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ライス・ライフ〜女の子に食べられた僕は獣に目覚めました〜  作者: 空超未来一
第3部【ロストライフの入り口編】 - 第1章 新しい日常風景
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物憂げな彼女(2)


 イッちゃんはすぐに見つかった。

 メイドさんたちの部屋がある反対側のどん突き。窓辺に手をやって、昼の白い街並みを見渡している。

 少し離れたところから僕も同じ景色を視界に入れた。

 たくさんの人々が今日も今日とて働いている。八百屋では奥さんとおじさんが、本屋の前では何人かの子供たちが戯れていた。

 この世界で僕たち以外の生き物を見たことはない。例えばウサギとか、鳥とか、ヘビだとか。メイドさんの話では近くに大きな海原があるらしいけど。魚なんかもいないのだろうか?

 あるのはリンゴやイチゴといった果物。

 大元をたどれば、ここはとある女の子の精神世界だ。彼女の見ている世界が変わることで、もしかすると動物や魚、小麦粉なんかも生息し始めるのかもしれない。

 お米だった僕からすれば、ちょっと複雑だ。

 すべては精神世界の持ち主・女の子のためなのだろう。

 この街の人々は働く。

 だからといって、この世界では人が生きているのだ。

 シオン。リコちゃん。ギン。メイドさんたち。

 それに、ヒナタちゃんだって。

 みんな、それぞれの意思があって。

 懸命に生きようとしている。


 だからこそ、



「――――なんでみんな生きてるのかな、コーくんっ?」



 イッちゃんの口から言葉を耳にしたときは心臓が止まったような思いだった。

 こめかみに近い部分が熱い。これは頭痛なのか?宙に浮いていたかのようなボーっとした空気に飲み込まれる。

 風邪にも似た症状に見舞われながら僕はなんとか言葉を発した。


「ど、どうしてそんなことを聞くの?」

「………………」


 彼女からの答えはすぐには返ってこなかった。

 物憂げな彼女の瞳は前髪に隠れてよく見えない。


「……わたし、思うんだっ」

「?」

「この世界の人たちは女の子の心の均衡を保つために頑張ってる。でも、みんな確かな目的があって生きてるわけじゃないっ」


 僕はただ黙って聞いていた。


「理由なんてないと思うの。ただ、身近な人との会話が楽しかったり、親子の絆だったり、友達だったり、学校だったり……きっと、それだけのこと。小さな幸せの積み重ねのために、生きてる」

「……僕もそう思うよ。きっとそうだ」


 彼女の答えはそこにあった。

 じゃあどうして、さっきの言葉が生まれたんだろう?



 ――――なんでみんな生きてるのかな。



「わたしね……わからないのっ。どうしてあの人たちは平気で人の命を弄べるんだろうって」


 あの人たちとは、きっと革命軍のことだ。

 それから推測するに、イッちゃんの言っているのはメンデレとかいう手袋をした女性に違いない。

 メンデレはヒナタちゃんを完全な獣人に変えたことがある。


「結局わたしはあの人のことが許せないのかな……? でも、許せないからってわたしが同じことをするのはきっと違う」


 許せないから力づくで従わせるのか。

 許せないから改心させるのか。

 許せないから殺してしまうのか。

 どれも違う。それではヤツらと同じことをしているに過ぎない。

 イッちゃんは頭を抱えて地べたにへたり込んだ。

 身体を震わせ、身体を丸め、塞ぎこむ。


「わからない……わたし……どうしたらいいか、わからないよ」


 壊れたカセットテープのように、何度も何度も、その台詞が復唱される。

 これは彼女の問題だ。

 僕が答えを提示できるわけがない。

 だけど――――


「ねぇ、イッちゃん」



 ……手助けすることはできるはずだ。



「わからなくていいんじゃないかな?」

「……えっ?」


 突拍子もない言葉に、彼女は虚をつかれたようだ。目はまんまるに、口はポカンと開いている。

 僕は言葉の先を続けた。


「わからないのは当然だもん。僕たちは生まれたばかりの雛鳥なんだ。飛び方も知らない」

「……じゃあ、わたしたちはどうすれば飛べるのっ?」

「生きるしかない。飛ぼうとして前に進むしかないんだ。きっといつかは、飛べる。飛べない鳥は鳥じゃないもの」


 それが僕の考え。決して答えではない。


 ……………………。


 静寂が訪れた。

 いつまでそうであったか、覚えていない。

 きっかけは不意だった。


「……ぷふっ。飛べない鳥は鳥じゃないって。ペンギンさんはどうなるのっ、コーくん?」

「あっ、しまった!」


 言われてみれば飛べない鳥なんていっぱいいるじゃないか。ペンギンもダチョウも! くっ、飛べない鳥どもめ……っ!

 理不尽な怨念を飛べない鳥たちに送っていると、


「もうっ。せっかくのイケメンが台無しだよ、コーくんっ」

「でも飛べない鳥たちが疎ましくて……」

「ペンギンさんたちも一生懸命生きてるんだからっ、めっだよ」

「……はいっ」


 小さな手から繰り出される優しいチョップが僕の額にふりかかる。

 ポスっと、前髪がゆれた。

 思わず、目をつむる。


「……ねぇ、コーくんっ」

「ん?」


 目を開いた先。

 その彼女の表情は、


「いつもありがとうねっ」


 ――――いつの間にか、笑顔に変わっていた。

 ……お礼を伝えなきゃいけないのは、こちらのほうだ。


「僕の方こそ、ありがとう」

「ふふっ。おそろいだね」

「おそろいというか、お互いさまというか」


 照れた顔を見せたくなくて僕は思わず下を向いた。

 なにはともあれ。

 イッちゃんの曇り顔を晴らすことが出来てよかったと思う。

 彼女に曇天は似合わない。


「コーくんっ。みんなのところに帰ろっかっ」

「それはダメだ。そっちにいったらナルシスト疑惑について会見を開くことになるだろうから」

「ふぇ?」


 なんて、バカなことを言って苦笑する。

 結局僕はイッちゃんと一緒にみんなのもとに帰って行った。



 *



「記憶にございません」


 記者会見ほどつらいものはなかった。

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