜け、僕は傷を増やしていく。
「ひ、氷陣の術!」
「っ! ちっ」
ピキピキッ
僕とイッちゃんを守るように氷の壁が生まれる。
赤鬼は一度僕たちから距離をとった。
「だ、大丈夫ですかっ? 回復させますねっ」
「うん、ありがとイッちゃん!」
パアアアアっ
心地の良い音とともに僕の傷がみるみる癒されていく。
治療の最中、僕はイッちゃんにこれからの動きを話し始めた。
「いい、イッちゃん。これから戦いはもっと激しくなる。だから、イッちゃんは安全なところまで離れていてくれないかな?」
「で、でもっ! わたしもコーくんの力になりたいですっ!」
「ありがとう。でも僕はイッちゃんに傷ついてほしくないんだ」
「うう……」
「お願い、イッちゃん」
「っ。……はい」
まだ何か言いたげな瞳をしているイッちゃんだったが、しぶしぶ受け入れてくれたようだ。
これでイッちゃんに気を配らず赤鬼に集中できる。足手まといってわけじゃないんだけど、やっぱり一人のほうが戦いやすい。
「……じゃあ、あちらのほうに行きますね」
「うん、ありがとう」
不満げな顔をしたままのイッちゃんは、赤鬼とは反対の方向に小走りで去っていった。
「これでようやく本気を出せる」
「おいおい、冗談だろ? 初めて会ったときのお前なら、瞬殺だぜ?」
「あのときの僕とは違う!」
「ほう。ならその強さ見せてみろよ!」
「いくぞ!」
意識を赤鬼に向け、集中する。
「霧吹きの術!」
「あん? なんだこりゃ。ただ濡れただけじゃねえか」
「吹雪の術!」
ヒュウウウ
ずぶ濡れになった赤鬼に吹雪を向ける。
「たいしたこと……なんだ? 動けねえ……」
「よし!」
この技は、以前リュウと闘ったときに使った連携技、いわゆるコンボだ。精神エネルギーの消費量が非常に少ないうえに、効果は絶大なので重宝している。
「これでお前は動けないぞ!」
「……。ふんっ」
「なっ、力ずくで壊した!?」
凍っていた赤鬼は、水道の蛇口をひねるような感覚で拘束を解いた。
赤鬼がいらだちを含めた声色で僕に話しかける。
「……てめえ、なんのつもりだ? こんな幼稚な技、オレに使うんじゃねえよ!」
「ッ!?」
ヒュンッ
ガキンッ
怒りに身を任せた赤鬼は全身の力を込め、こちらに向かってきた。
刃と刃がぶつかり合う。
ガキンガキンッ
一発一発に全力を注いでいるからだろうか、先ほどの攻撃よりもスピードが落ちていた。そのおかげでなんとか防ぐことができている。
しかし、一撃一撃が重い。少しでも気を抜けば握っているクナイを手放してしまいそうだ。
それに徐々に手がしびれてきている。
これでは時間の問題だ。
「氷陣の術!」
「またそれか、邪魔くせえな! ぶっ壊してやる!」
僕と赤鬼の間に氷の壁が出来上がる。
相手は、まるで薄い鏡を壊すかのように剣を振るう。
ただし数秒の時間さえ稼げればよかった。
「氷鎧の術!」
パキパキパキッ
氷が独特の音をたて、僕の身体を包んでいく。
氷の壁を壊したその先にいる僕の姿を見て、赤鬼は眉をひそめた。
「なんだ、そのダッセえ鎧は」
「ダサくなんかないやい!」
失礼な、僕はこれを気に入ってるんだぞ!
中世の騎士みたいでカッコいいじゃないか!
「安心しろ。そんなもんすぐに壊してやるよ」
「やれるもんならやってみろ!」
氷の鎧をまとった僕と赤鬼が再び剣を交える。
ガキンッ
「おせえな! 一発食らわせてやるよ!」
「……」
ガキンッ
怒りの色からいつもどおりに戻った赤鬼は、その自慢のスピードを生かし、鎧に攻撃をいれた。しかし、僕の鎧は傷一つつくことはなかった。
「ちっ。案外やるじゃねえか」
「今度はこっちの番だ! 氷雨の術!!」
ピシピシピシッ
鋭くとがった氷の雨が赤鬼に降り注ぐ。
さらに僕は追撃する。
「氷砲の術! 氷牙の術!」
次々に術を発動し、巻き起こった煙で相手の姿は見えなくなった。
「……」
煙の中から、何の反応もない。
「よし、やったぞ! なんとか倒せた! 僕の勝ちだ!!」
そのセリフの後、僕は気づいてしまった。
あ、死亡フラグたったわ。
直後。
煙の中から赤鬼が猛スピードで飛び出してきた。
「まずい……っ!」
「おせえよ!!」
ガキイイインッ
赤鬼の重い一撃が決まってしまった。
「グフ……ッ」
ピシ
ピシピシピシピシピシッ
パキインッ
鎧にひびがはいり、あっという間に亀裂が大きくなる。
派手な音をあげ、壊れてしまった鎧。
僕は膝から地面に崩れ落ちた。
「おいおい、隙だらけぜ。それでも忍者なのか? ん?」
「……う……う」
「今すぐ楽にしてやるから安心しろ」
ガサッ
「……あん?」
突然近くの草むらから物音が聞こえた。
そこから誰かが出てくる。
「コーくんには手を出させませんっ!」
「誰かと思えば……」
赤鬼がイッちゃんに近づき、黒タイツのおかげでピッチピチのボッキュボンに強調する体を舐めまわすように眺める。
これは……いろんな意味で危ないッ!!
「……イ、イッちゃん! 逃げて……ッ!」
しかし、僕の声が届いていないのか、イッちゃんは毅然とした態度で赤鬼の前に立つ。
イッちゃんを眺め終えた赤鬼が動きを見せようとした。
まずい……ッ!!
今からとんでもなくピーーーーーーーーなことが……ッ!!
「……ちっ。筋肉のひとかけらもないような奴がオレの前に立つんじゃねえよ」
「……っ!!」
なんだ、こいつガチホモか。ふうっと安堵した一方で、どこかガッカリ感を覚えた。
興味がないと言いつけられたイッちゃんは下を向き、肩を震わせていた。
赤鬼がイッちゃんに背を向け、僕のほうに戻ってこようとする。
「さて、この女は放っておいて。お前をどう料理してやろうか……」
「アッーー!!」
なんでこいつの頬、ちょっと赤みを増してんの!?
動けない僕はどうにかして、ガチムチのマッチョから逃れようとした。
その時だった。
「わた…し…だっ……て」
イッちゃんが肩を震わせながら何かをつぶやいた。
わたしだって……?
顔をあげこちらを見据えたイッちゃんは、今までためていた何かを爆発させ、叫ぶ。
「わたしだって、戦えるんですから~~~~~~っっ!!!」
「「ッ!?」」
聞いたことがないような大きな声をあげ、刺したら確実に即死でしょというくらいの巨大な注射器を、イッちゃんは生み出し、赤鬼に突き刺した。
ブスリッ!!!
「ッツツツツツツ!!!!!?」
注射を刺した時の音とは思えないような、鈍く痛々しい音が聞こえた。
「うわあ…………」
僕は思わず声をこぼしてしまった。いやだって、赤鬼の尋常じゃないほどの悲痛な顔を見たら……もう……なんとも……。
注射を抜き終えたイッちゃんがこちらに笑顔で話しかけてきた。
「見ましたかコーくんっ! わたしだってやればできるんですっ!」
「アハハー、ソウダネー」
えっへんと豊かな胸を張るイッちゃん。いつもなら鼻血を出しながらガン見していたのだろうけど、今は出来なかった。イッちゃんの笑顔がなぜだかこわい。
一方、注射を刺された赤鬼はいまだに立ち上がれずにいた。
いくらダメージが大きかったとはいえ、まだ動けないのはおかしい。
「あの、イッちゃん。今の注射って、何か特別な効果があるのかな?」
「はいっ! 全身麻酔の注射ですからもう何時間かは動けませんよっ」
「……え? ……数分とかじゃなくて?」
「はいっ! もう何時間かです!」
「……」
えげつない事実を知り、僕は一言も発せなかった。
とはいえ、このまま赤鬼を放っておくのも危ない。
動けないうちに拘束しておこう。
重たい身体をなんとか起こし、赤鬼を縛る術を発動する。
「氷縛の術」
ピキピキ
赤鬼の手足に頑丈な氷の手錠を作った。でも、もしかするとこれくらいの手錠なら破壊されてしまうかもしれない。
あとでナツミちゃんに本物の手錠をかけてもらうとしよう。
「イッちゃん。こっちはなんとかなったし、他で戦ってるリュウ達と合流しようか」
「はいっ! でもその前に、コーくんの傷を治してあげますねっ! そんなフラフラな状態でみんなのもとへ行けるとは思えませんっ。無理しちゃだめですよっ?」
「あはは……。ありがとね」
その後、イッちゃんに傷を治してもらい、動けない赤鬼を連れてリュウたちのもとへ走り出すのだった。
……よだれを垂らしながらひきつった顔でしびれている赤鬼が、なんとも可哀想に思えた。
ご愁傷さまです。




