王宮の庭に一輪の花(3)
「シオンの身体に別の人格が宿っているかもしれない」
これまでシオンと何度か手合わせをしてひしひしと感じていたことだ。
時折見せる邪悪な笑み。鋭いナイフで切り裂くような口調。
あれはシオンの皮をかぶった悪魔に違いない。
「……いわれてみれば確かに違和感を覚えますわね」
いくつもの大木を自由自在に操りシオンの五つの黒翼を制するハナちゃんが眉をひそめる。見た目にそれほど大きな変化はない。
影は元々操れるし、墨に近い黒翼も自我を失ったときに発動していた。強いてあげるとするならば、灰色に染まった髪くらいだろうか。
シオンじゃない人格を感じることが少しずつ多くなっている気がする。
この戦いの中で別の人格が成長しているのかもしれない。
だとするならば早急に決着をつけないとまずい。
「ねぇ、ハナちゃん。本気を出して戦ったなら、どれくらいの時間でシオンを倒せると思う?」
「本気ですか……。それでもわたくしの力ではシオンに敵わない気がしますの」
やはりそうか。僕が本気を出してもシオンには勝てそうにないのだから、ハナちゃんにとってもそれぐらいには強敵だった。
まず第一に、底が知れない。
王の玉座に座るだけの実力が秘められているということだろう。
ならば、力勝負は不利。
――――……いや、待て。
シオンの力を取り戻す方法が、他にもあるんじゃないか? 例えば暴走したシオンを止めたときに用いた方法はなんだったか。
…………そうだ!
「ハナちゃん、シオンに抱き着いてほしい」
「突然なんてことを言い出すのですかっ!? さすがのわたくしでも理解できませんっ!」
……で、ですよねー。
分かってはいたのだけど、確実性と現実性を考慮するならそれが一番だと思う。
そう僕は訴えかけるのだが……。
「ぜ、絶対に嫌ですわ! いくらコーさまの頼みでも、それだけはできません! シオンに抱き着くなどと……」
断固拒否するハナちゃんの頬が赤らみを帯びる。それほどまでに怒っているという事だろう。暴走したときは迷わず抱き着いていたのに……なんて失言は許されない。
どうしようかと悩みだしたとき、後ろにいるイッちゃんがふと声をかけてきた。
「コーくんっ。変化の術とかって使えないのっ?」
「それだ……ッ!!」
グルッと上半身だけ回転させビシッとイッちゃんを指さす。
変化の術を使ってハナちゃんに化けることで、僕が代わりに抱き着くことが出来るじゃないか。そうすることでシオンの意思が戻るのなら…………ん?
そうなると僕がシオンに抱き着くことになるくない?
「コーさま……。どうしてそんなに汗だくなのです……?」
黒翼を迎撃しながら僕の様子を不審がるハナちゃん。
致し方ない。
ここは僕がシオンに抱き着くしかないようだ。
女の子に抱き着いたこともないのに。初めてが男だなんて。
…………
「……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお…………ッ!!!」
「コーさまッ!?」
雄叫びをあげながら地面に煙幕を投げつけた。僕の哀しみが爆発するように煙が周囲に広がる。
気づかれぬうちに氷竜鎧の術を解きハナちゃんの姿へと変化を遂げた。まるで瞬間移動のようにシオンの背後へと回る。
意外にも彼の背後は隙だらけだった。
「~~~~~ッ!!」
複雑すぎる想いを込めて黒翼にふれないようシオンに抱き着く。
見た目よりもがっしりとした骨格。
腰に回した腕が引き締められた肉体を感じる。
傍から見れば、ハナちゃん(中身僕)がシオンに飛びついているような光景。
な、なんで僕がこんな目に……。
しかし、結果すぐに現れた。
黒翼が背中に収まりを見せ、灰色の髪から元の銀色へと変色し始めたのだ。
「成功ですわっ!」
思わずハナちゃんの口調で喜びがもれる。
――――ただし。
喜びは驚愕へと移り、恐怖に生まれ変わることとなる。