兄弟げんかはするもの(5)
海水から飛び出て砂浜を駆け出す。
印を組んで、
「太陽拳の術!!」
「お前もじゃねえか!!」
僕の背後から後光のごとく失明するほどの光量が発せられた。
さすがの兄さんもこの攻撃は予想できていなかったらしい。不意を突かれて、数秒の隙を作ってしまった。ここだ……っ!
ヘビの特性、音を立てずに移動するを大いに活用し兄さんの背後へと再び回る。
しかし、音ではなく気配で気がついたようだ。
回復しきっていない半開きの視界を頼りにひじを当てにきた。
だが所詮あてずっぽうな攻撃。
僕はひょいっとかわし、代わりに、
「馬蔓の術!」
「うおっとっ!?」
服の袖から植物のつるを伸ばし、今度こそ兄さんの身体に巻き付けた。ほんとはつるじゃなくてヘビを使いたいんだけど、あいにく修行不足で…………ヘビの獣人なのにね。
亀甲縛りのような拘束でそのまま海に向かって駆けだした。
「さあ兄さん、夏だ! 海だ!! 遊泳だぁ~!!」
「ウシオまさかどっかの太宰みたく自殺するつもりじゃねえだろうな!!」
「そんなわけない!!」
「さすがに杞憂か……」
「死ぬのは貴様だけだ!!」
「てめえウシオぉぉおおお!!」
バシャバシャと夏休みの学生みたいに海の中へと走る走る走る。
水位はどんどん高くなり、ついに顔が沈むところまで来た。
「お前ほんとに本気なのか!!?」
「神の味噌汁!!」
「神のみぞ知るだ!! ごぼぼぼぼぉぉぉぉおッ」
水中に沈んでもなお、僕は進み続けた。
今の手段は歩行ではなく水泳だ。ほら、ウミヘビとかウナギみたいな感じ。
「ごぼばびぼばぼおおおッ!!」
キュイイイイ……っ
兄さんの体温が一気に上がり出す。
ようやくエネルギーが溜まったようだね。
これを待ってた!!
「ごぼおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
兄さんの口から大量の気泡がもれ、直後、大爆発を起こした。
さっきの太陽拳まではいかないが、ものすごい光量。そして、とんでもない熱量だ。それはモーゼの奇跡のように、兄さんと僕の周辺の海水が蒸発した。
「はあはあ。あぶねえ……ッ!!」
蓄積していたエネルギーを発散し、息絶え絶えの兄さん。
僕は間髪入れずに次の行動へと移った。
「衝焦天の術!」
乾いた海底の土に拳をつく。衝撃はホースでつながった蛇口のように、兄さんの真下へと伝わった。一点集中のそれはインパルスとなって兄さんを宙へとつき飛ばす。
ドッッッ!!!
「なんてやつだ。少しは兄をいたわれ!!」
「お断りする! あんたは僕の兄さんだから!!」
追撃のために、僕も空へと跳んだ。
そのすぐ後、僕たちのいた場所が海水が流れ込み、もとの海へと戻る。
これも狙い通りだ。
僕たちは今、空にいる。
着地点は海。
条件は整った。
「何を考えているウシオ。まさかヘビの遊泳力を生かして、海の中で戦おうなんて思ってないよな?」
「バレタ!!?」
今の台詞にニヤリといつもの調子を取り戻した兄さん。……その油断さえなければ助かったのにね。
海へと着水する直前、兄さんは僕に告げた。
「残念ながらウシオ。お前の作戦は無為に終わる」
「どうしてさ?」
「俺は水中でも戦えるからだ。エネルギーを放ち続けることで水をはじくんだ」
思わぬ事実だ。
まさか気のコントロールがそこまで柔軟性に富んでいるとは。ドラゴン○ールではほとんど息せず戦ってるからなぁ……。
「さあウシオ、どうする。お前の算段は狂い始めるぞ」
「……一つだけいいかな?」
「?」
少し眉根をよせ、しわを作る兄さん。
僕の口調に不穏を感じ取ったようだ。
僕は、言う。
「誰が海の中で戦うなんて言った?」
「なんだと――――」
兄さんの言葉を遮って僕は思惑通りに事を進める。
「氷陣の術ッ!!」
下方の海に向かって手をかざした。
瞬時、円形状の波紋が走り、次々に凝結していった。
海は彼方の水平線までツンドラ気候のように姿を変える。
着地した兄さんに向かって、
「これが僕たちの第二ステージさ。面白いと思わない?」
「…………やるじゃんか」
氷の大地に立ち、不敵に笑ってやる。




