裏切りの幻獣(1)
「イーグル……?」
突如として姿を現した人物にライオネルは動揺を隠しきれなかった。
彼の目の前にいるのは、間違いなく親友なのだから。
ライオネルとイーグルが最後に別れたのはいつだったろう。王宮内へと侵入し、シャバーニに倒されて牢屋に閉じ込められた後のことだ。イーグルの檻の前にクロが現れ、彼に何かを吹き込んだ。それからイーグルは自ら『革命軍』に入っていった。
リュウはそう、ライオネルから聞いていた。
「…………こんな時に限ってお前が出てくるのかよ」
かつての親友――――今でもそうだと思っているライオネルにとって、この展開はかなり厳しい。
ただでさえ底の知れない『堕天使』の獣人が立ちはだかっている状況だ。心を無にして友を切り捨てることなんてライオネルにはできなかった。
無意識に身体がこわばり、背筋に嫌な汗が流れ落ちる。
それを見かねたリュウは彼の隣に並んだ。
「……きついんだったら俺がやってもいい。あいつはもう、『敵』なんだろ……?」
「分かってる……分かってはいるが、もしかしたらという希望が心のどこかに残っているんだ……ッ」
どうすることもできなかった。
止まってしまっては迫りくる魔物に食われる。だからといって進んでは大切なものを失うことになる。矛盾する現実が、ライオネルを板挟みにした。
光の差さない暗闇にライオネルたちの歩みが止まる。
現実はあまりにも冷酷だった。
「抹殺スル」
イーグルは機械じみた声色でそう宣言すると同時に背中から大きな翼を広げた。禍々(まがまが)しい美しさが特徴的なルンの黒翼とは異なり、雑味のある力強い翼。
それを大きく折り曲げたかと思えば、一気に前方へと薙ぎ払った。ちょうど鳥が大空へと羽ばたく動作に似ている。
木の葉や砂の混じった暴風が生じ台風を収縮させたような人並みの風の渦ができあがった。それはブラックホールのようにあらゆる物を渦の中へと引きずれ込んでいく。
「なにこの風強すぎるわよ! ビイッ、私を引っ張って! リコちゃんが飛ばされないようにッ!」
「……わかった」
リコを背負っているアールの服をつかんだビイがもう片方の手でそばの扉のふちをつかんだ。ナツミも同じようにして、アールとリコが飛ばされないように力を込める。
一方男たちは小さなハリケーンにどうやって対処しようか足を踏ん張って考えている。
リュウは一人焦りを感じていた。
「……俺の炎じゃさらに悪化させるだけになる。誰か他にいないかッ!」
「俺は格闘技しかない! これに対処するのは難しいッ!」
強風のせいで黄色いオーラが揺れているユウが答えた。
ともすれば、残りは一人しかいない。
「……ライオネルッ!!」
リュウは心に届けとばかりに大声で叫んだ。
しかし――――、
「…………」
彼は依然として立ち尽くすだけだった。
風になびく短髪が妙に弱々しく感じる。
「……まずいぞッ! もう来るッ!!」
勢力を増したハリケーンがリュウたちに襲いかかろうとする。
最終手段を使うしかないのかとリュウは覚悟を決めた。
顔なしの面に触れ、ギリっと奥歯をかみ殺した――――直後。
「…………フンヌッ!!!」
一人の漢がその拳一つで殺人的な暴風を打ち消した。
リュウたちの瞳に漢の大きな背中が映る。