ミッションインポッシブル(2)
闇夜を駆けるいくつもの影。
月明りが照る中、僕たち一同はついさっき出て行ったリコちゃんの背中を追いかけている。ライオネルの嗅覚だけが頼りだ。
それにしても、みんなの気分は沈んでいる。
もちろんリコちゃんのこともある。いや、むしろリコちゃんが裏切り者じゃないと分かるかもしれない。
それなのになぜこんなにもテンションが低いのか。
原因は、尾行を開始する際に起こった出来事だった。
*
今からスパイ活動を始めようというとき、不意にライオネルがみんなに尋ねてきた。
「もしかしてお前ら、その恰好でストーキングを行うつもりか?」
「え、ダメかな?」
「ダメだ。敵に気づかれないように行動するのが基本だぞ? 目立つ格好してどうする」
言われてみて、みんなは自分の服に視線を落とす。
黒い忍者服にナース服、囚人服もあれば警察官の服装まで、さらにいうと白い忍者服にお嬢様が着るようなドレスもある。
傍から見ると完全にコスプレ集団だった。
あっ、これは目立つわ。
「そんなわけでお前たちには服を変身してもらう。隠密行動にもってこいなものはあるか?」
「黒い忍者服はどう? これって完璧だと思うんだけど」
僕の服装って完璧じゃないか。
これで決まりでしょ。
けれど、ライオネルは曇った表情を浮かべる。
「確かにそれもいいんだがな……。女たちが恥ずかしがるんじゃないか? 露出が多いだろ」
「え……。ま、まあそうかもしれないけど」
ライオネルがそんな繊細なことに気をまわせるなんて意外だ。僕たちと同じむさくるしい男だから、間髪入れずに「いいな! 決定!」などと賛成するものだと思っていた。
「わ、わたしは別に構いませんよっ?」
「私も! むしろ一回着てみたいかも!」
「わたくしもコーさまと同じ格好をしたいですわ!」
これまた意外にも、女の子たちは乗り気らしい。
さすが女の子だけあっていろんな服装をしてみたいのかな?
「だってさ、ライオネル。忍者服でいいんじゃない?」
と、推しの一声をかけたがライオネルの表情は相変わらずだ。
「いいや、ダメだ。女にそんな恰好はさせられないな」
「え~。……じゃあライオネルはどんな服がいいと思うの?」
「露出も少なく伸縮性も抜群。これほど隠密行動にすぐれたものはないと自負している」
えらく自信満々な大男。
それほど機能性に優れたものなどあるのだろうか。
彼は胸を張り、大きな鼻穴からふんすっと鼻息を荒げて宣言する。
「それは黒タイツだッ!!」
「「「……は?」」」
「だから全身黒タイツだ!」
どっかで転んで頭を打ったのか。
それこそ女の子にそんな恰好などさせられない。
「ライオネル、今すぐイッちゃんに頭を治療してもらお? 今ならまだ間に合うかもよ?」
「別に頭がおかしくなったわけじゃないからな? いたって通常通りだ」
だからこそ問題だろう。
この人、なんとかしないと。
「さすがに全身黒タイツはないよ!」
「いいや、オレはこれを押し通す!」
「忍者服!」」
「全身黒タイツ!」
「忍者!」
「タイツ!」
もう何がなんだか分からなくなってきた。
混乱し始める直前、シオンが一策講じてくれる。
「ここは男らしく、じゃんけんで決めないか」
「いやいや、賭けに出ちゃいけないくらい重要な問題だよ!?」
「いいから、いいから」
何か意味深げな言い方をしてから、彼はなにやらライオネルの耳元でこそこそと話し始めた。
いったいどういうつもりなのだろうか。
話し終えたあと、今度は僕の耳元に顔を近づけてくる。
「いいか、ライオネルにはパーを出すように誘導してきた。お前はチョキを出すだけでみんなのヒーローさ」
「なるほど、ライオネルをだまし討ちするわけか。汚い手だけど、今は手段を選んでる場合じゃないもんね」
「ああ。お前の手でオレたちの夢をつかんできてくれ」
「任せろ!」
僕たちの未来に安穏が訪れるのを見た。
「行くぞ!」
「ああ!」
「「じゃんけ~ん」
二人の声が重なり、そして――――
*
月光のもと、木から木へと飛び移る僕たちの姿はさながらアニメでよく見る忍者のようだった。
――――全身黒タイツでなければの話だが。
作戦通り僕は思いっきりチョキを出した。
しかし何かの手違いなのか、ライオネルの手はグーの形をしていた。要するに、僕は勝負に負け罰ゲームを迎えることとなった。
現在、みんな同じ真っ黒なタイツで全身を覆っていた。忍者のコスプレを楽しみにしていた女の子たちの落胆っぷりといったらありゃしない。待ちわびた遠足が雨で中止になったときのように、そこは負のオーラに包まれていた。唯一、ライオネルだけは満足そうな顔をしている。
いや、もう一人満たされた顔をしている男がいる。
シオンだ。
「おいシオン、なんでそんな嬉しそうな顔してるの? まさかお前、僕をはめたな!?」
「ああ、その通りさ」
「なっ!?」
僕が持つ裏切られたのではないかという疑惑を、彼はあっさりと認める。
このヤロウ……土に還してやろうか、と印を組みそうになったところでシオンが本音を語り始める。
鼻血を伴いながら……。
「オレがなぜライオネルを勝たせたのか。それは、ただ純粋に全身黒タイツ姿のハ……女の子たちを見たかったからだ!」
欲望まみれの最低な発言が飛び出した。
「いやいや、さすがにそれは……」
「ちゃんと向き合ってみろ。じっくり見るんだ……」
「……」
悪魔のささやきに、思わず女の子たちのほうに目を向けてしまった。
ぴっちり密着しているため身体のラインはくっきりはっきり浮かび上がっており、特にイッちゃんなんかは凹凸が激しかった。
ブシャアアアアアアアアアアアッッ
思わず耐えきれなくなり、僕の鼻から虹がかかってしまうんじゃないかと思えるほどの血が噴き出した。
「「「っ!?」」」
シオン以外のメンバーが突然の出来事に心底驚く。
木から木へと飛び移っていた僕は機動を失い、そのまま地面に落っこちた。
「コーくん!?」
「コーさま!?」
思いもよらない事態に、イッちゃんとハナちゃんが急いで僕のもとに駆け寄ってきてくれた。ちょうど月明りが差す明るい場所に倒れたので、彼女たちの姿がよく見えた。
見えてしまった。
ブシャアアアアアアアアアアアッッ
鼻血がさらにブーストをかけた。
「……幸せなやつめ」
木の上に立っているシオンは少し羨ましそうに眺めていたのだった。
……鼻血を垂らしながら。
*
なんとか態勢を立て直し、スピードをあげてリコちゃんのあとを追いかけた。
女の子たちの体力が心配だったが、彼女たちは「大丈夫、それよりもはやく行かなくちゃ……っ!」と、少し苦しそうな表情を浮かべながら答えていた。
ここにいる女の子はみんな頼もしい。もしかすると、僕たち男よりも頼もしいんじゃないか。素直にそう思った。
白い街につながる森の出口が見えてきたとき、先頭にいるライオネルとリュウが停止の合図を送ってきた。出口の手前の草むらに身をひそめ、街の入り口付近にいる二つの人影の会話に耳を傾ける。
「明日もここの街に残ってエネルギーを補給するように先導してくれ」
「……は、はいです!」
この声はリコちゃんのものだろうか。
僕たちといる時とは異なり、相当緊張しているのが分かる。
「期待しているぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「ではお疲れさま。おやすみ」
「し、失礼しますです!」
緊張した様子のまま、小さな影は街のほうへと入っていった。
それ見送った大きな影がふらりと動き出す。
――――こちらに向かって。
「そこに隠れている諸君、そんなところじゃ窮屈だろうから出てきたまえよ」
「「「ッ!?」」」
その人物は月明りに照らされ、はっきりと姿を現した。以前僕たちが出くわした鬼と同じ白装束の格好をしており、顔はフードで覆われている。
しかし、白ではなく真っ黒な装束に身を包んでいた。
彼は何故かシオンを見て、不気味に微笑している。
「くっくっく、生きていたか小僧」
「……?」
当の本人に心当たりはないようで首をかしげていた。
「まあいい。それより諸君、私に何か用があるのかな? ないようなら帰らせてもらうが……」
「ないわけねえだろ! 単刀直入に聞く。お前たちがこの世界に変革をもたらそうとするやつらか!?」
大きくはっきりと、怒りの感情を含め質問を投げかけた。
一方、黒装束の男は何食わぬ顔で、
「ああ、そうだが」
とあっけなく答えた。
予想を裏切りあっさりと認められ、たじろぐライオネル。
しかしすぐあと、彼は頭に血を昇らせる。
「なぜそんなことを!? 今以上に平穏な世界は二度と訪れないぞ!」
激昂するライオネルに、敵は冷たく言い放つ。
「凡夫などにはわかるまい。私達が望む世界を」
「なっ!? どういう意味だ!?」
「おっと、これ以上は言うまい。言葉で語るのはやめにして、今度は拳で語るというのはどうだね?」
「なにっ!?」
彼が口を閉じた直後、どこからともなく以前僕たちが相手したカマキリ、モンシロチョウ、オニのバケモノが姿を現した。
「さあ、楽しんでくれたまえ」
「ま、待て!」
別れの言葉を言い残し、謎の変革者はその場を去った。
姿を見失った僕たちは、目の前に立ちふさがる3体の怪物と対峙する。
「仕方ねえ、続きはお前から聞き出すしかないようだな」
「はんっ、この間逃げ出した弱虫が、よくもまあそんな大口をたたけるものだな」
「言ってろバカが!」
百獣の王と史上最強の生物が火花を散らし合う。
「おいお前ら! 戦う覚悟はできてるか!?」
「「「ああ!」」」
それぞれの因縁の対決が始まる。
*
「モアアアアアア!」
ブウウウウウウンッ
「あ、相変わらず、すごい風ですわ! 一歩も動けない!」」
「……」
モンシロチョウのバケモノを相手にするシオンとハナは前回と同じく猛烈な風圧に苦戦を強いられていた。同様に前回と同じく、シオンの視線はドレスのスカートと取って代わって、ピチピチ黒タイツによって強調された豊かな胸にくぎ付けだった。
「ッ! こ、このへんた――」
「冗談だよ、ハナ」
突然、見たこともないような真剣な表情に変わり、ドキッと鼓動が高鳴った。
「見てな、何とかしてやる。烈風陣の術!」
ビュウウウウウウウウウ
全身黒タイツの銀髪忍者とお嬢様を守る形、分かりやすく言えば台風の目にいる形で強い風が発生した。モンシロチョウが生み出す風と風壁とが相殺し合う。
「た、助かりましたわ」
いまだにドキドキする胸の鼓動を何とかおさめようとする。
「し、しかしこれからどうしましょう。このままではこちらから攻撃できませんわ」
「大丈夫。オレに任せて」
「……っ」
胸の鼓動はおさまらない。
彼女を安心させるような笑顔で答えた後、彼は敵を見据えて息を整える。
「ふう……」
精神を研ぎ澄まし、そして。
「瞬烈風の術!!」
ヒュッ
烈風を身にまとった忍者は、自らを守っていた風の壁から抜け出し、強風の中を目にもとまらぬ速さで駆け抜ける。
「す、すごい。まったく見えませんわ……」
風と一体になった彼は加速し、さらに加速――、
――加速し続ける。
「オレたちの勝ちだね」
「ッ!?」
「烈風斬の術!」
ズババババババババッ!!
「加速、終了」
一瞬の出来事だった。
術の効果を付随させたクナイによってバラバラに斬り裂かれた怪物は光のチリとなり消えていった。
「ハナ、大丈夫だった?」
「っ。だ、大丈夫ですわ」
彼女の動機はまるでまさまる気配を知らない。
彼とまともに顔を合わせられなかった。
その気持ちを認めたくなくて、彼女は必死に声をふり絞る。
「シ、シオンがいなくてもなんとかなりましたわ!」
「……」
「……ま、まあ……あ、ありがとう……」
「……」
らしくないとは思いつつも、ハナはシオンに感謝の気持ちを伝えた。
「……」
「……シ、シオン?」
先ほどからまったく反応がないので、さすがに不審に思い恐るおそる彼のほうを見た。
ツー
彼の鼻から一筋の赤い天の川が流れていた。
笑顔でいっぱいだった。
状況をなんとなく察した彼女はすぐさま自分の姿を確認する。
風の影響か、黒タイツのところどころが破れてしまってせくしいーな姿に変わっていた。
「こ、この、へんた~いっ!!」
「あうちっ!?」
ようやく彼女の鼓動が落ち着きを取り戻したのだった。




